『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
君の心を映す鏡 -53- (ハルヒ&環)
センター試験までの一週間、ハルヒは傍から見てて過剰なほど環と一緒にいることで、鏡夜の指令を
実行してくれていた。そして試験当日。会場に現れた環は鏡夜にあるものを突き付けて……。
* * *
少し時間は巻き戻る。
センター試験一週間前の金曜日の夜のこと。
とりあえず、鏡夜先輩の脅迫……じゃなくて……頼みごとは、
ちゃんときいておかないと。
「ええと……『た、ま、き、せ、ん、ぱ、い』……」
と、最初に名前を打ってみて、環『先輩』という呼び方は、
止めたほうがいいのかな、とも考えたけれど、
今まで呼びなれた言い方を変えるというのは、
簡単には出来そうになかったから、今日のところはそのままで送ることにした。
「ええと」
ハルヒはたどたどしく親指で文字を綴る。
『今日、テスト勉強をしていて、分からないところがあるんですが、
よければ明日、教えてくれませんか? 藤岡』
ハルヒが不慣れな手つきで送ったメールの返事は、
想像以上に早く帰ってきた。
メールを見た環から、速攻で折り返し電話がかかってきたからだ。
『ハルヒが俺を頼ってくれるなんて、俺はすごく嬉しいぞ!』
ものすごく大喜びをしていたから、
鏡夜から誘えと言われた……ということは、隠しておほうが良さそうそうだ。
自分は感情表現が上手くないと思っているから、
無邪気にはしゃぐ姿を、隠しもせず、恥ずかしがりもしないのは、
いつも自分自身に正直な環らしくていいなあと、ハルヒには少々羨ましい。
でも、こうして傍にいることで……いつか……。
自分も、環先輩のように、
もっと素直に自分を表現できるようになれるといいんだけど。
「じゃあ、明日、先輩の家にお邪魔しますね」
と、約束をした後、電話を切って、
ハルヒはほっと息を吐き出した。
どうやら、なんとか鏡夜からの第一のミッション、
土日に鏡夜の家に来させないこと、は、
順調に進めることができているようだ。
でも、これを一週間続ける……ってことなんだよね……。
この土日はテスト勉強ということで誘うとしても、
あと一週間、どんな口実を作ったらいいだろうかと、
頭を悩ませて疲弊しきったハルヒは、
やや寝不足の状態で土曜の朝を迎えた。
仕事で深夜に帰宅した父が、昼前に起きてくるのを待ってから、
ハルヒが環の家に行くということを伝えると、
夕飯までには必ず帰ってくることと、念を押されてしまった。
父の中では、環は未だに『敵』という位置づけらしい。
もっとも、ハルヒには、一体どういう意味で、
父が環のことを敵と言っているのかということまでは、
頭が回らなかったのだけど。
「いらっしゃいませ、藤岡様」
所変わって、須王家本邸。
入口までは何度か訪れたことはあるものの、
まともに中に入るのは、今回が初めてだ。
ホスト部の部員達の家は、どこもかなりの大きさだけど、
何度訪れても、こういうお屋敷には全く慣れる気がしない。
「ど、どうも……お邪魔します」
玄関をくぐれば、両脇には使用人がずらっと並び、
一斉にお辞儀をして出迎えられると、つい、びくびくとしてしまう。
「ハルヒ、待っていたぞ!」
大声をあげて、正面の幅広の階段を、
どたどた足音を立てて駆け降りてくるのは環だ。
「環坊ちゃま!」
環が階段を半分ほど降りた所で、
綺麗に居並んだ使用人の列から、
ハルヒの横にすっと出てきた和服の女性が、
しゃがれた声で環の名前を呼んで、上を見上げた。
「足音を立てて階段を駆け降りるなどと、かように無作法なことを、
このシマ、環坊ちゃまにお教えしたつもりはございません」
「う……すまん、シマ……」
環は視線をきょろきょろと左右に動かすと、
こほんと咳払いして、それから静かに一歩ずつ階段を折り始めた。
「ようこそ、ハルヒ」
そして、階段を降り切ったとこで、
環はいつものように優しく笑いかけてくれた。
「環先輩、今日は宜しくお願いします」
ハルヒは二、三歩前に出て環に近づくと、ぺこりとお辞儀をした。
「うむ。勉強なら三学年次席の俺に任せておけ。
ああ、ハルヒ。荷物が随分重そうだな? 俺が運んでやろう」
「え? 大丈夫ですよ、これくらい自分で……」
「まあまあ、ハルヒ」
環はハルヒが手にするトートバッグを受け取ろうと、
前屈みで手を伸ばすと小声で囁いた。
『ちゃんとエスコートしないとシマに怒られるから、さ』
『ああ、なるほど』
シマと呼ばれている女性は、
確か、須王第二邸使用人総括兼環教育係の女性で、
本邸に移ってきた今も、
環はこのシマから、毎日厳しく作法を教えられていると言っていた。
それを思い出したハルヒは、
テスト勉強用として教科書を詰めてきたトートバッグを、
素直に環に手渡すことにした。
「こっちだぞ。ハルヒ」
