『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -6- (鏡夜&ハルヒ)
ハルヒのふとした一言がきっかけで、鏡夜はハルヒに、環の事をどう想っているのか問い詰めてしまう。
環に対して恋愛感情は無いと言い張る彼女に、鏡夜は思わず自分の想いを吐露してしまい……。
※冒頭に、若干バイオレンスな表現が含まれておりますのでご注意ください※
* * *
何が起こったのか、最初は全く分からなかった。
ただ、鏡夜の目には、
机の上の白い紙が、ぽたぽたと真っ赤に汚れていく様子が、
まるで映画のワンシーンを見ているかのように、
映し出されていただけだった。
現実感など全く無いままに。
「あ……」
小さな悲鳴が、ハルヒの口から漏れる。
恐らくは彼女も鏡夜と同様に、
今、何が起きたのか、よく把握できていなかったのかもしれない。
「きょ、や……せんぱ……」
白い紙の上に飛んだ赤い飛沫を見て、
ハルヒの表情が恐怖で凍りついている。
掠れた声で鏡夜の名前を呼びながら、
ハルヒの肩はがくがくと震え出して、
彼女の右手の指の間から、
握り締められていたペンが、ぽとりと机の上に転がった。
主観的にはかなり長い時間に思えたが、
実際、世界が静止していたのは、
およそ、瞬き数回ほどにすぎない短い時間だったかもしれない。
「す、すみません、鏡夜先輩。だ、大丈夫ですか!」
そのごくごく短い時の中、
怯えた表情を鏡夜に向けていたハルヒは、
はっと我に返ると、慌ててポケットからハンカチを取り出した。
「先輩……手が……!」
ぽたりと落ちた赤い染みの原因、
その血を流しているのは自分の右手だと鏡夜が気付いたのは、
ハルヒが血相を変えてハンカチを当ててくれたからだった。
一体何が起きたのか。
混乱する鏡夜の記憶の針は、ゆっくりと過去へ巻き戻る。
『ハルヒ。俺と付き合ってくれないか?』
『は、はい? きょ、鏡夜先輩?』
素直に環への恋愛感情を肯定しないハルヒに、
苛立ったのか、呆れたのか、
自分の感情ずっと封じてきた壁を、
突如決壊させた「きっかけ」は、
混乱している所為か、よく思い出せなかったけれど、
自分は確かについさっき、ハルヒに告白めいたことを口走った。
そして。
『環のことをお前が本当になんとも想っていないのなら、
俺と、恋人として付き合ってくれないか、と言っている』
余りに突然の鏡夜の言動に驚いて、
返事することも、動くこともできないハルヒに対して、
鏡夜は彼女の右手を机の上に押さえつけたまま、
強引に彼女に顔を近づけたのだ。
「や……やめてください、鏡夜先輩!」
唇が触れようとしたその瞬間、それまで硬直していたハルヒが、
反射的に鏡夜の右手を振り払って、
その時、彼女の握っていたペンの先が、
鏡夜の右手の平の表面を、鋭く抉っていった。
これが、今、目の前に広がる紅い光景にリンクする、
彼女と自分の間に起きたこと。
「ハルヒ……」
やっと事情を飲み込んで、鏡夜もただ茫然と彼女の名前を呼んだ。
決して浅いとはいえない傷が刻まれたというのに、
不思議と手には痛みが感じられない。
おそらく、本当の意味で抉られていたのは、
今、目に見えている手の傷ではなく、
心のずっとずっと内側の柔い部分を、
自分を拒絶する彼女の意思が、深く深く貫いていったように思う。
その傷口から流れ出た血が、
ぽたぽたと赤い斑点を作っているのだ。
目の前の紙の上に……同時に、鏡夜の心の真ん中に。
「とりあえず止血を、そ、そうだ、絆創膏を……」
鏡夜の右手にハンカチを預けたまま、
ハルヒは鏡夜から手を離して、忙しなく鞄を開けていたが、
そんな、ハルヒの慌てぶりとは対照的に、
傷を負わされたほうの鏡夜は静かに傷口を押さえたまま、
彼女があたふたしている様子を、
気が抜けたように黙って眺めていた。
なるほど……ね。
先ほどまでは明らかに自分に怯えて震えていたというのに、
鏡夜の手の傷を見て正気に返れば、
鏡夜のことを心から心配することができる。
さきに乱暴なことをしたのはこちらだというのに。
そんな彼女の優しさに痛むのは、手の傷ではなくこの胸の中。
ハルヒ、お前はいつもそうだよ。
いつだって、誰にだって、計算も裏も表もなく、
ただ純粋な心ひとつで接することができる、
だからこそ、俺はそんなお前に興味を持った。
だが、お前の無垢な笑顔が向けられる相手は、俺だけじゃない。
お前は誰にでも分け隔てなく、
こういう優しい態度をすることができる。
たとえほんのわずか前に、
お前に酷いことをしようとした男相手にだって。
だからこそ思う。
お前がたった一人の「特別」として選ぶ相手は、俺ではないんだと。
外からは見えない、鏡夜の感情の奥深くで、
真っ赤に染まった心の洞に、
ひゅうひゅうと寒々しい乾いた風が通っていく。
ハルヒ。
お前がどんなに心を誤魔化してみたところで。
お前が唯一違う反応をするのは、
お前が普段と違う顔を見せるのは、
やはり……環に対してだけ、だろう?
