『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -40- (ハルヒ&環)
環は、母への想いと、自分が今まで何を願って日本で生活してきたのかを、ハルヒに話し始めた。
その話の最中、鏡夜の名前をふと口にしてしまった環は……。
* * *
今日、俺はハルヒに、いわゆる『告白』ってやつをしようと思って、
ハルヒのアパートにやってきたはずだ。
鏡夜から、明け透けに気持ちをぶつけられて、
怒り心頭で音楽室から飛び出したけれど、
モリ先輩から「同じことじゃないのか」と指摘されて、
俺がハルヒを愛しく思っているこの気持ちが、
単なる父親代わりの愛情じゃない、
鏡夜が吐露した気持ちと、何ら変わりがないということに、ようやく気付くことができた。
学校から自宅に一旦帰る車の中でも。
ハルヒのアパートに向かっているときも。
家の前で二時間近くハルヒの帰りを待っていたときも。
凍えるような寒さも、過ぎ行く時間も、
全て意識の外に置いて考えていたのは、
どうやってハルヒに自分の心を伝えようか、
どう言葉を繋いだら、自分の想いを表現できるかそればかりで、
そうして、必死で考えた段取り通りに、
途中までは上手く話せたと思っていたのに、
俺のいつもの悪い癖、徐々に話題が横道に逸れてしまって、
軌道修正しようとしたら、
つい……今、一番思い出したくない奴の名前を口に出してしまった。
鏡夜のことを思い出して、湧き上がるのはどす黒い感情。
自分の心の中の、もっとも嫌いな部分。
払っても払っても、しつこく這い登ってくる黒い蛇のような心の闇。
……母さん。
俺は今日、心の底から怒りを覚えてしまった。
誰よりも一番頼りにしていた、大親友に対して。
……ねえ、母さん。
母さんは、父さんとなかなか会えなくても、
一緒に暮らすことを許されなくても、
時折、俺を抱きしめながら、遠くを見つめて寂しい顔を見せても、
恨み言なんて一切、言ったことはなかったよね。
母さんはいつも、
「他人を憎んじゃいけない」「周りの人を愛しなさい」「いつも笑顔でいなさい」
そう、俺に言ってたよね。
……でもね、母さん。あんなに言われていたのに。
俺は今日初めて……人を憎むという感情を知ってしまった。
鏡夜は俺に、ハルヒのことをずっと愛しく思っていたと、
だから、彼女に触れたいんだと、
彼女にキスをして抱きしめたいんだと言ってきた。
たとえ……無理矢理にでも。
それを聞いた瞬間、体中の血が一気に沸騰したかのように、
内側から自分の体が、かあっと熱くなって、
その後はもう何がなんだか訳が分からなくなってしまったんだ。
俺にも……ハルヒに触れたい、
ハルヒにキスしたいと思うことはあったはずのに、
俺は自分以外の誰かが、
ハルヒにそういうことをしようと思っていたことが許せなくて……。
いや、もしかしたら……。
それが鏡夜だったからこそ、どうしても許せなかったのかもしれない。
……ねえ、母さん。
自分自身でコントロールできない、
こんなにも激しく強い気持ちが、身体全体を支配してしまうなんて、
これが、人を本気に好きになるってことなのかな?
