『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -59 Fin.-
センター試験も終えて、いよいよ合格発表の日がやってきた。
そして世界は、過去から現在へと容赦なく進む。切ない残像だけをこの胸に焼きつけて……。
* * *
センター試験と二次試験を終えて、
いよいよ、大学入試の合格が発表される日がやってきた。
その日は、この冬の中でも、特に寒さが厳しい一日だった。
大学へ続く道を歩きながら、灰色に曇った空を見上げると、
白く濁る吐息が、ふわりふわりと空へ溶けていく。
寒空の下、自分の隣を歩いていた男は、
前方に人垣が見えると、待ちきれない様に走り出した。
「ほら、鏡夜。急げよ!」
大学の門をくぐり、若干奥の方まで歩かされて、
辿り着いた古めかしい校舎の脇に、急遽設えられた木製の簡易掲示板には、
数字の並ぶ大きな紙が貼り出されている。
先程まで隣を歩いていた筈の男は、
さて、何処に行っただろうと姿を探すと、
既に人混みの最前列に陣取っていた。
ほら。そうやってお前は、いつも俺の前に行くんだろう?
こっちへ来いと、何度も名前を呼ばれ手を振られたが、
混み合っている中を、無理に掻き分けてまで前に行く気にはなれず、
二、三人分後方から受験番号を目で追っていった。
合格発表のためだけに、わざわざ大学に来るのも手間だと、
インターネットでの発表を待つつもりでいたのに、
大学校舎での合格発表を、直接見に行きたいと誘われて、
気乗りしないながらも、今日ここに来ることになった。
「……」
周りが一喜一憂する中で、白い息を何度も吐き出して、
掲示を丁寧に目で追っていく。
まず一番に探していたのは、自分の番号ではなく……。
「おお! 鏡夜の番号、あったぞ!」
無事、難関大学に合格することができたのだから、
本来は大喜びするべきはずなのに、
騒がれることが苦手と言うことも会って、つい、顔をしかめて頷いてしまった。
もっとも、周囲では合格した学生の歓声が至る所で沸き起こっていたから、
いつもと同じ様なテンションで騒がられても、今日は全く目立たずに済む。
それにしても。
自分が相手の番号を探していたように、
相手も自分と同じことを考えていたのがなんともおかしくなって、
苦笑しながらも目当ての番号を探そうと、再び目で追い始めた時。
「鏡夜、見ろ! この行の一番上だ。俺も受かったぞ!!
これで四月から一緒にここに通えるな!!」
指摘されたところを見上げたら、確かにそこに探していた番号があって、
内心、ほっと胸を撫で下ろしていたら、
最前列から勢いよく人ごみを掻き分けてきたその男は、
人目も憚らず自分に抱きついて、興奮気味に背中をばしばしと叩いてきた。
「はいはい。良かったな」
年端のいかない子供をあやすように言ってやったら、
「なんだよ。鏡夜、もっと喜べよ」
ぶすっと不満そうな顔をしている。
「顔に出なくて悪かったな。これでも十分喜んでる」
俺みたいに、自分の体に幾重にも、
見栄えの良い洋服をまとって生きているような人間には、
自分の全てを曝け出して感情表現をするなんて、とても難しいことだというのに。
時々、考える時はある。
俺も、もっとお前のように、自分の感情の重石を取り払って、
馬鹿騒ぎしてみたらどうなるんだろうと、本気で考えてしまうことはある。
「全く……」
受験準備期間なんてほとんどなかったはずなのに、
あっさりと合格を決めて見せた、恐ろしいまでの集中力に驚きながら、
その腕を振りほどくと、マフラーに顔をうずめた。
「これからまた四年間、俺はお前のお守りをする羽目になるんだな」
まあ、いい。どうせ、いつかは別れる道だ。
社会に出れば、今までのようにフォローをしてやれるわけでもないし、
だったら、せめて学生でいられる残り四年間、
奴の我侭に振り回されるのも、別に悪くはない。
それで得られるもののほうが大きいことは、もう、とっくに知っている。
「なんだよ、それは。まるで俺が聞き分けのない子供みたいじゃないか」
「ははは」
まあ……俺が、お前のことをどんなに羨ましく思ったとしても、
所詮、俺は俺でしかありえないし、
俺自身がお前がしているみたいに振舞うなんて出来ないことはとっくに承知している。
もちろん、今の俺には鳳家の後継のことも含めて、色々目標はあるから、
中等部の頃みたいに、自分の可能性を否定するような意味で、
『俺はお前のようにはなれない』なんて言うわけじゃない。
だが、普段どんなにふざけたことをしていても、
お前はやっぱり俺の想像を遥かに超えたすごい奴で、
これから先、お前はその行動力と強運で、俺とは全く別の場所、
きっと俺には一生かかってもたどり着けない所へ向かうんだろう。
だから、俺は……俺に出来ないことをいとも簡単にしてみせる、
お前の姿を、これからも間近で見ていられればいいと思ってる。
「鏡夜、この後、ハルヒのアパートに行こうな」
「ハルヒの?」
「うむ。俺達の合格祝いに鍋を用意してもらうようにハルヒに頼んだのだ。
先輩方と双子達も呼んでいるし、蘭花さんも今日はいらっしゃるようだから、
久々に皆でコタツに入って鍋を囲むぞ!」
「あの狭い部屋に、また八人も入るわけか」
「確かにあの部屋は体育座りが似合いそうな、
可愛らしいハルヒサイズかもしれんが、
まあ、でも皆で集まれば楽しくていいだろ?
