『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -51- (ハルヒ&環)
センター試験前に勉強に集中したい、という口実で、ハルヒから環をデートに誘わせようと目論み、
鏡夜はハルヒに電話をする。ところが、ハルヒは、まだ環とは正式に恋人同士ではないと言い出して……。
* * *
「まだ自分達は正式に恋人同士っていうわけじゃないんですよ」
『……は?』
*
一ヶ月前に、環が突然自分の家に来て、
……というか寒空の下、家の前でハルヒの帰りを待っていて、
それから随分と長く、自分に色々なことを話してくれた日。
「ただの『須王環』として、ハルヒの傍にいさせてくれないか?」
いつに無く真面目な顔でそう言って、環は自分に頭を下げた。
本当は、何かしら気の効いた言葉を、
すぐに言えたら良かったのだけれど、
こんな真面目な様子で、こんなことを言って頭を下げる環に、
何と答えていいのかよくわからなくて、ハルヒは黙り込んでしまった。
時計の針が静かに時を刻む中、
環は下げていた頭を起こすと照れ笑いを浮かべた。
「や、やっぱり、ちょっと突然すぎだよな。
いくら俺が今日やっと、こういう自分の気持ちに気付いたからって、
いきなりこういう話をされてもハルヒも困るよな。本当にすまん」
「あのう……環先輩。一つ、聞いてもいいですか?」
「ん、なんだ?」
環は、恥ずかしそうに笑いながら、
緊張感の漂っているこの場を和ませようとしている。
未だ答えは見えてこなかったけれど、
ハルヒはとりあえず感じた素朴な疑問を一つ、環にぶつけてみることにした。
「ただの『須王環』としてって、今までの先輩と何か違うんですか?」
ハルヒのざっくりとした質問に対して、環は急に不安そうな顔になって、
「え? いやあ、そう言われると、今までもこれからも、
別に俺は俺で変わらないわけだし、そういう点では特に違わないとは思うが、
だが、ほら、あれだ、今までは、お父さんとか娘とか言ってたわけけど、
そういうんじゃなくて、もっとちゃんと、俺とハルヒが、
個人と個人として付き合うというか、
例えば、そうだな、俺はあと数ヶ月で卒業してしまうが、
ホスト部のイベントが無くたって、
二人で休日に会って一緒に何処かに行ったりとか、そういう感じの……」
と、ものすごく必死に、早口で説明をし始めた。
いつもの茶化した雰囲気でもなくて、
時折見せる、妙に大人びた雰囲気でもなくて、
ただただ恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、懸命に話し続けている。
「あ、そういえばお前、意味は間違ってないよな?
付き合うってのは、その、あれだぞ?
新井君のときみたいな、単なる付き添いとかそういうことじゃないぞ?」
頬を真っ赤にして、汗までかきながら、
しどろもどろに話す環は、
年上の人に、こんなことを思うのは失礼かもしれないけれど、
なんだかとても可愛らしくて。
「……さすがに……分かりますよ。
先輩とこれから一緒にいるって意味の付き合うってことですよね」
ハルヒは環の一生懸命なのにたどたどしい説明を聞きながら、
不謹慎にもくすりと微笑んでしまった。
「うむ。だが、もちろんハルヒも突然言われても迷惑だろうし。
まだそういうこと考えられないというなら、
俺は無理強いするつもりはないぞ。
今日のところは、話を聞いてくれただけで、俺は満足で……」
「迷惑なんかじゃありませんよ」
これには、環はかなり面食らったらしい。
「えっ?」
不自然に何度も瞬きをしながら、環はハルヒを見た。
「前にも言ったと思いますけど、自分は今まで勉強ばかりで、
恋愛経験なんて全然ありませんし、こういう時、なんて言ったらいいのか、
上手な言葉は浮かばないので、自分が思ってることを言いますけど……」
目を閉じて、一度、大きく深呼吸をする。
そして、環のことを考えると、
心の中に柔らかくて穏やかな空気が満ちてくる。
「自分は環先輩のことを見ていると、とても温かい気持ちになるんです。
ちゃんと将来のことを考えて、色々勉強したりなんでも経験してみようとする姿とか、
皆のためにいつも一生懸命なところとか、
そんな環先輩の姿を見てると、すごいなあって尊敬しますし、
すごく……自分の気持ちが明るくなるんです。
だから、環先輩が自分の傍にいてくれて、自分が環先輩の傍にいられて、
環先輩の真っ直ぐ生きている姿を近くで見られるのは……、
迷惑と言うより、むしろ嬉しいですよ?」
「ほ、本当か?」
「ええ、でも……」
初めて出会ってから、二年間。
長い長い無自覚の時間の後で、
ハルヒは環に好意を寄せている自分の心に気付き、
そして、ハルヒよりも若干遅れてようやく、環も自身のの心に向き合った。
そして、今日。
いつものポジティヴなところだけじゃなくて、
迷いや弱さといったネガティブな部分も、
それを他人に見せることは、とても怖いことだと思うのに、
臆することなく、環は全てハルヒに打ち明けてくれた。
この人のことがとても大切で、
この人のことを思うといつもドキドキして、
この人の言葉に涙が出そうになって。
この心は一体何て言う名前なのかと、
尋ねたらきっと全ての人が、それは「恋」だと答えるのだろう。
でも。
「自分はなんていうか、その……、
環先輩のことはもちろん嫌いじゃないですし、
むしろ、す……えっと、好意はあると思うんですけど、
その付き合うとか……恋人同士になるとか、そういうのは……、
まったく……よく分からないというか、そんな自分が想像できなくて……」
気になるのは。
果たして、この二年と言う時間は、
自分にとっては充分な時間といえるだろうか……ということ。
こんなにも自分の意思をしっかりもって、
自分にはない素敵なところを、たくさん持っている人。
彼と一緒にいるんだと、
胸を張っていえるだけの準備期間として、
本当にこれで、今ここで、
彼の言葉を素直に受け入れていいのだろうか、という疑問。
「だから、その、付き合うとか、そういうことを言われると、
少し、返答に困るところでがあるんですけど……」
理由なんてよく分からない。
単に、感覚の問題だったけれど……漠然と、まだ「足りない」という気がする。
自分にとっても、おそらく環にとっても、
お互いを意識しあうまでが、あまりに遠回りで長すぎたから、
きっと、今この場所で『恋人同士』になるんだと、
堂堂と言えるまでの時間としては、おそらく、まだ充分ではないのだろう。
だから、一種の違和感を覚える。
今日、この場で素直に『環の恋人であることを選ぶ自分』というものに。
「……じゃあ、こうしないか? ハルヒ」
環が、すっと右手の人差指を上に突き出した。
「なんですか?」
「とりあえず、俺は『父と娘』という設定は今日止める。
で、これからは二人きりでいる時には、先輩と後輩という関係も無しにして、
その……俺達はまず『お友達カテゴリー』からスタートしてみないか?」
「……」
お友達カテゴリー?
