『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -7- (鏡夜&ハルヒ)
鏡夜がとった強引な行動は、すぐさまハルヒに拒絶されてしまった。
その態度で鏡夜は気付く。彼女が特別に想う相手は自分ではない、と……。
* * *
鏡夜がちらりと腕時計を確認すると、
かなり時間が経ってしまっていたようで、
いつの間にか、最終下校時刻が近づきつつあった。
「流石に、もう出ないといけないな」
と、鏡夜が声をかけると、
「そ、そうですね」
と、ハルヒは頷きながら、
今さっき彼女自身が言った言葉に照れ笑いを浮かべている。
『お前は環のことが好きなんだろう?』
今までのハルヒの態度から、
すでに分かりきっていた答えとはいえ、
環に対する気持ちを、ハルヒ自身の口からしっかりと聞きだすために、
かなり「大きな代償」を支払った気がする。
『俺はお前を試したんだよ』
本当は、嘘を吐く気など全くなかった。
他の女性にはない、
ハルヒが見せる時に純粋で時に鋭い行動に触れて、
少しずつ膨れていった鏡夜のハルヒに対する想いは、
このままずっと、隠し続けようと考えたことはあっても、
それを嘘だと、彼女に向かって言い切るつもりなどなかった。
けれど、彼女の怯えた目が。
『や……やめてください、鏡夜先輩!』
恐怖に歪んだ彼女の顔が、咄嗟に自分を偽らせた。
彼女を好きだと言った言葉も、
強引にキスをしそうになった行動も、
彼女を追い詰めていった感情の全ては、
ただの冗談だったのだと、
鏡夜にはそう言ってやることしかできなかった。
彼女の普段の笑顔を取り戻すために。
左手で右手の平の傷口を押さえたままでは、
鞄もパソコンも上手く持てないので、
迎えの車の中で待機している橘を、
電話で呼ぼうかなどと鏡夜が考えていると、
「じゃあ……自分がこれ持って行きますね」
ハルヒは、彼女の鞄の上に鏡夜の鞄を乗せ、
さらにその上にノートパソコンを積み上げて、
それを抱えこむように一気に持ち上げた。
「おい。それはさすがに重くないのか? ハルヒ」
「だ、大丈夫です。だって、鏡夜先輩の怪我は自分の所為ですから……」
第三音楽室から二人が廊下に出ると、
秋の学院祭も終わり、受験を間近に控えた12月のこの時期に、
校内に最終下校時間まで残っている生徒も少ないようで、
廊下には他の生徒の影は既に無く、
静かな空間に二人の足音だけが響いていく。
「あの馬鹿のおかげで、お前にも迷惑をかけるな」
二人分の荷物を持っているために、
若干歩きづらそうなハルヒの速度に合わせて、
ゆっくりと鏡夜は彼女の隣を歩く。
「迷惑、ですか?」
ハルヒは、ぽかんとした表情で鏡夜を見上げる。
「環の奴は……本当に救いようの無い馬鹿だからな。
このまま傍で一緒に過ごしたところで、
例の親子設定から抜け出せないまま、
お前の気持ちには一生気付かない可能性もある」
「確かに、そうかもしれませんけどね」
少し残念そうにハルヒは頷いている。
ハルヒに出会ってから既に一年以上経つというのに、
環は何時までも「ハルヒのお父さん」というポジションを保っていて、
その掛け違えたハルヒへの想いが、
卒業間近な今でも全く修正されていないということは、
ハルヒが準備室に現れる前の、環と交わした会話で確認したばかりだ。
「だから……お前から言ってやる気はないのか?」
きっかけが必要だと思った。
「え? じ、自分からですか?」
別の大学へ進学するとか、
あとはハルヒと一緒に何かすればいいじゃないかとか、
多少の揺さぶった程度では環はハルヒへの感情に、
全く気付きもしないようだから、
他の理由で逃げる場所もないほどに、
心を追い込む、決定的なきっかけが必要だと思った。
「あいつは馬鹿で間抜けな無自覚男だが、
お前からはっきり告白されれば、
さすがにお前とのことを真剣に考えもするだろう?」
環自身のために……そして、何よりもハルヒのために。
「……鏡夜先輩」
「ん?」
「告白」という言葉にまた少し顔を紅くしながら、
ハルヒは一旦立ち止まって、手に抱えた荷物を持ち直した。
「自分は、環先輩って、大きな子供みたいな人だと思ってるんですよ」
「大きな子供?」
数歩先に進んでしまった鏡夜が足を止めて、
後ろのハルヒを振り返ると、
ハルヒは穏やかに笑って、足早に鏡夜に追いついてきた。
「環先輩って、フランスにいた頃は、