特別な日だから、ちゃんと高級食材を持ち寄るよう、皆に申し伝えてあるのだ!」
いつも、突拍子ないことを言われ続けてきたせいか、
ハルヒの家の狭さなどを差し引いても、
今回は、なかなか気の利いた企画だと素直に思った。
「まあ、今日は他に用事もないしな」
「そうだろ? じゃあ決まりだな」
よしよしと頷きながら、再び掲示板の方に顔を向けている。
「さて、合格も確認したことだし、
こんな寒いところに長居は無用だ。そろそろ車に戻るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、鏡夜。写真を撮るから」
「写真?」
見れば、コートのポケットから携帯電話をごそごそ取り出すと、
突然、自分達の番号が載っているあたりの撮影をし始める。
「何してるんだ?」
「鏡夜はともかく、こうでもしないと、
俺が合格したことを双子達が信用しなさそうだからな。
証明のために撮って行くのだ!
うーむ。ちょっとここからじゃ遠いか……」
ぶつぶつ言いながら、再び学生の群れに突っ込んでいこうとするその背中に、
あくまで無関心な様子で声をかけてやる。
「どうぞご自由に。俺は先に行ってるぞ」
「おい。ちょっと待ってろって。すぐ終わるから。置いていくなよ? 鏡夜!」
置いていくな、ねえ。
全く遠慮なく置き去りにしつつ、
一人で門の方に向かって歩きだす。
それは俺の台詞なんだが、ね……。
歩きながら、ぼんやり思考を巡らせる。
多分、お前は気付いていないんだろうな。
お前の親友として傍に居るというのは、
実のところ、かなりの労力を使うことなのだと。
しかも、こんなことをうっかり口に出そうものなら、
そんなのは単なるこちらの考えすぎだと、
軽く流されてしまうだろうから、余計に腹が立つ。
きっと、お前はこんなこと考えもしないんだろうな。
少しでも気を抜いてしまったら
一気に置いていかれてしまいそうになると、
俺が常々感じていると言うことを。
それほど、お前と言う存在は俺にとっては眩しすぎたから、
俺は、一度はお前を置いていこうと思った。
例え、その結果、再び一人きりになって世界から色が消えたとしても。
自分から立ち去れば、少なくとも、
お前に置いていかれることはないのだから。
突き刺すような厳しい寒さに、
雪でも降るだろうかと天を見上げれば、
空はどこまでも限りなく白くて、
分厚く重たそうな薄灰色の雲が、空一面を塗りつぶしている。
掲示板が設置されている場所から離れると、
賑やかだった人影も徐々にまばらになって、学生達の声も遠く細く掠れていく。
「鏡夜、待てよ!」
冷たく透明な冬の空気が、
世界の全ての音を吸収してしまったかのような不思議な静けさの中で、
唯一、自分を追ってくる足音が、どんどん近づいてきて、
すぐ後ろで聞こえたと思った途端、
背中側から、がしっと首筋に抱きつかれてしまった。
「こら、首に抱きつくな、重苦しい……」
肩に感じた重みを、いつもように、何気なく、
軽く払いのけようとした……。
その時だった。
「……鏡夜、ごめんな……」
耳元に寂しげな声が届く。
その声を聞いた瞬間に、
ぞわぞわと冷たい感覚が全身を這い巡った。
「何をいきなり謝って……?」
これは、冬の寒さのせいじゃない。
奴のこんな声は初めて聞く。
「最期に」
首に巻きついた腕の力が、一度強くなった気がして。
「最期に、お前に連絡しなくて……ごめんな」
その言葉を最後に、肩に掛かっていた体重が、
一瞬にして消え去ってしまった。
「……環?」
ばっと後ろを振り返ったが、そこには誰の姿もなく、
視界に遠い雑多な人ごみを霞ませるように、
雪がちらちらと、空から舞い落ちているだけだった。
最期?