どこかで聞いた単語だと思った。
頭の中で、どこで聞いたのだろうと記憶を引き出して、
その言葉を聞いたシーンを思い出したハルヒは、
唐突にぷっと吹き出して、それからお腹を抱えて笑いだした。
「環先輩、それって去年の夏休みの、軽井沢のときの話じゃないですか。
もしかして、あの時、携帯電話にアドレス登録しなかったこと、
ずっと気にしてたんですか?」
「笑うな! 大体、気にして当然だろう。
ハルヒはあの時、ハルヒの中学時代のご友人の新井君に向かって、
俺のことを『知り合いの人』とか言ったのだからな」
「だってあの時は『先輩扱いするな』とか、急に訳の分からないことを言うから」
「確かにそういう栞は作ったが、それにしても『知り合いの人』は無いだろう?」
笑いすぎたせいで、ハルヒの目に涙が溜まる。
「折角、良い話を聞いた後なのに、なんだか今ので一気に気が抜けちゃいましたよ」
「悪かったな……」
不満そうな環の顔が、その涙でぼやける。
ハルヒはその涙を拭き取りつつ、笑顔でうんうんと頷いた。
「でも、まあ、いいかもしれないですね、『お友達カテゴリー』。
自分は本当に恋愛には免疫がないので、
今はそういう感じでお付き合いを始めるということなら、とても助かります」
「そ、そうか?」
環の頬が薔薇色になって、
ぱあっと晴れやかな笑顔を浮かべると、
環は膝を立てて、ハルヒに近づき、その両肩にがしっと手を置いた。
「よし! じゃあ、俺達は今日から、
お友達以上恋人未満ってことで、
清く正しく美しいお付き合いを始めていこうではないかっ!」
「あの……いちいち、そう大袈裟に盛り上がらなくてもいいですから……」
*
「というのが、この間の環先輩からの告白の経緯なんですけど」
『……』
と、ハルヒは話を締めくくって、
きっと馬鹿にされるか、笑われるに違いないと身構えていたのだが、
電話の向こうの鏡夜は、無言のままだった。
「まあ、そういうわけなので、デートとかそういうのを、
自分の方から言い出すのはちょっとまだ早いというか、
なんとなく恥ずかしいといいますか」
会話をしないわけにもいかないので、
ハルヒがさらに話しを続けようとすると、
『ハルヒ……ちょっと……待ってくれ……』
普段は冷静なはずの鏡夜が、何故か今はひどく狼狽しているようだ。
『じゃあ……何か? あれだけ俺が苦労……いや、
あれだけ、あの馬鹿がお前に告白したと大騒ぎしていたのに、
未だにお前らは恋人じゃなくて、単なる「お友達」……だと?』
「だって、自分もそうですけど、何気に環先輩も、
ホスト部であれだけ女の子達を接待しているのに、
ちゃんと付き合うっていうのは初めてらしいんですよ。
だから、お互いに恋愛に対して全然免疫がないっていうか、
どうしていいか分からなくて。
で……『とりあえず、お友達からはじめましょう』的な、
流れになってしまったというわけでして」
『……………』
「あの、鏡夜先輩、何か……?」
『……………まあ……いい……人にはそれぞれ、
……ペースと言うものが……あるんだろうからな……』
他にも鏡夜は何かぶつぶつと言っていたようだが、
あまりに低く小さな声だったので、上手く聞き取ることが出来なかった。
『とにかく。お前らが正式に恋人じゃなかろうが、
今は友達カテゴリーとかから始めてようが、
曲がりなりにも付き合っていることには変わりはないんだろう?』
「まあ、それはそうですけど……」
『なら、とにかく明日からの一週間。環のことはお前にまかせるぞ。
絶対に、どんな手を使っても、環を俺の家に来させるなよ?』
もしも、来させたりしたら……と、警告の言葉が続くことはなかったが、
ミッションに失敗した場合には、それなりの覚悟は必要だろう。
「わ、わかりました。一応、できるだけのことは、やってみます」
なんとも気乗りがしない返事を最後に、ハルヒは電話を切って、
仕方ないので、鏡夜から言われたように、
環に勉強を教えてもらうかなと考え、
勉強机の上に放置していた、携帯電話を手に取った。
「お友達からのお付き合い」がスタートしてから、
自分から環へ送る初めてのメール。
『環先輩。今日、テスト勉強をしていて、分からないところがあったので、
よければ明日、教えてくれませんか? 藤岡』
* * *
続