病気のお母さんのことが気になってずっと家にいたから、
あまり友達と遊んだりしてなかったって、言ってたんですけど」
「ああ、俺もそう聞いている」
「たから、多分、環先輩は日本に来てから、
やっと本来の子供らしい感情を取り戻したっていうか、
同じ年の友達と一緒になって、
余計なことは考えずに、ただ全力で騒いだり遊んだりして、
楽しむってことを覚えたんだと思うんですよ」
「……まあ、そのお陰で缶蹴りだのなんだの、
色々付き合わされて、こっちはいい迷惑でもあるんだがな」
そんな鏡夜の愚痴に対して、
本当に仕方ない人ですよね、と受け答えしながら、
ハルヒは楽しそうに笑っている。
「子供のうちって楽しく遊ぶことばかり夢中で、
自分がこれから先、大きくなってからどう生きていこうかなんて、
まだまだずっと先のことだからって、
なかなか本気で考えたりはできないじゃないですか。
大人になるまで時間はいくらでもあるんだからって」
「そういうものか?」
子供らしく遊んだことがないという点においては、
何も環に限ったことではない。
早くから英才教育を施されていた鏡夜も、
正直、子供らしく思いっきり遊ぶなんてことは、
環と出会うまでは皆無だったからだ。
ただ、環と鏡夜が違っていた点は、
少なくとも自分の将来について、
鏡夜はかなり早い段階である種の自覚はしていたということだろう。
「まあ、鏡夜先輩は早くから色々考えてそうですけど、
一般的には、そうだと思いますよ」
もっとも、その「自覚」は、
鏡夜が自分が生きていく世界を早々に見切った上で、
その中で許される範囲での「歪んだ自覚」だったから、
本当の意味での目標を気付かせてくれたのは、
他でもない環だったのだが。
「でも、今の環先輩は、ただ楽しむことだけ考える子供じゃなくて、
ちょうど大人への一歩を踏み出しかけたところだと思うんです。
やっと将来への自覚が芽生え始めたというか……。
でも、そんな時期に……自分が何か言うことは、
折角、環先輩が将来の目標に向かって突き進んでいるのを、
邪魔するんじゃないかと……」
「要するにお前が心配しているのは、
あの馬鹿が、二つの無自覚を同時に自覚することになったら、
奴の脳内の処理能力が、
追いつかない可能性があるかもしれない、ということか?」
「だって、環先輩って、ぱっと見、
ものすごく行き当たりばったりに行動しているように見えますけど、
実はかなり周りの人の気持ちとか、悩みとか、
そういうことをやたら考えすぎてるって思いませんか?
環先輩のエネルギーって、
いつも困るくらいに有り余っているとは思いますけど、
それでも須王の家のことは、環先輩にとって、
かなりのエネルギーを使う、重要なことだと思うんです。
将来、環先輩が須王を継ぐかどうかってことだけじゃなくて、
お母さんのことや、理事長のことや、お祖母さんとの関係のことや、
色々な解決しなければいけない難しい問題が沢山あるじゃないですか?
そんな大事なことを考えようとしているときに、
余計な負担はできるだけ少なくしてあげたいって思うんです」
正直、ハルヒが環に恋愛感情を抱いているところまでは見抜けても、
ここまでハルヒが環の事を、
須王の家のことも含めて考えていたとは思っていなかったので、
鏡夜は少なからず驚いていた。
「ハルヒ。お前は本当に人のことを良く見ているんだな。感心するよ」
「い、いえ、そんな。なんとなく思ったことを、ただ言っているだけですよ」
ハルヒ、お前はそう言うけれど、
細かく計算もせずに、こんなことをさらりと言えることが、
ハルヒ、お前の凄いところなんだ。
「まあいい。お前がそういうつもりなら、
外野がとやかく騒ぐことでもないしな。
今日はお前の気持ちが分かっただけでもよしとするよ」
「す、すみません。本当に……」
ハルヒ。お前は……間違っていないよ。
「あいつは馬鹿な奴には違いないが、
そんなこと、全て帳消しにできるほどの強運を持った男だからな。
環みたいな人間はそうそういるものじゃない。
お前の、人を見る目は確かだよ」
お前が環を選んだことは、決して間違っていない。
常に計算をしてからでないと行動することができない、
こんな臆病な俺を選ぶことよりも。
校舎の出入り口を出ると、
門の向こう側に、鏡夜を待つ一台の黒塗りの外車が見えた。
「それにしてもお前がこんなにも動揺するとは思わなかった」
「どうしてですか?」