「環! おい、環!?」
最期って一体何のことだ?
夢中で大学の構内を走る。
目の前を覆う眼鏡のレンズに雪の結晶がへばりつく。
さっきまで、居たじゃないか、俺のすぐ後ろに。
それなのに……何故だ!?
ひらひらと白の光が降りしきるその中で、
世界は全て白一色に支配されていく。
ついさっきまで、俺と会話をしていたじゃないか。
なのに、一体、お前は何処へ行ったんだ!?
*
「鏡夜。本当に良かったのか?」
「どういう意味だ?」
「そ、そうそう。お前はハルヒの『お母さん』なのだから、
娘に彼氏が出来るというのは心配じゃ……」
「その家族設定は単なるお前の妄想だろう。
大体、父親ならともかく、
母親が娘の恋愛に干渉するという、その論理が分からん」
「そ、それは、そうなんだがな。その、俺は鏡夜が……」
「あくまでお前の妄想で例えろ、と言うのなら、
母親は娘の幸せを願うものじゃないか?」
「鏡夜……」
「ま、俺は傍で見物させてもらうことにするよ。
お前がハルヒを幸せにしてやれるかどうか、な」
*
徐々に雪が強くなる。
目の前が雲って、周りが何も見えなくなる。
*
「鏡夜! すごいことを思いついたぞ。ひとつ、俺と勝負しないか?」
「環。お前はいつまで学生気分なんだ? どうせまた、くだらないこと……」
「ハルヒが大学を卒業するまでに、俺がハルヒの心を奪えたら、俺の勝ち」
「ほう? で、奪えなかったら、どうなるんだ?」
「俺がハルヒの心を奪えなかったら、そのときは、お前の勝ちだ。
お前もハルヒのこと好きなんだろう?
だから、その時は……俺に遠慮することはないんだぞ、鏡夜」
*
何だ……これは。一体、これは何の会話だ?
*
「鏡夜、覚えてるか? 一年前の俺との勝負」
「約束?」
「『ハルヒが大学を卒業するまでに、俺がハルヒの心を奪えたら俺の勝ち』
ってやつだよ。言っただろ?」
「ああ、あれか。そういえば結果を聞いてなかったな。
もうすぐハルヒの卒業式だが、達成できたのか?」
「いやまあ……その……まあ一歩ずつ、
お友達から地道に進んでるとは思うのだが、
まだハルヒからはっきり、その……愛してると言われてはないのだ」
「そんなことで大丈夫なのか? もう一週間もないと思ったが」
「まだ時間はある! 卒業式当日が終わるまで、俺は諦めないぞ!」
*
徐々に寒さが強くなる。
体温が奪われて、身体が動かせなくなる。
*
「明日からフランスへ出張だと?」
『父さんの代理だから、他の社員にまかせるわけにもいかなくてさ。
まあ、お母様に会えるし、久々にフランスを満喫してくるよ』
「ハルヒの卒業式はどうするんだ? 欠席するつもりか?」
『いや、なんとか卒業式当日の朝には、
日本に帰ってこれるように予定の調整はしたぞ?
まあ、あまりに急だったから専用線は無理だったんだが』
「お前、飛行機の時間なんて当てにならないだろう。
当日の朝着く予定で、本当に間に合うのか?」
『大丈夫だ。俺には生まれてこの方、
悪天候で飛行機が飛ばなかった記憶は無い!
