『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
何度も彼女に電話をかけるのは、
いかにも『早く帰れ』と催促しているようで、
独占欲の現われで、女々しいし、格好が悪い。
大体、あんなに慌しく出かけて言ったのだから、
よほど大切な、電話に出ることが出来ないほど重要な用事に決まってる。
などと、頭の中に言い聞かせてはいるものの、
気付けばちらちら時計に目をやってしまう、そんな自分が悲しい。
インターネットをしているのも少々飽きてきた。
昼に、彼女が用意してくれていた食事を食べたきりなので、
腹もそこそこ減ってきている。
キッチンで何か料理を作る、なんて鏡夜には一切できないから、
彼女がいないと、外に出るかケータリングを頼む以外、
食事をする術が全くないわけだが、
彼女が夕食をどうするつもりなのか分からない時点で勝手なこともできず、
仕方がないので、気を紛らわすために、何か読書でもしていようかと、
鏡夜は彼女の勉強机の横にある本棚を物色することにした。
彼女の部屋の本棚には、
法律家らしく分厚い法律の専門書がずらりと並んでいる。
鏡夜も会社の経営に必要な範囲で、
多少の法的基礎知識は持っているつもりだったが、
彼女が読んでいるほどに難しい法律書を、
全て網羅しているわけではなかったから、
彼女の部屋に来た時には、たまに専門書を借りて読むことにしている。
もちろん自宅の書斎には、経営に必要な本はほとんど揃っていたから、
同じ本を読むだけなら、彼女にわざわざ借りることもないのだが、
彼女は、読んだ本には、付箋を貼ったり、疑問点などを書き込んだりしているので、
その文字を追っていくことがなかなか勉強になるのだ。
本棚に並んだ本の背表紙は、大体が見覚えのあるものだったが、
中には最近買ったばかりなのか、真新しいカバーの書籍も混じっている。
以前よりは心なしか、
本棚に会社法や商法関連の書籍が増えてきているように感じる。
事あるごとに、うちの会社の法務部に来てほしいという趣旨のことを、
鏡夜は彼女に伝えていたのだが、
そう提案する鏡夜の本当の気持ちを、
彼女が理解してるのかいないのか、まだはっきりしない部分はあったが、
こういう書籍が増えているところをみると、
とりあえず今の弁護士事務所から法務部に来るということについては、
どうやら前向きに考えていてくれるようだ。
とりあえず、未だ自分が読んだことの無い本を手に取ろうとしたとき、
鏡夜は棚の脇にある彼女の勉強机の上に、
無造作に置かれている一冊のノートに気が付いた。
表紙に大きく書かれた王冠マークを見て、
すぐにそれが誰のノートか分かる。
数ヶ月前、彼女が理事長から呼び出されて、
是非持っていてほしいと懇願されて受け取ってきた『環のノート』だ。
環が日本に来てからずっと付けていた、日記代わりのノート数冊、
何時もは引き出しにしまってあるはずなのに、
今日は、ぽんと一冊だけ、机の上に出されたままになっている。
これは、昨日の夜からここにあっただろうか?
