* * *
弁護士として働き始めてから、
今までの事を振り返ってみても、
こんなにも体調を崩すことは無かったと思う。
尊敬する先輩弁護士である高坂さんにも、
「弁護士は身体が資本よ? 体調管理だけはしっかりね!」と、
忠告されていたというのに、
こんな状態になったことが高坂さんに知れたら、
また公園のベンチで長々とお説教をされてしまいそうだ。
「鏡夜君、仕事のほうは大丈夫なの?
ハルヒならあたしが付いてるから……」
「まあ、なんとか……少しだけ時間を作れましたので」
父に応える彼の声が遠くから聞こえた。
薬で熱を無理矢理にでも下げてもらったおかげで、
反動の寒気を差し引けば、
熱で身体が動かなくなっていたときに比べ、
気分は大分良くなってきていた。
とにかく、まずは、多忙な仕事の時間を削って、
わざわざ自分を病院に運んでくれたことを、謝ろうと考えて、
「鏡夜先輩……色々……すみません……迷惑かけて……」
ハルヒは病室に戻ってきた鏡夜に、こう声をかけた。
「……」
しかし、鏡夜はベッドの傍には来てくれたものの、
強張った表情で、無言のままハルヒを見下ろしている。
「あ~……あたし、ちょっとお手洗いに行ってくるわ。
鏡夜君、付き添い、バトンタッチね」
なんだかぎこちない空気の中で、
さっきは自分が付き添っているからと言っていたはずの蘭花は、
鏡夜がここにいいられる時間がわずかと聞いたからか、
急に取って付けたような理由を言うと、
鏡夜にベッドの脇の椅子を明け渡し、外へ出て行ってしまった。
「……」
二人きりになっても、鏡夜は無言を貫いている。
「鏡夜先輩……あの……」
「……」
「本当……に……すみません……仕事……忙しいのに」
「……」
「わざわざ病院にまで……運んで……もらっ……」
「お前は馬鹿か?」
空いた椅子にも座ることもなく、
立ったままハルヒを見つめる鏡夜は、
部屋で二人きりの時にいつも見せてくれる、
こちらを甘やかすような優しい態度は一切せず、
代わりにものすごい不機嫌な顔でハルヒを睨みつけている。
「こんなに悪化する前に、どうしてもっと早く俺に連絡をしない?
しかも、あんな嘘までついて」
「……あ……あのメールを送った時は……、
少し風邪っぽかったくらいで……、
こんなに……ひどくなると思わ……なくて……、
ちょっと寝れば治ると……思って……」
多少の気だるさや寒気は今までだって感じたことはあったけど、
ご飯をちゃんと食べて、風邪薬を飲んで、一晩ぐっすり眠れば、
翌朝には復調してることが多かった。
ところが、今回は夜になって熱が急に上がってきて、
ベッドに横になっていても全然寝付けなくて、
ものすごく体温が上がって、ひどく暑いのに、全然汗をかかなくて、
あまりに苦しくて、布団の中でもがくように寝返りを打っているうちに、
そのまま朝になってしまった。
実際、その頃には、もう何が何だかよくわからない状態で、
とりあえず、もう一度、風邪薬を飲もうと、
ベッドから降りたことは降りた……と思うのだが、
その時に足の力がふわっと抜けて、
そのまま立つことも動くこともできなくなってしまったのだ。
「風邪気味だったのなら、なおさら、そう言えばいいだろう?
お前が具合が悪い時まで、
無理に俺との予定を優先しろなんて言うつもりは全くないが」
「だ、だって……正直に鏡夜先輩に伝えたら、
変に心配かけちゃうと思って……」
「妙に隠されて、後で明かされる方が、
余計に心配をかけることになると思うが?」
「そうかも……しれません……けど、
でも、そんなことしたら、私は、また先輩に……」
熱はようやく下がった(無理やりにではあったが)とはいえ、
いつもよりも、格段に鈍った判断能力は、
ハルヒが、秘めておきたいと考えていた言葉の欠片を、
不用意に、口からするりと押し出した。
「……あ……」
慌てて残りを飲み込む。
「……また?」
しかし、頭の回る彼に対しては、
それは全く無意味だった。
「また、俺にって……一体、何のことだ?」
* * *
続
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