「……まあ、これが普通の反応なんじゃないか?」
どさりと椅子に腰を降ろした鏡夜は、
ハルヒに気付かれないように、
視線を下に向けながら、伏した目元をほんの僅か細めた。
「え?」
だから、お前の中で答えはとっくに出ているはずだ、ハルヒ。
「好きでもない男に、いきなり迫られれば抵抗して当然だろう。
しかも、好きな男が他にいるなら尚更な」
お前の心の中には、もう特別だと想っている人間がいるのだと。
そして。
鏡夜の手におそるおそる指を伸ばすハルヒに、
鏡夜はくすっと薄く笑って見せた。
俺ではその「特別」な人間にはなれないんだと。
「分からないのか? 俺はお前を……『試した』んだよ」
「試したって……ま、まさか。先輩、今のって演技だったんですか?」
「お前が素直に認めないからだ」
信じられないと目を見張り、
非難の眼差しを鏡夜に向けるハルヒに、
鏡夜はただ「今のは冗談だった」のだと、
自分を偽って笑うことしかできなかった。
「大体、お前が環のことをどう想っているか、なんて、
俺も、環以外のホスト部の連中も、とっくに気付いてる。
そろそろ本当のことを白状したらどうだ?」
お前がたった一人にだけ見せる顔。
鏡夜の手の傷をハンカチで拭って、
その傷の上に絆創膏をぺたりと貼り付け手当てしつつも、
ハルヒの顔は鏡夜の指摘で、焦って真っ赤になってしまっている。
その表情は、お前が環のことを考えたときだけ見せる顔だよ、ハルヒ。
「そ、そんなに……分かり易かったですか? 自分は」
少なくともお前は俺の前で、こんな表情をしてくれることはない。
俺がお前にさせられるのは、さっきの怯えた表情だけ。
これが、今、お前が環に抱いている感情と、
お前が俺に対して抱いている感情との絶対的な差、か?
「あんなに明らさま態度では、気付くなというほうが難しい」
お前の目が誰を追って、
お前の耳が誰の声を拾って、
お前の心が誰のことを考えているか。
そんなことはお前を気にかけている人間なら、
誰でも簡単に分かることだ。
「……と、とりあえず先輩、保健室に……」
「見た目ほど痛みはないから、しばらくこうしていれば大丈夫だ。
それよりも、話を逸らすなハルヒ。
俺の言葉を否定しないということは、つまり、認めるということでいいんだな?」
絆創膏の上からハンカチを当てて傷口を圧迫しながら、
鏡夜は彼女にそう念を押したのだが、
ハルヒははっきりと答えを返さずに、
鏡夜と目を合わせないように、
ポーチを鞄に戻したり机の上を片付けたりしている。
「申請書、これじゃ提出できないですから、
明日、新しい用紙を……もらってこないといけませんよね……」
「おい」
「あ、先輩、パソコンの電源は落としてしまっていいですか?」
「おい……お前……」
「あとは何か……そ、そうだ、机の上を拭くものを……」
「おい、ハルヒ。いい加減にしろ。
ここまでのことをしておいて、まだ隠し通せるとでも思っているのか?」
ここまできつい言葉で追求しても、
ハルヒは、ううっと小さく呻きながら、
わたわたと落ち着かない素振りを見せているばかりだったので、
鏡夜は、回りりくどい質問は、もう一切止めることにした。
「ハルヒ」
一度大きく溜息をついて、鏡夜は彼女に言ってやった。
「お前は、環のことが……好きなんだろう?」
遠まわしな表現をやめて、はっきりそう言い放ってやると、
さすがに追求を避けられないと悟ったのか、
それとも真っ直ぐにハルヒを見据えている鏡夜の視線に堪えかねたのか、
ハルヒは、熱っぽく潤んだ瞳で、頬を赤らめたまま、
「…………はい」
軽く唇を噛み締めながら、鏡夜の前で小さくこくりと頷いて、
ハルヒはやっと、彼女の抱いている想いの存在を認めたのだ。
……鏡夜の心の中など、知る由もなく。
* * *
続