冬の夜空に真っ白な月がぽつりと浮いて、
冷たい空気が吐く息を白くさせる。
「去年の夏に同じようなことをしたときは、平然としていたじゃないか」
「去年の夏?」
今日、ハルヒに持っていかれてしまった心は、
おそらくもう取り戻せないだろうから。
「ホスト部で沖縄に行ったときのことだ、忘れたのか?」
だから、最後に彼女を困らせるような言葉を口にして、
それで今日起こした全てを清算してしまおうと、
鏡夜はハルヒに意地悪く笑ったのだ。
「状況的に考えて、あの時のほうがよっぽど取り乱していいと思うんだが」
すると、鏡夜の思惑通り、
ハルヒは慌てて視線を足元へ逸らしてしまった。
「あ、あの時は……驚いていなかったわけではなくて……、
あの日は、先輩が本気じゃないってすぐわかりましたから、
そんなに怖くなかったんですよ。でも、今日は……」
「鏡夜様! そのお怪我はどうなされましたか!?」
恥ずかしそうに答えていたハルヒの言葉を遮ったのは、
校門で鏡夜を待ち構えていた橘の声だった。
「すぐに病院に……」
「いや、少し不注意で切っただけだ。心配ない」
「しかし、鏡夜様!」
「それより、橘。藤岡から俺の荷物を受け取ってやってくれ」
鏡夜に駆け寄って怪我の様子を見ようとする橘から、
鏡夜は傷口を隠すように、重ねた手を胸元に引きつけた。
「は……藤岡様。申し訳ございません。お手数をおかけいたしました」
「い、いえ。だって自分が……」
「ハルヒ」
細かく怪我の経緯を言えば、
鏡夜がハルヒにしてしまったことを蒸し返すことになる。
余計なことは言うなと目で脅してやれば、
その鏡夜の剣幕に圧されて、ハルヒは慌てて口をつぐみ、
黙って鏡夜の鞄とパソコンを橘に引き渡した。
「すっかり遅くなったな。気をつけて帰れよ」
送っていくか? との提案を、
やはり遠慮して受け入れなかったハルヒを残して車に乗り込んだ鏡夜は、
車を出す前に、橘に後部座席の窓を下げさせると、
寒そうに震えているハルヒに、優しく声をかけた。
「はい。先輩も、ちゃんと手当てしてくださいね」
「ああ……そういえば、ハルヒ。お前の話が途中だったな。
さっき言いかけたことはなんだ?」
「さっきって……なんで取り乱したかって話でしたか?」
「ああ」
「いえ、大したことではないので……」
一度は言葉を濁しかけたハルヒに、
気になるからさっさと言えと鏡夜が急かすと、
渋々といった様子でハルヒは答え始めた。
「さっきの鏡夜先輩は、その……あの時と違って、
冗談じゃなくて、本気に見えたので……、
だから動揺してしまったと言いたかっただけなんです」
彼女の答えを、聞かなければよかったと、
鏡夜が後悔した時は既に遅く。
「で、でも、あれは演技だったんですよね。すっかり騙されてしまいました」
切り返したくとも、上手い言葉が思い浮かばなくて。
「…………まあな」
心の焦りを見抜かれないように、
必死で無表情を作り上げて、
この一言をひねり出すのが、その時の鏡夜の精一杯だった。
「では、自分はこれで失礼します。今日は本当にすみませんでした」
最後までハルヒはハルヒらしく、ぺこっと頭を下げつつそう謝って、
それから、ぱたぱたと小走りに鏡夜の前を立ち去っていく。
鏡夜の乗った車が歩道を走る彼女の横を通るとき、
少しでも彼女がこちらを見てくれているだろうかと期待して、
鏡夜の視線は彼女の姿を追っていたのだが、
家路を急ぐ彼女の目は、こちらを気にしている様子もなくて、
やがて後ろに急速に流れ、夜の色に溶けていく窓の外の景色に溜息が出る。
『あの時は、先輩が本気じゃないってすぐわかりましたから』
ハルヒに手当てしてもらった右手のハンカチを、
左手でそっと包むように触ると、
先ほどまでは殆ど感じなかった傷の痛みが、
ようやく、じくじくと手の先から心臓に向かって伝わってくる。
『さっきの鏡夜先輩は、冗談じゃなくて本気に見えたので』
俺はハルヒに、上手く嘘を付くことができただろうか。
自分の心を、誤魔化すことができただろうか。
それとも。
『でも、あれは演技だったんですよね』
ハルヒは全て分かっていて、俺の陳腐な芝居に乗ってくれたのだろうか。
右手が熱いのは、この怪我の所為なのか。
それとも、彼女に奪われた心の所為なのか。
鏡夜が忘れていた、いや忘れようとしていた痛みが徐々に大きくなっていく。
ハルヒ、お前は。
本当に……人を見る目があるよ……。
* * *
続