『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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ホワイトデー企画短編
切なき秘め事 -7- (ハルヒ&蘭花)
気を利かせて、病室の外で待っていた蘭花の前に現れた鏡夜は、怒った様子で仕事に向かってしまい、
慌てて蘭花が病室の中に入ると、ハルヒはすっかり落ち込んでしまっていて……。
* * *
鏡夜とハルヒ。
二人のそもそもの始まりは、
鏡夜が深夜、無理矢理ハルヒの部屋に押しかけてきたときに、
鏡夜の手を握り、彼のことを受け入れながらも、
彼の前で眠ってしまった自分が寝言で環の名前を呼んだことで、
鏡夜が、ハルヒの中にまだ残る想いを感じ取って、
環の眠る場所へ、背中を押して行ってくれたことにある。
鏡夜はいつも自分に言ってくれる。
たとえ、自分と一緒にいることを選んでくれた今でも、
環とのことを、単なる過去の思い出にしてほしいとは思わないと。
そんな風に、少しこちらを諭すように普段から言われていたから、
鏡夜はもしかしたら、ハルヒが考えているほどには、
気にはしないかもしれない。それでも、ハルヒは嫌だったのだ。
また再び、彼の前で、
うわ言で環の名前を呼ぶ、そんな姿を彼に見せることが。
「高校の時にも……熱出して……具合悪くしたときがあって、
その時看病してくれたのは……環先輩で」
ふらふらになってた自分を家まで運んで看病してくれた、
思い出すなと言う方が難しいほど、温かい記憶。
「鏡夜先輩にもし風邪だって……伝えて……、
看病にきてもらっても……私は……また環先輩の事を思い出して、
無意識に……鏡夜先輩の前で……環先輩の名前を、
呼んでしまうかもしれない……って思ったら……、
それが、本当に嫌で……」
環のことを、思い出すこと自体が嫌なんじゃない。
彼と一緒に「ああ、こんなこともありましたね」と振り返るだけなら、
いくら環のことを口にしても、こんなにも深刻な気分にはならない。
でも。
例えば眠っている時や、
こんな風に、熱でぼんやりとしている時に、
普段、自分の心を覆っている理性という重しが取れて、
深層心理が、ふわっと水面に浮いてきた時に、
自分は環の名前を呟いてしまうかもしれない。
こんなにも、鏡夜がすぐ傍にいてくれるのに。
そんな自分の声を彼に聞かれるのが、
どうしても嫌で、昨日、咄嗟に嘘をついた。
環のことを愛しているのかと言われれば、
今でもそうだと言わざるををえない。
でも、誰に一番今傍にいてほしいのか、
誰が一番大切な人なのかと答えれば、
その答えは、きっと今は別の人になるとも思っている。
無理矢理思い込んでいるわけじゃない。
本当に心の底から、そう考えているはずなのに、
今日みたいに、環が自分の傍にいてくれた過去のワンシーンと重なる状況では、
自分はきっと、未だ環の名前を呼んでしまうだろう。
うわ言という、自分ではどうにもコントロールできない場所で。
この想いが今でも、ハルヒの中で紛れもない真実なのだと、
彼に気付かせてしまう絶対的な方法で。
「ねえ、お父さん。私、よく……分かんなくなっちゃった」
かつて、環の事を忘れた方が幸せなんじゃないかと、
つい苦しみを吐露してしまった自分に父は言った。
忘れなきゃ幸せになれないなんて、そんな風には思わないと。
父は、母という最愛の人を亡くしているから、
その言葉にはものすごく説得力があって、
一旦は理解したつもりだったのだ。
環と鏡夜は、父が言うように全然違う人だから、
それぞれに正面から向かい合って、
それぞれに対する気持ちを考えればいいんだって。
ああ、そういう愛の形もきっとあるんだろうって。
でも。
「本当に忘れなくても、幸せになれるのかな?