かつて。
許されないと知りながら、母さんが父さんを愛してしまったように。
「環先輩……あの……」
あまりに黒々とした感情に耐えられず、
胸に手を当てて俯いた環を前にして、
困り果てたハルヒの声が聞こえてきたが、
環はすぐに身体を起こすことが出来なかった。
体が重くて、とても気持ち悪い。
子供の頃からの母親の教えもあって、
人を憎むなんてことは、人の感情の中でも、
忌むべき感情のひとつだと環は考えていたから、
今まで誰かに「怒る」ことはあっても、その相手を「憎む」ことは一切なかった。
なのに、今日は、どんなにその「憎悪」という負の感情から逃げようとしても、
その暗闇は、凄まじい勢いで追いかけてくるのだ。
こんな汚い気持ちを持っている自分は、嫌いだ。
「あの……待つのは全然構いませんけど、
環先輩どこか具合が悪いんだったら、
話はまた別の日にでも、いくらでもゆっくり聞きますから」
ハルヒは胸を押さえたままの環を心配して、
環の背中を優しくさすってくれている。
その彼女の手の感触を意識すると、また、ずきずきと心臓が痛くなった。
第三音楽室で、ハルヒの手を握っていた鏡夜の顔を思い出して。
今すぐ逃げ出してしまいたくなる。彼女の前から。
けれど……。
『周りが受け入れてくれると信頼もせずに、
お前が、自分の気持ちをいつまでも明確にしないことは、
周りを幸せにするどころか、却って、
周りの人間を傷つけることになっていると、俺は思う』
自分は誰も傷つけていないつもりだった。
自分は皆を幸せにしているつもりだった。
けれど、そんな自分の曖昧な態度こそが、
知らず知らずのうちに、
ハルヒの周りにいる人間の気持ちを踏みつけていた。
今日。
鏡夜とあんなに激しく喧嘩して。
モリ先輩から長々と説教されて。
ようやく、自分はそれに気付くことができたんだから、
どんなに心が痛んでも、投げ出しちゃいけない。
心の中に吹き荒れる黒々とした靄は、
全く消えてくれる様子もなかったけれど、
環はやっと顔を上げて、無理矢理笑顔を作った。
「ハルヒ……ごめんね。もう大丈夫」
「よく分かりませんけど、無理はしないでくださいね」
ハルヒは環の肩から手を離して、再び畳の上に座りなおした。
彼女の存在が離れた分、心臓の痛みが少し和らぐ。
「うん、ありがとう」
環は自分の心を奮い立たせるために、
もう一度、にこりと大袈裟に笑顔を作った。
「……さっき、ハルヒは、『皆が俺のことを信頼してくれてる』って、
そう言ってくれたけど、でも、実はね、俺、気付いたんだ」
やっと見つけた心の答えをハルヒに伝えるため、
一大決心してここに来たんだから、
今まで感じたことのない黒い感情に、
どれだけ翻弄されようとも、そのことで自分自身を嫌になろうとも、
絶対に、今、ここから逃げちゃいけない。
「俺自身は周りの皆のことを、今まで全然信じてなかった、ってことに」
自分自身がずっと気付かずにいた過ちを受け入れて、
さらに大切な人にそれを明かすことは、とても恥ずかしいことだけれど、
愚かな自分の姿を、彼女に全て告白することは、
彼女に自分の気持ちを、ちゃんと伝えきるために必要なこと。
「な、何をいきなり言い出すんですか。
先輩の良いところは、いつもポジティブに人を信じられるところじゃないですか。
一体、何があってそんなこと突然考えついたか知りませんけど、
そんな変なこと、急に言わないで下さいよ」
ハルヒは信じられないと目を見張ったけれど、
環は首を左右に振って、ハルヒの言葉を静かに否定した。
「俺は……俺の父さんと母さんが出会って、
そして俺が生まれて、二人とも俺を愛してくれて
それにはとても感謝しているし、
父さんと母さんは二人とも、
『お互い出会えて本当に幸せだ』って、いつも言ってるけど……」
「でも……その代償として、
父さんが……その当時、結婚していた女の人や、
母さんとの結婚に反対していたお祖母様を、
辛い気持ちにさせたことは事実だし、
俺たち家族が一緒に暮らせないことも、お祖母様が俺に笑ってくれないことも、
母さんと父さんが出会って、お互いを選んでしまったことが原因で、
俺は、そういうのを間近で見て育ってきたから、
ある人の自分本位な感情が、他の人にとって、笑顔の無い、
冷たい世界を作り出すことがあるってことを、
俺は……自分でも気付かないうちに、
心のどこかに『絶対の法則』みたいに、刷り込んでいたんじゃないかと思うんだ」
* * *
続