『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -44- (鏡夜&馨)
鏡夜の眼鏡を買い替えるために、光と共に常陸院柚葉のブランドショップに出かけた環。
一方、馨と鏡夜は、会計の引き継ぎのために鳳邸に残ることになったのだが……。
* * *
環の無自覚の原因は分かっている。
あいつの両親の関係……その鎖は、想像以上に太くて重て、
頑丈な鎖に幾重にも縛られた、無自覚な環の心を、
横道に逸れることがないように追い込み、
その鎖を断ち切って、偽りの世界をぶち壊して、ハルヒに告白させることは、
鏡夜の策略をもってしても、かなり骨が折れることだった。
ハルヒのことを愛しく思っている気持ちは、
まだ、この胸の中にとどまっている。
滅多なことで融けださないように、
昨日、小さく小さく固めてしまったけれど。
なのに、環にハルヒへの恋心を自覚させる手伝いをするなんて、
彼女が好きなら、なぜそんなことをするんだと、
他人は、この行動を笑うかもしれない。
けれど、環に気付いてほしかったという想いに、
何一つ、強がったり、偽ったりするところは無く、
ただ、そのために鏡夜は貴重な手持ちのカードを、
何枚も切らざるを得なくなり、
その分、鏡夜自身の心も、今回はぎりぎりまで追い込まれることになって、
その余裕の無さから、かなりの暴言を吐いてしまった。
環に憎まれても仕方ない、それほどのことを俺は環に言い放った。
けれど、それら全ての言動が、
環に自覚させる、という理由あってのことなのだと説明してやれば、
きっと、環はいつものようにキラキラと目を輝かせて、
鬱陶しいくらいオーバーに喜びを表現するだろう。
今まで、喧嘩をしていた険悪なムードなんて一瞬で吹き飛ばして。
「高校生活の最後くらい、俺がお前を振り回しても構わないだろう?」
環の言動を予想させれば、
恐らく九割方的中させる自信を持っていた鏡夜は、
そう確信を持って環に言葉をかけた。
だが、今回はどうやら『一割の例外』に当たってしまったようだ。
「……」
すぐに大喜びして、騒ぎ出すだろうと思ってたいた環が、
鏡夜の予想に反して、黙りこくってしまったからだ。
「……環?」
何もリアクションが無いことを妙に思って、
鏡夜が首を傾げて環の様子を伺うと、環の目元と口元がくしゃりと歪み、
「うわあああああん、鏡夜ああああ!!」
突然、悲鳴にも近い声をあげると、環は鏡夜の元に走って来て、
がばっと鏡夜に抱きつき、大声でわんわんと泣き出したのだ。
「お、おい……環……?」
座っていたところに、いきなり飛びかかってこられたから、
その勢いでソファーの上に押し倒されそうになるのを、
鏡夜は、左手をソファーのクッションの上に咄嗟に付いて、なんとか押し留めた。
ハルヒに押し倒されるならともかく、
(まあ、昨日の音楽室でのあれは事故ではあったが)
環にソファーの上に、押し倒されるのは勘弁だ。
「うう、えぐ、ひっく……う……ううう、ひっく」
環は鏡夜の首筋に抱きついたまま、一向に泣き止む気配が無い。
確かに、『予想通りの大騒ぎ』には違いなかったが、
ここまで激しく泣かれてしまうと、
一体どうしたらいいのか、鏡夜は途方に暮れてしまった。
「あーあ、殿、泣いちゃったよ」
「よっぽど堪えてたんだねえ。鏡夜先輩と喧嘩したこと」
そんな鏡夜と環を見下ろしていた馨と光が、やれやれと両手を上げている。
「ううう、えぐ……ごめんよおお、
鏡夜あああ。お、お、俺、鏡夜の気持ちに気付かずに、
お前のこと本気で殴っちゃって、ほんとにごめんようううぅぅ……」
「おい。そんなに泣くことはないだろうが?」
「だって、だって……俺……」
環は涙声でその理由を語りだした。
「だって、俺、昨日……鏡夜のこと酷い奴だって、
嫌な奴だって考えちゃって……、
俺、もう鏡夜と一生仲直りできないかもって思って……、
それに、本当は、鏡夜は俺の事を考えていてくれたのに、
それを気付けなかった自分が情けなくて……」
……確か、この馬鹿の設定によると、
俺達は『夫婦』だったはずなんだが、