余りに遅く帰ったせいで、記憶は曖昧だったが、
いつも整頓整頓を欠かさない彼女のことだし、
大事な環のノートを、無造作に出しっぱなしにするということもないだろう。
すると、このノートが引き出しから出されたのは、
自分が起きる前……今朝のこと、ということになる。
理事長から渡された数冊のノートは、
既に鏡夜も中を見せてもらっていたし、一緒に何度か読んだりもした。
日本に来たばかりの頃の環のノートの中身は
「ニンジャに会いたい!」だの、
「フジヤマに上ってシャチホコと記念撮影!」だの、
日本に対する少々誤った期待感が、びっしり書かれていたのだが、
時期が進むにしたがって、桜蘭学院での出来事や、
ホスト部のメンバーのことを心配するような書き込みが増えていた。
机の上に置かれていたのは、
環と鏡夜が高校二年の頃、秋から冬にかけて取られていたノートのようだ。
あまりに気になったので、法律書を読むのをやめると、
鏡夜はノートを手に取って表紙をめくってみた。
ページの最初は、環が言いだした、
桜蘭学院初の『体育祭』の計画から始まっている。
その後、ノート全体の半分くらいの頁が、
体育祭の議事録代わりに使われていたのだが、
よくみると、その間に間に、
『今日も鏡夜が口を聞いてくれない』
などと、鏡夜に対する恨み言のようなものが、
余白部分に何度も書きこまれている。
この書き込みについては、
確か前に一緒にノートを読んだとき、彼女が目に留めて、
「そういえば、体育祭の時の環先輩は鏡夜先輩に冷たくされて、
ものすごく落ち込んでたんですよ? なんだか妬けちゃいますね」
などと、散々からかわれたものだ。
彼女にからかわれるのは、何もこの記載に限ったことではない。
環が残したノートには、環自身のことだけなら良かったものの、
高校時代から大学時代にかけての鏡夜の行動、
鏡夜としては『ハルヒには出来るだけ知られたくない』と思っていた、
彼女を巡っての、恥ずかしい行動の数々が余すところ無く記録されていたのだ。
しかも、よりにもよって、
環なりの拡大解釈つきで書かれているから余計性質が悪い。
鏡夜は一ページ読み進める度に、
「これはあいつが勝手に妄想して書いたことだぞ?」
と、逐一、彼女に言い訳することになったのだが、
それをくすくす笑いながら横で聞いていた彼女が、
鏡夜の言い分を心から信じたかどうかは定かではない。
そんな感じで、自分の秘密を赤裸々に暴露されたこともあって、
このノートに関しては、かなり恨めしい気分になっていた。
そんなノートが、ぽんと放置されているわけだが、
仮に彼女が、鏡夜が起きる前に一人でこれを読んでいたのだとしても、
このノートの中身は既に一緒に読んでいるわけだし、
今更、何か、深刻で重大なことを彼女が発見したとは考えにくい。
机の前に立ったままで、一枚一枚読み進めていくと、
体育祭の記載が終わって、ホスト部の企画案の断片的なメモの後に続けて、
『やりたいこと』
という表題の下に、
『鏡夜にふんどしの刑』
と書かれているのを見つけた。
体育祭で、鏡夜とのリレー勝負に負けた罰ゲームとして、
ふんどし姿で接客していた環の様子を思い出して、
鏡夜は、思わず、くくくっと笑い出してしまった。
だが、あんなに恥ずかしいことでも臆せずやってしまうところが、
あいつの本当に凄いところ、なんだろうけどな。
鏡夜はそこまで読んだところで、
ぱたんとノートを閉じると、元通り机の上に置いた。
たまには俺も、あの馬鹿を見習ってみるか。
あんな恥ずかしい格好を公衆の面前でさせられることを考えれば、
帰ってこない彼女に女々しく電話をかけることなんて、大した恥ずかしさじゃない。
ノートの表紙を手の甲でぽんと叩いてから、
炬燵に戻った鏡夜は、もう一度彼女に電話をかけることにした。
プップップップ……。
しばらく続いていた呼び出しの電子音に、
また留守電に入ってしまうかと心配したのも束の間、
それは程なく途切れて、代わりにざわざわとした音が聞こえてきた。
「ハルヒ?」
『きょー……』
けたたましい機械音が彼女の言葉を上書きしていく。
『もしも……鏡……先輩……で……?』
確かに彼女の声には間違いないのだが、
周りの音がかなり騒々しいために、何を言っているのか分からない。
「おい、なんだかものすごく騒がしいが、お前一体何処に居るんだ?」
『え? 何です……聞こえな………』
彼女の声がこちらに届かない以上に、
鏡夜の声はハルヒに全く届いていないらしい。
『すみ…せん、聞こえ……すか?
もうすぐ、帰りま……で、………一旦切り……ね』
最後にそう大声で叫ばれて、ぶつりと通話を切られてしまった。
「……」
途切れ途切れではあったものの、
『もうすぐ帰る』というようなことを言っていたことだけは辛うじて分かった。
それにしても、今の騒がしい音は一体なんだ?
バタバタと、何かが回っているような、振動するような、騒々しい機械音。
なんとなく聞いたことがあるような……。
「まさか」
しばらく考えた後で、鏡夜は一つの可能性に思い当たった。
今のは、ヘリコプターの……メインローターの音か?
それならば、かつては環の自家用ヘリで、
何度も色々な場所に連れまわされていたわけだし、
聞き覚えのあることも納得できる。
だが、今のがヘリのプロペラの音だとして。
どうしてハルヒがヘリに乗っているんだ?
* * *
続