『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -epilogue- (環&鏡夜)
「夢」の続きは、「現実」の欠片。
……あなたはどちらの世界の住人ですか?
* * *
鏡夜。
最期にお前に連絡しなくて……ごめんな。
*
「環。約束してた『例のもの』を作らせたんだが、週末にうちに来るか?」
十二月初旬、寒さが徐々に厳しくなってきた頃、
放課後の教室で帰り支度をしていた環を鏡夜が呼び止めた。
「へ? 約束してたって、何のことだっけ?」
「……」
環の返事を聞いた鏡夜は、目を細めて一瞬環を睨んだようだったが、
直ぐに表情をいつものようにクールに引き締めると、
眼鏡を直しながら、小さく頭を振った。
「いや、忘れているなら別にいい。大したことじゃないしな」
「忘れてるって、一体何の……」
「鳳さん」
環の質問は、綾女の声に遮られた。
「そろそろ委員会に参りませんと」
「ああ、城之内さん。すみません、お待たせして」
鏡夜は綾女の声に、にこりと穏やかに笑って応えると、
環には適当に軽く手を振って、背中を向けた。
「変なことを言って悪かったな。じゃあ、環。また来週な」
日本に来て、鏡夜と知り合ってから、
放課後は鏡夜の家に遊びに行くことも多い環だったが、
今日は委員会の日ということもあって、
クラス委員長の鏡夜は、副委員長の綾女姫と連れ立って、
環を置いて教室を出て行ってしまい、
環は一人ぽつんと教室に残されてしまった。
約束って、一体なんのことだったかな。
環は、うーんと眉を寄せて首を捻る。
鏡夜がああいう冷めた態度をとるときは、
絶対に答えを教えてくれないから、
自分で考えてみるしかないのだが、
これといって「約束」とやらに思い当たらない。
「これはこれは、環様。今、お帰りでございますか」
頭を悩ませつつ環が校舎の外に出ると、
送迎車が連なる学院前のロータリーで、
自分に丁寧にお辞儀をしてくる人物がいた。
「いつも、鏡夜様がお世話になっております」
鳳家で鏡夜に付けられているスタッフ頭の橘とは、
今やすっかり顔見知りだ。
「あっ、橘さん。どうも」
須王の送迎車は、鳳家の車よりも前に停車していたが、
環は車に乗り込む前に、橘の方に歩みよって会釈した。
「鏡夜は委員会だから、もう少し遅くなると思いますよ」
「はい。存じております。いつも色々とお気遣い有難うございます」
再び深々と最敬礼する橘。
「いえ。あ、そうだ、また、鏡夜の写真が撮れたら送りますね」
すると、顔を上げた橘は明らかに嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。
「はい、是非! 環様には、いつも貴重な……、
学業に勤しむ鏡夜様のお写真を提供していただき、
私ども鏡夜様チームといたしましては、
コレクションが増えて嬉しい限りで……」
「コレクション?」
「ああ、いえいえ。何でもございません」
こんなメールをやりとりしている、なんて知れたら、
どんなに恐ろしい魔王の制裁が待っているか。
想像すると、ぞぞぞっと背筋が寒くなってくるが、
鏡夜はあんまり学院でのことを話さないと、橘から聞いたことがあって、
その時に環の方から、学院での鏡夜の様子を教えると提案し、
以来、それが続いているというわけだ。
「そういえば環様は、ずっとフランスにいらっしゃったのですよね?」
「ええ。日本に来るまでは殆どフランスを出たことはなかったですね。
でも、それがどうかしましたか?」
「いえ、鏡夜様のお話しによれば、
環様は何でも『麻雀』をなさるということでしたので、
フランスでも麻雀は一般的なゲームなのかと、少々気になりまして」
「ああ、それは、父さんから、日本では家族同士の親睦を深めるために、
皆がコタツに入って麻雀をするものなんだって聞いてたので、
興味を持って独自に勉強を………って、ああっ!!」
答えている途中、環が、急に素っ頓狂な声を上げたせいで、
その場の学生の注目を一斉に集めてしまった。
「環様、どうなさいました?」
約束って、もしかして……。
咄嗟に口を塞いだ環は、顔を真っ赤にしながら、
小声で橘に質問する。
「あ、あの、橘さん……最近鏡夜の奴が家に作ったものって……もしかして……」
「ああ、鏡夜様からお聞きになりましたか?