……こんなに辛いのに」
自分のことを大切にしてくれる鏡夜の傍にいて、
彼の存在が、どんどんと大きくなるに付け、
彼に悪いと思ってしまうのだ。
彼のことを、心から、堂々と、「全て」の「一番」だと言いきれない自分に。
「ハルヒ」
じっと話を聞いてくれた父は、
とても愛おしいものを見るように、こちらを見て目を細めると、
その大きな左手で、優しく頭を撫でてくれた。
昔、青い空の下で立ち上る細い煙を見上げながら、
父と娘の二人きり、つないだその手で。
「確かに今は少し辛い時期かもしれない。
鏡夜君と一緒にいるだけで、すぐに楽になるなんて、
人を好きになるってことがそんな単純な話なら、
人間こんなにも悩まないはずだもの。
誰かを好きになったから、
じゃあ今まで好きだったこの人は嫌いになるのかとか、
自分の中で特別じゃなくなるかとか、
人間、機械じゃないんだから、
こっちのスイッチが入ったから、こっちは切りますって、
そういう割り切れた世界じゃないもの。
でも、あんたが今、そんなに心を痛めてるのは、
確かに、環君のことが忘れられなくて、思い出してしまうからかもしれないけど、
それは、もう一度鏡夜君から離れて、
できることなら過去に戻りたい……っていう理由では、もう無いでしょ?」
「……うん……今は……本当に……、
傍に居たいのは、鏡夜先輩一人だけだよ?
あ、もちろんお父さんは別にして……」
「ふふふ、そりゃお父さんは、
あんたが誰と一緒に居ようって決めようと、
変わらず、一生ずっとお父さんだもん。
よぼよぼになったって、
あんたたちにへばりついて目を光らせてやるわよ!」
「あはは」
年を取った父が、赤いちゃんちゃんこを来て、
鏡夜にどなり散らすさまを想像して、ハルヒは笑ってしまった。
「そうそう、あんたは笑ってるほうがいいわよ。
深刻なのは似合わないし。
ハルヒ、あんたはさ、ちゃんと鏡夜君のことを真剣に考えて、
これから一緒に居たいって思って、
そして一緒にいてくれている鏡夜君に申し訳ないって思って、
今、悩んでるわけでしょ?
あんたは、お父さんに、忘れなきゃ幸せになれないのかって聞くけどさ。
それって、あたしから見れば、とっくに今の状況が……、
こうしてハルヒが鏡夜君と一緒にいる『今』が、
もうとっくに『幸せです』って言ってるようにしか思えないけど?
ま、要するに、『贅沢な悩み』ってやつね」
「そ……そうなのかな?」
こんなにも心が痛むのは、過去が悲しいからじゃなくて……。
「今」と言う時間が、これまでで「一番」幸せだから?
「そうよ。がんばって幸せになるのも確かに素敵なことだけど、
多分、『究極の幸せ』って、
ものすごく頑張って、がむしゃらに『なる』ものじゃなくて、
大事な人達と、一日一日を大事に過ごしているうちに、
気付かないうちに『なっている』ものがそうじゃないかなって、お父さん思うのよ。
もっとも、そういう幸せの中にいる時には、
それを実感するのはなかなか難しいけどね。
大体は気付かないまま日々を過ごして、後で振り返って分かるものなのよ。
ああ、これが『幸せ』ってことだったんだなって」
「お父さんはそういう幸せに気付いたの?」
蘭花の一番の幸せは何かというならば、
多分、母が生きていたときのことだったんじゃないかと思っていたハルヒは、
少し、気になって聞いてみたら、
蘭花はぽんぽんっと二回、ハルヒの頭を軽く叩いて、
「もちろんよ。……だって、あんたが居るからね」
つまり、母がいたときはもちろん幸せには違いなかったけれど、
蘭花の『気付かないうちになっていた幸せ』というものは、
母がいなくなった後、親子二人きり、
泣いたり笑ってして一緒に過ごした日々のこと……、
傍から見れば、母親を亡くして『可哀そう』と、
無責任に同情されてしまいそうな日々のことを言うのだと、
そんなことを答えた父は、ちょっと恥ずかしそうな様子に見えた。
「まあ、でもやっと安心したわよ。
鏡夜君、ものすごく怒ってる感じで出て行っちゃったし、
あんたはどーんとテンション下がってるし、
一体どうしたことかと思ったけど、
そういうことで嘘をついたんなら鏡夜君も納得できるでしょ。
…………ねえ、鏡夜君?」
「…………え!?」
どう考えても鏡夜は病室の中にいないのに、
突然、蘭花が鏡夜の名前を呼び掛けるから、
一体何事かとおもいきや、
蘭花がすっと持ち上げた右手には、蘭花の携帯電話が握られている。
横になっているハルヒから見えない位置で、
密かにずっと通話中にしていたらしい。
「もう、これ邪魔ね!」
とか言いながら、暑そうに左手でマスクを取って、
携帯電話を耳にあてた蘭花は、
にやりとハルヒにむかって笑いかけつつ、
電話の向こう側に問いかけた。
「ということで、今のハルヒの告白。
全部ちゃんと聞こえてたわよね? 鏡夜君?」
* * *
続