ホワイトデー企画短編
切なき秘め事 -3- (蘭花&ハルヒ)
蘭花が風邪をひいた、というのが、本当はハルヒ自身が風邪をひいたことを隠すための嘘だと分かり、
ハルヒの部屋へ向かう蘭花と鏡夜。部屋に入った二人は、倒れているハルヒを発見して……。
* * *
鏡夜の車で、大急ぎでハルヒを鳳総合病院に運んで、
診断してもらったところ、
ハルヒがかかっていたのは普通の風邪ではなくて、
インフルエンザ(B型)ということだった。
熱も40度近くまで上がっていたということで、
今は、解熱剤を投与してもらって、
水分補給のための点滴をしつつ、
ハルヒは鏡夜が手配してくれた特別個室のベッドの上で横になっている。
念のためにと感染防止のためにマスクを手渡されて、
とりあえず着用してみたものの、
ここに向かう車内でもずっとハルヒの傍にいたから、
そこで感染っているとしたら、ここで予防してもあまり意味はない。
ベッドの脇に座っている蘭花の隣では、
鏡夜がマスクもせずに立ったまま、
ものすごく心配そうな表情でハルヒをみつめている。
マスクをしなくていいの? と聞いたところ、
B型の予防接種は受けているので、という返事が返ってきた。
それでも一応、後で蘭花も鏡夜も、
インフルエンザの検査を受けるように言われている。
「ごめんなさいね、鏡夜君。
この子って、大事に思う相手には、
どうも心配かけたくないって思っちゃうみたいで、
こういうの分かりにくい愛情表現だとは思うけど、
君のことを信頼してないとかそういうことではないから。
まあ、分かってやってよね?」
「それは十分承知してるつもりですが、
でも、もし蘭花さんが気付いてなかったら、
ずっとあのままだったのかと思うと……」
蘭花が一緒にいたせいだろうか、
病院に着くまで終始冷静にみえた鏡夜も、
あまりにハルヒがぐったりして返事もしないので、
ハルヒが医師の診察を受けている最中は、そわそわと落ち着きがなかった。
「俺はハルヒに、心配をかけても構わないと思われるようになりたいんですよ」
発見が早かったこともあって、
特に命に別状はないということだったが、
今もどこか不安そうにハルヒのことを見守っている彼が、
平常心でないことは、その言葉づかいからもよくわかる。
「気持ちはものすごくよく分かるけど、なかなか難しいと思うわよ?
この子ったら、父親にだってずっとこうなんですもの。
小学校の時だったかしら、風邪で熱出して寝込んでるときだって、
全然あたしに甘えようとしなくって、
自分のことはいいから仕事に行って構わないとか言ってくれちゃってさ」
「昔からそうなんです?」
「……琴子がいた時は、そんなことなかったんだけどね」
鏡夜の質問に答えてみて初めて気がついた。
そうだ、琴子が生きていた頃は、
ハルヒだって、素直に子供らしく甘えてくれていた気がする。
あの子が自分に気を遣うようになったのはいつからだろう?
『お父さんがいるから、寂しくないもん』
もしかすると、琴子が先に逝ってしまって、
泣きながらあの子を抱きしめた、
あの日から、ハルヒには気を遣わせていたのかもしれない。
なんてバカな父親。
「まあ、大変だとは思うけど、
その辺は君が察してやってよね。
色々腹黒く計算したり、人の心を読むのは得意なんでしょ?」
こんなことを、ちょっとからかい半分に言ってみたら、
最近少し彼をいじめすぎたせいか、鏡夜に渋い顔をされてしまった。
「蘭花さんには負けますけどね。
まあ、それについては精一杯努力してるつもりですよ」
こんな風に、ハルヒのことを見守りながら鏡夜と話をしていると、
病室のドアがノックされて、
黒のスーツに黒のサングラスをかけた、
鏡夜のボディーガードの一人である橘が、
マスク姿で、ぬっと扉の隙間から顔を覗かせた。
「鏡夜様申し訳ありません、
社のほうから至急ご連絡をいただきたいとのことです」
「分かった。すみません、蘭花さん、ちょっと失礼します。
ハルヒをお願いします」
「ええ、わかったわ。ご心配なく」
本来なら、蘭花の様子を見た後に、
取引先に行く予定だったらしい鏡夜は、
その他の午後の予定も全て変更して、ハルヒに付き添ってくれている。
蘭花自身も仕事をしている身だから、
仕事上の予定を直前で変更するということが、
どれだけ大変なことか、痛いほど分かる。
蘭花で喩えれば、この不況のご時世に、
お得意様から折角ご予約を頂いたのに、
突然、私事で当日バーを欠勤するようなもので、
そんな勝手なことをしてしまったら、
お客様に呆れられて二度とバーに足を運んでもらえないかもしれない。
鏡夜は今、当然のようにハルヒのそばにいてくれているけれど、
それがどれだけ重いことなのか、十分わかっている。
だから、そこまでしてくれる彼の行動をみるにつけ、
彼にとってのハルヒの価値、
ハルヒが大事にされていることを実感して、父親としては安心したりもする。
そう、娘の彼氏については、
とりあえず現状は心配することはあまりない。
心配するといえば、むしろ、
素直に他人に甘えることができない娘自身のほうだ。
普段なら、そういう分かりにくい性格だからと割り切れることも、
今日みたいに、下手すれば命に関わるような状況では、
ただ笑って済ませられることではない。
「……お父さん」
「ん、ハルヒ、起きた?」
処方してもらった解熱剤が早くも効いてきて、
一時的に熱が下がってきたからか、
ようやく朦朧とした意識を脱して目を覚ましたハルヒは、
「……ごめんなさい……お父さん」
あんな高熱でふらふらな意識の中でも、
蘭花がかけつけてきてくれたことは気付いていたのか、
開口一番、蘭花に謝ってきた。
「なに謝ってんのよ。どう? 少しは楽になった?
ていうか、びっくりしたわよ?
あんたの部屋に言ったら床に倒れてるんだもん」
「うん……昨日からちょっと風邪っぽくて、
寝たら治るかなと思ってたんだけど……、
朝おきたら、すごく気持ち悪くて、
風邪薬飲もうと思って、起き上がろうとしたんだけど、
歩けなくなっちゃって……、
あれ……でもどうして、お父さん、私が風邪だって……?」
「鏡夜君がウチにきたのよ。
あたしが風邪をひいたって聞いたからって、お見舞いにね。
で、あんたがこんな嘘をつくなんて、
どうせ、自分が風邪ひいたことを隠してるんだろうと思って、
心配で、鏡夜君と一緒にあんたの部屋に行ったのよ」
「……あ……そっ……か……気づかれ……ちゃったんだ……」
ハルヒはベッドの上で首を左右に振って、
病室の中をぐるりと見渡している。
どうやら鏡夜の姿を探しているようだ。
「鏡夜……先輩……は……?」
「さっきまでここにいてくれたけど、
今、ちょっと外で会社に電話してるみたいよ……って帰ってきたみたいね」
* * *
続
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