先週の土日に注文していた家具も届きまして、
環様のご希望通り、天板がリバーシブルの炬燵も、用意いたしましたよ」
やっぱりそうか。約束ってコタツのことか。
日本に来たばかりのころに、
俺がコタツに入りたい入りたいと散々騒いでいたら、
『炬燵は冬と決まってる。入りたきゃ冬まで待て、このアホが』
とか言われてたんだっけ。
それにしても。
鏡夜と初めて喧嘩したあの日以来、
学園生活を楽しく過ごすことに夢中で、
コタツのことを取り立てて話題に出すこともしなかったのに。
あいつ、ちゃんと覚えててくれたんだ。
*
「……で?」
帰宅したばかりで、マフラーもコートも着けたままの鏡夜は、
自分の家の和室に置かれた炬燵に入っている環のことを、
呆れたように見下ろしていた。
「なんでお前は俺より先に、人の家に帰ってきてるんだ…?」
環が鏡夜の部屋に上がりこんでいるということは、
鳳の使用人には隠しておいてもらい、
委員会を終えた鏡夜が家に戻ってきたとき、
橘に、鏡夜が和室のほうに来るように誘導するよう頼んでおいて、
鏡夜が襖を開けた瞬間、
サプライズ企画!!とばかりに、環はにこやかに彼に声をかけたのだ。
「おかえり、鏡夜~」
鏡夜はマフラーやコートを脱いで、控えていた橘に手渡すと、
環に見せ付けるように大きな溜息をつきながら中に入ってきた。
「不気味なほどに上機嫌だな。そんなに炬燵が嬉しいか?」
「だって、ずっとずっと俺の夢だったからな。
こうコタツに入って、家に帰ってくる家族に『おかえり』って言うのが」
「……家族……?」
「本当にいい言葉だよな。『ただいま』とか『おかえりなさい』って。
フランスにはそういう決まった言い方はないし、
まあ……そういう挨拶の言葉があったとしても、
俺には使う機会は無かったと思うけどな」
母さんはいつも病気がちで家にいて、
出迎えられるのはいつも俺のほうだった。
父さんが年に何度かフランスに来てくれる時も、
日本語をいくら覚えても、俺は『おかえりなさい』とは言えなかった。
母さんはいつも窓から遠くの空を見ていて、
父さんの帰る場所が、母さんと俺がいる『ここ』じゃない、
遠く日本の地にあることを知っていたから。
「折角、鏡夜が、日本の家族団らんの象徴であるこのコタツを、
わざわざ作ってくれたのだから、
一家の大黒柱のように、コタツにどーんと座ってさ、
鏡夜を出迎えて『おかえり』って言ってみたかったのだ」
「……」
部屋の端に荷物を置いた鏡夜は、無言のまま環の対面に座った。
「やっぱ俺って変か?」
お前が変なのはいつものことだろう、などと、
軽口を叩かれると思っていたのに。
「別に、何も変じゃないだろ」
鏡夜は環のことを少しも笑ったりしなかった。
「他人にとって当たり前で、大したこととは思えないことでも、
自分にとっては特別で大事なこと……というのは、よくある」
鏡夜は炬燵の上に並べられた湯飲みに手を延ばすと、
澄ました顔で、ずずっと茶をすすった。
「鏡夜は本当にすごい奴だな。俺が思った通りだ」
「何だ? 唐突に」
「だってさ」
一見クールで、でも野心家で。
無関心を装っているくせに、実は結構な世話好きだったりする。
「鏡夜は俺の考えてること、何もかも見通してるみたいだし。
それに、いつだって……」
そんなお前だから……俺はお前と、
心から笑い合える親友になりたいと思ったんだ。
「鏡夜は俺が何も言わなくても、俺がして欲しいことしてくれるから」
*
そう、鏡夜は今までずっと、
俺が細かいことは何も言わなくたって、
俺の考えをちゃんと分かって、俺の願いを叶えてきてくれた。
ホスト部の企画を実現するための綿密なプランニングに始まって、
俺の母さんを探しにいってくれたり、
須王のことやお祖母様で色々気を使ってくれたり。
そして、何より。
俺がハルヒへ抱いていた気持ちを、気付かせてくれたのも鏡夜だった。
だから、俺は大丈夫だと思ったんだ。
俺達はもうずっと長いこと一緒にいたから、
きっと鏡夜なら、俺が何も言わなくたって、
俺が頼みたいことを絶対分かってくれるはずだって。