環の案内で階段を昇り長い廊下を進む。
廊下の突き当りにある部屋が、
環の部屋の一つ書庫、兼、勉強部屋ということだった。
一つという言い方が気になったので聞いてみると、
環の使用している部屋は他にもいくつかあるということで、
突き当たりの部屋に向かう途中で、
いくつかのドアの前を通りすぎるとき、
環はそこがどんな部屋なのか、逐一丁寧に説明してくれた。
「ここはグランドピアノを置いてある部屋で、
夜中でも弾けるように防音の作りになっているんだ。
それから、ここはアントワネットと遊ぶための部屋だな。
窓が大きく日当たり良く設計してあって、ベランダに出て遊ぶこともできるぞ。
勉強の合間にアントワネットにも会ってやってくれよな」
「はい。動物は好きなので、是非。
うちはアパート暮らしで飼えませんから、羨ましいです」
「そうか。さあ、ハルヒここだ。中へどうぞ」
話している間に目当ての部屋について、そのドアを環が開けてくれた。
環は中に入らず、ドアノブをもったまま体を横にすっと引いて、
ハルヒに先に中に入るように手で示す。
「うわあ、沢山本がありますね」
中はかなり広い部屋だった。
壁一面が本棚になっていて、
棚の中は高価そうな分厚い本がずらりと並んでいる。
「この部屋は、前は父さんが書斎として使ってた部屋なんだけど、
俺が須王の事業の勉強を始めた時に、自由に使って良いと言われて、
それから勉強はこの部屋でやるようにしてるんだ。
いつもは書斎机しか置いてないんだけど、今日は机と椅子を運ばせてあるから」
言われて見れば、部屋のレイアウトとしてはちょっと不自然な位置、
書斎机の手前に六人掛けの大きさのテーブルセットが置かれている。
「ほら、ハルヒはここに座って」
「はい。あ、荷物、ありがとうございます」
ハルヒは椅子に座ってトートバッグを受け取ると、
それを膝の上に乗せて、中からペンケースやノートや教科書と問題集を、
次々と出して机の上に並べた。
「早速始めるか。で、ハルヒはどこがわからないのかな?」
環は書斎机の上の筆記用具とレポート用紙を持ってくると、
環はハルヒの隣に椅子を近づけて座った。
ちょっと、近いような……。
顔が赤くなりかけたのを誤魔化そうと、
ハルヒは隣の環ではなく、正面の机の上に視線を向けて、
ばたばたと慌しく問題集のページを開いた。
「えっと、数学からでもいいですか?」
「どの科目からでも構わないぞ?」
「じゃあ……この微積の問題なんですけど」
「どれどれ。ふうむ、
次の式を f(a),f’(a),g(a),g’(a) を用いて表わしなさい……微分係数か」
環はその問題を一瞥すると、
すぐにすらすらとレポート用紙に計算式を書き始めた。
「ハルヒ、微分係数の定義は?」
「ええと……関数 y = f(x) の x = a における、
微分係数 f’(a) は…… lim、x→a、
x-a分のf(x) - f(a)、ですよね」
「うむ。そうしたら問題文のx - a 分のf(x)g(a) - f(a)g(x)を、
……こうして計算すると?」
「x - a 分のf(x)g(a) - f(a)g(a) + f(a)g(a) - f(a)g(x)だから、
……えっと……整理すると{f(x) - f(a)}g(a) + f(a){g(a) - g(x)}ですか?」
「うん、うん、そこからこう式を変換すると、
lim、x→a、f(x) - f(a)が、こっちにきて、g(x) - g(a)が、こうくるだろう?
あとは定義で置き換えたら……」
「ああ、そっか! そうすると…… f’(a)g(a) - f(a)g’(a)ですか?」
「そうそう。良く出来ました」
その後も、数学の問題を中心に色々質問してみたのだが、
どの分野のことを聞いてもすぐに答えが返ってくる。
「環先輩はやっぱりすごいですね」
環に勉強を教えてもらうことは初めてだったから、
どうなることかと思っていたけど、
一時間ほど勉強を見てもらったあとで、ふうと一息つきながら、
その回答の速さと、教え方に、ハルヒはすっかり感心してしまっていた。
「ん? 見直したかにゃ?」
「ええ。普段は鏡夜先輩がホスト部一の頭脳派っていう印象が強いんで、
環先輩が学年次席っていう凄さを、あんまり感じないんですけど、
こうして教わるってみると、やっぱり環先輩もすごいなあって」
「そこで鏡夜と比べるなって」
「すみません……」
言葉的にはハルヒを責めるような内容ではあったけれど、
雰囲気的には、次席であることについて、特に環は気にしていないようだった。
ところが。
「でもさあ、鏡夜のことといえばさ……」
終始、優しい笑顔を浮かべていた環の顔に、ふと暗い影が走る。
「今更言ってもどうにもならないことだけどさ……、
あいつ、酷いと思わないか?
いくら理由があったっていっても、俺に黙って外部受験を決めるなんて」
* * *
続