これじゃあ、父さんじゃなくて、子供のお守りじゃないのか。
などと、後で冷静に考えれば、一体何を錯乱していたのかと、
笑ってしまいそうにおかしなことを、ぼんやりと頭に浮かべながら、
鏡夜は泣きじゃくる環を宥める言葉を探すため、宙に視線を泳がせて、
ちらちらと、環の頭越しに光と馨に目配せしたのだが、
双子達はにやにやとこちらを見ているばかりで、助けてくれそうに無い。
「環……左手一本でお前の体重を支えるのは辛いんだが、
そろそろ離れてくれないか?」
とりあえず、環が自分から離れてくれそうな真っ当な理由を、
思いついくままに鏡夜は口にする。
「す、すまん! 鏡夜は右手を怪我してたんだったな」
環は鏡夜の身を案じて、
飛び掛ってきたときと同じくらい素早い動作で起き上がり、
ようやく鏡夜を解放してくれた。
「俺、鏡夜に何か埋め合わせしなきゃいけないな」
ぐすぐすと手の甲で涙を拭きながら、環がそう言い出したので、
「別に気を使ってもらう必要はないんだが」
下手に気を使われても、いつものように面倒なことになりそうだと、
鏡夜は、さらりとその言葉を流しつつ、
痺れた左手に感覚を戻そうと、手首を軽く振っていた。
しかし、環は涙を拭いた手を下げて、腕を組むと、
何事か考え込んでしまっている。
「そうだ! いいことを思いついたぞ!
俺のコレクションの中から、とっておきの品を鏡夜にプレ……」
「これ以上、妙な置物が増えるは勘弁だな。
日本各地の土産物なら、もう十分、お前から押し付けられている」
環の言うところの『コレクション』と言えば、
例えば、旅行先の、妙に嵩張る土産品の置物だったり
庶民菓子のパッケージやオマケの玩具だったりと、
およそ鏡夜には興味の無いものばかりだったから、
どうせ、今回もその類いのものだろうと予想をつけた鏡夜は、
環の提案を最後まで聞かずに斬り捨てた。
「う……。な、なら……そ、そうだ!
俺が現在、芙裕美さんと共に鋭意作成中である、
『下町・庶民グルメマップ』の中から、厳選した店の和菓子を……」
「甘いものが苦手な俺に和菓子をどうしろと?」
またしても、ばっさり断る鏡夜の答えを聞いて、
光と馨が口元に手を当てて、ひそひそと小声で何事か話している。
「でも……甘いもの苦手って言っても……」
「……蜂蜜入りのホットミルク……好きなのにねえ……」
「光、馨」
わざと聞こえなかった振りを装うと、
鏡夜はにこにこと満面の笑みを浮かべた。
「俺に言いたいことがあるのなら、遠慮せず、
はっきり言ってもらって、良いんだよ?」
「い、いや、あ、あははは、俺達、何喋ってたんだっけ、馨」
「ほ、ほら、光。やっぱり甘いもの苦手な人に、
和菓子はお詫びにならないよねって、そ、そういう話をしてたんだよね?」
「そうそう。そうだよね。やっぱ鏡夜先輩にお菓子は無いよねえ。
もっとメリットのある物じゃないと」
ものすごく爽やかに、どす黒い悪意を込めた鏡夜の微笑に、
必死で体面を取り繕う光と馨の言葉を聞いて、環は再び考え込んでしまった。
「む、むう……メリットのあるものか……ううむ……」
暫く、うーんうーんと低い唸り声を上げていた環は、
ややあって、ぽんっと左手の上に右手の拳を重ね、
典型的な閃きのポーズをとると、にぱっと笑顔を浮かべた。
「そうだ! 鏡夜の新しい眼鏡を俺が買うってのはどうだ?
今日掛けてないってことは、まだ、壊れたままなのだろう?」
「それは……まあそうだが……」
鏡夜としては、すぐに代わりの眼鏡を取り寄せたかったのだが、
今日の午後何時に環が来るか分からず、
午前中から光と馨に家に来てもらって、段取りを整えていたために、
眼鏡を直すことは、すっかり後回しになってしまっていたのだ。
「だが、それなら……」
同じものをもう一度注文すればいいから、と断ろうと考えた鏡夜の前で、
環は、そうだそうだ、これしかない! と、何度も呟いている。
「うんうん。そうだろう、そうだろう。これが一番だろう。
俺が鏡夜に似合う眼鏡を探してやるから、
大船に乗ったつもりでいるがいい。
それでは、皆の衆! 思い立ったが吉日! 善は急げ!