そう、信じていたから。
*
「お前の気持ちを理解できるようになったと褒められても、
全くうれしくは無いが……、
お前の馬鹿で突飛で我侭で気紛れな言動には、さすがに慣れた」
「な、なんだよ、折角褒めたのに、その言い方は!」
「まあ……理事長も、あとシマさんや使用人達も、
お前には良くしてくれるんだろうが、
須王でのお前の立場を考えれば、お前が本当にしたいことを、
好き勝手に言い出すことができないのは、わかってる。
だが、俺は別に超能力者でもなんでもないからな。
お前の考えてることの全てが分かるわけでもないし、
もし須王家に遠慮して言えないことで、
悩んでいることがあったら、せめて俺には遠慮なく話せ」
「きょ、鏡夜……お前って奴は……」
なんて良い奴なんだと、
環がうるうると目に涙を浮かべ始めると、
「言っておくが、無駄に遠慮されて話がこじれるほうが、
後々、フォローに余計に手間がかかるからな。
なら最初からはっきりと言ってもらった方が合理的、ということだぞ」
「む……っ!」
感動の高まりは、鏡夜の言葉で一刀両断されて、
ぶすっと口を引き結んだ環は、
炬燵の中央の籠に入った冬蜜柑を一つ手に取ると、
腹立ち紛れに鏡夜にぽんっと投げつけてみたが、
鏡夜は平然とそれをキャッチして笑っている。
「でも、鏡夜は、なんで俺にそんなに良くしてくれるんだ?」
「それは『メリット』があるから、に決まってる」
「ああ、そっか。俺が『須王』だから……だっけ」
「最初はそうだったが、今は少し違う」
「違うって……?」
環が聞き返すと、鏡夜の眼鏡の下の視線が、ふっと緩んで、
「俺がお前と一緒にいるのは……、環、『お前が』須王だからだよ」
鏡夜には、まだまだ自分の知らない、
こんな表情も出来るんだと、改めて気付かされる。
まるで母が自分を見守っていてくれるときのような感覚。
「俺が須王だからって……なあ、鏡夜……、
それって……俺が言った事と、どこがどう違うんだ?」
「くくく。さあ、どうだろうな」
環の前で、楽しそうに笑い続ける鏡夜は、
それ以上は何も言ってくれなくて、
先ほどの穏やかな笑顔も、
すっかり悪そうないつもの笑顔に戻ってしまっている。
日本で初めて過ごす冬の一日。
フランスに居たときから、憧れていた炬燵に入りながら、
親友に『おかえり』という言葉をかけて、
『暖かな家庭の空気』に触れた気分になった環は、
「そうそう、鏡夜。聞いてくれ、凄い事を考えついたぞ!」
ずっと心に描いていた構想を、この日、友に打ち明けることにした。
「部を立ち上げよう。その名は『ホスト部!』」
自ら光を放つことはなくとも、
一片の曇りなく磨きこまれた、歪むことない真っ直ぐな鏡面は、
当てられた光を美しく跳ね返し、それは綺麗な像を結ぶ。
果たして、彼に投げた自分の言葉は、
どんな形となって返ってくるだろう。
環が、わくわくしながら鏡夜の言葉を待っていると、
鏡夜は「寝言は寝て言え」なんて、
冷たい素振りを見せた後で、
ふと思い直したように、にやりと意地悪く微笑むと……こう答えた。
「……とりあえず聞いてやろう。奇抜なアイディアは上手くやれば利用価値がある」
* * *
了
(初稿2008.5.31 加筆・修正2010.4.23)
以上で、本サイト一番の長編作品「君の心を映す鏡」は終了です。
旧ブログで公開したときは、12月~5月までかかってしまい、
およそ半年の超大作!(笑)だったわけですが、
今回は一ヶ月で再公開を終えました。ふ~なかなかハードでしたが(汗)。
過去:環×ハルヒ、現在:鏡夜×ハルヒと言いながら、
実は全編通して鏡夜×環なんじゃないか? という感じもしなくはないですが、
まあ、今回は二人の友情がテーマなので良いのです(苦笑)。
というわけで、もんのすごく長い(若干中だるみも多かった)、
二次作品になってしまいましたが、
最後まで読んでくださった方には、本当に感謝したいと思います。
ありがとうございました!
2010.4.23 Suriya拝
(なお、この作品には、プチ派生エピソード「私の心の半分」があります)