まあ、多少の遅れを考慮しても、
最悪でもその日の間に日本に戻れれば、まだ「卒業前」だろう?』
「まあ、そうだな」
『鏡夜、それでさ。卒業式が終わって、
俺が、そのハルヒと話をして、その時、もしも……』
「もしも?」
『……いや、仮定の話をするのは良くないよな。
卒業式の後に結果がでたら……話すよ』
「分かった」
『それじゃあな、明日早いから……』
「待て、環!」
*
ゆったりと流れていた時が、
突然スピードを上げて、自分の中を通り過ぎていく。
*
『へ? な、なんだ? いきなり大声で』
「い、いや……別に、なんでもない」
『そ、そうか。びっくりしたぞ。鏡夜が怒鳴るなんて』
「悪かった。なにかの気の迷いだ」
『また仕事で無理して疲れてるんじゃないのか』
「お前だって忙しいんだろう?」
『まあそりゃそうだけど……じゃあ、そろそろ切るよ。ハルヒの卒業式の日にな』
「環……」
*
そして思い出すのは、最後に交わした言葉。
*
「環、ちゃんと帰ってこいよ?」
『うむ、まかせておけ! じゃあまたな、鏡夜!』
*
そこから時は一気に現在に近づいて、
彼が事故にあって、もうこの世界にいないという現実に曝されて、
凍りついた心は、身体を隅々まで侵食して、
自分を粉々に砕いてしまうかと思われた。
環。
俺はお前にまだ何一つ、素直に口に出して言っていなかった。
俺はお前に会えて本当に良かったと、
はっきり言う前に、おまえはいなくなってしまった。
感謝の言葉どころか、別れの言葉一つ、かけてやることが出来なくて。
俺はずっとお前の姿を映していくんだと思っていた。
お前が気付かないまま放置した本当の心を、
時には、気付かせてやるように振舞って、
俺はお前の姿をずっと、これからも追っていくんだと思ってた。
なのに、お前がいなくなったら、俺はどうすればいい?
周囲の景色どころか、自分の指先すら、
全て見えなくなってしまうくらい深い霧に包まれる。
環。
俺はこれから、誰の願いを叶えてやればいい?
お前はもういないのに。
俺はこれから、一体誰の姿を映していけばいいと……。
「鏡夜先輩!!」
気が付くと、空の白さは天井の白さと入れ替わり、
目の前で、ハルヒが心配そうに鏡夜の顔を見下ろしていた。
「……ハ……ルヒ?」
「大丈夫ですか? なんだかすごくうなされてましたよ?」
炬燵に入ったまま、寝転がってしまっていた鏡夜は、
夢見心地でぼうっとしたまま、まだ自分が何処にいるのか分からなくて、
半ば反射的に、自分を覗き込んでいたハルヒの腕を掴んでいた。
「鏡夜先輩、どうしたんですか?」
「お前は……現実か」
「先輩?」
じっとりと、脳裏にへばりつくようなリアルな感覚の夢。
あちらが夢だったのか、それとも本当は今が夢なのか。
「お前は、ここにいるんだよな」
「一体、どうしたっていうんですか。私なら、ここにいるじゃないですか?」
「……もしも、これが全部夢だったら……」
もしも、あいつがいなくなってしまったことが全て夢なら、
今でも俺はあいつの傍に立っていることが出来る。
だが、もしも、その仮定が現実でこちらが夢だとしたら。
その現実の世界の中で、ハルヒは俺の傍にはいないんだ。
「どっちが夢だったら……良かったんだろうな」
どちらの世界が現実でも、
大切に思う者の、どちらかは必ず失うことになる。
ならば、自分には一体、どちらが『現実』だったら良かったのだろう?
「もし……今、私が鏡夜先輩といることが夢だったとしても、
私達は何も変わらないと思いますよ?」
「え?」
「だって、今、ここが夢だとしたら、
今、ここにいる鏡夜先輩も、それから私も、
夢の世界の住人ってことですから、
それなら、少なくとも、この夢の世界にいる鏡夜先輩と私は、
この世界ではずっと一緒いられるってことじゃないですか?」
もしも、こちらが単なる夢の世界であったとしても、
この夢の中に存在する鏡夜とハルヒが、
ここに共にいることは変わらなくて、
パラレルな現実の世界が、実は別にあったとしても、
きっとそこにいる自分達は、
今、この場所にいる自分達とは、同じ自分でもきっと別の存在なのだろう。
「くく……あはは」
鏡夜はハルヒから手を離し、起き上がると、
前髪をかきむしるようにして、
そのまま片手で顔を覆い、そのまま笑い続けた。
「なんで笑うんですか?」
「いや、お前が珍しくポジティヴなことを言うから、つい……」
そうか……お前か、ハルヒ。
この胸に、自分と同じ痛みを抱えた同じ立場の存在。
いわば、もう一人の自分。
そんな彼女の中に、
不思議と懐かしい「誰か」を思い出す仕草を見つけて、
鏡夜はくすくすと笑い続けた。
今の俺には、お前がいたんだよな。
「もう、いい加減笑うの止めてくださいよ。
馬鹿にされてるみたいで、なんか嫌な感じですよ?」
一時、過去の悲しい記憶に引きずられて、
そんな単純なことも分からなくなっていた自分は、
さそかし間抜けな顔をしていることだろう。
そんな姿をハルヒに見られてしまわないように、
「それは、悪かったな」
鏡夜はそう囁くと、彼女をそっと自分の腕の中に抱きよせた。
* * *
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