さあ、早速、これから一緒に買い物に出かけるぞ!」
「……一人で盛り上がってるところ悪いが、環」
鏡夜は冷静に頬の湿布を指し示した。
「俺に『この顔で』買い物に出かけろと?」
「う……」
双子の次は環が顔を引きつらせる番で、
はあ、折角のアイディアもダメなのかと、環の笑顔が再び曇っていく。
そんな環の様子を見て、また泣いて大騒ぎされては大変なので、
鏡夜は慌てて付け足してやった。
「そんなに俺に詫びたいなら、
ま、止めはしないから、お前が勝手に買ってくればいいだろう?」
「え? お、俺が勝手に決めていいのか?」
「どうせ一度決めたら、何を言っても聞かないんだろうが、お前は」
二度の提案を拒否した後で、環を止めることは無理だと悟った鏡夜が、
渋々、最後の提案を受け入れてやると、環の顔は一気にぱあっと明るくなった。
「そ、そうか! それならば……よし! 光、馨、すぐにセスナの手配をしろ!」
「はあ? セスナ? なんでまた」
突然話の矛先が自分達に向けられて、
しかも、意味不明な指示に、光が首を傾げる。
「京都まで依頼に行くからだ!」
「京都って、一体、どんな眼鏡を注文するつもりなの?」
馨が、ますます怪訝な表情で聞きなおす。
「どういうものって、決まってるだろう?
人間国宝の陶芸作家に、
特注で蒔絵に螺鈿の和風の眼鏡フレームを作ってもらうのだ!」
こちらに詫びたいという善意の申し出、ということを差し引いても、
さすがに突拍子が無さ過ぎて、鏡夜が呆れて溜息をついてしまうと、
双子達が同じように大きく溜息をつくのが聞こえてきた。
「な……なに……? この……微妙な空気。
ていうか、ダメだったか? 俺はかなり良いと思うのだが……」
「ないない、ありえないって」
双子が声を揃えて、瞬時に否定する。
「それは『詫び』ではなくて『仕返し』の間違いじゃないのか?」
「な……なんだとう! 俺は本気で鏡夜に似合うと考えていたというのに、
大体、俺は眼鏡を買ったことがないのだから、
どの店がいいかなんて分からないのだ……」
「全く、しょうがないなあ。
じゃあ……ウチの母親の店行く? 眼鏡も扱ってたと思うけど」
むくれてしまった環に光が気遣いを見せると、
鏡夜もその提案には、素直に頷いた。
「ああ、柚葉さんの見立てなら、確かに信頼できるな」
光と馨の母親、常陸院柚葉のデザインの特徴は、
鏡夜が普段好む、シンプルかつ機能的なものよりは、
やや華美な傾向があったから、
果たしてどれだけ鏡夜の趣向に合うものがあるかは謎だったが、
いくら高級品といっても、蒔絵を施された眼鏡フレームを買ってこられるよりは、
若干、派手になるくらいのほうが、よっぽど気が楽に思えた。
「そうか、その手があったな! よし、光、馨!
早速、店に案内するのだ!」
「はいはい。んじゃいこうか、馨?」
「うーん」
馨は少し考えた後で、にこっと笑って光の肩をぽんっと押した。
「殿の案内は光に任せるよ。二人でついてく必要はないだろうし」
「ええ、俺だけ引率!? ずるいよ、馨!」
「だって、言い出したのは光でしょ?
待ってる間、僕は鏡夜先輩から、
部の会計帳簿の引継ぎでもしてもらってようかな」
「ええ、そんなあ……」
「光、何をぐずぐずしているのだ? 早く来い!」
鏡夜の部屋の入り口のドアを開けて廊下に半歩出た環が、
振り返って、部屋の中の光を急かした。
「はあ……仕方ないな。じゃあ、ちょっと、行ってくるね。馨」
「いってらっしゃい」
馨が手を振って二人を見送るその向こう側で、
部屋のドアがばたんと閉められ、二人分の足音が遠いていくと、
一気に部屋の中が静かになった。
「やれやれ。大騒ぎだったな」
環に抱きつかれた所為で、
ぐしゃぐしゃに乱れたシャツの襟元を鏡夜が調えていると、
鏡夜の向かい側のソファーに腰を降ろした馨と目が合った。
「……で、鏡夜先輩?」
「ん?」
足を組み、背もたれに寄りかかった馨は、鏡夜にウインクしてみせた。
「こんな感じで、良かったのかな?」
そんな馨の問いかけに、鏡夜は満足そうな笑みで答えた。
「……そうだな。上出来だ」
* * *
続