『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -38- (環&鏡夜&ハルヒ)
鏡夜の携帯電話に、環から「明日家に行く」というメールが送信されてくる。
直後、ハルヒからかかってきた電話でその意味を悟った鏡夜は、ある策略を思いついて……。
* * *
土曜日、午後一時過ぎ。
今までに無い緊張感を覚えつつ、
環が鏡夜の家を訪れると、玄関先で出迎えてくれたのは橘だった。
「いらっしゃいませ。環様」
自分の顔を見ても、取り立てて不快な様子を見せるでもなく、
いつものように丁重にお辞儀をしてくるところを見ると、
鏡夜はどうやら、昨日の喧嘩のことを橘には話していないようだ。
「こんにちは。橘さん」
毎年、冬の時期は、ほぼ毎日のように鏡夜の家に押しかけて、
炬燵に蜜柑や日本茶を用意してもらっていたから、
その代わり環は、グルメマップ作りで仕入れた庶民菓子を、
手土産に持ってきていたのだが、それを見る度に鏡夜に、
「もっと高級な菓子を持参しろ」と呆れられていた。
そういうわけで、家の間取りはほぼ把握していたから、
玄関から先は案内無しで、環は一人で廊下を歩いていった。
でも、最近は本低での勉強が忙しくて、
鏡夜の家にあまり遊びに来ることができていないんだよな。
ふと、そんなことを考えて、
なんとなく寂しい気分になってしまった環は、
自分の頬を両手でパチンと叩いた。
いかんいかん。こんな風に感傷に耽ってる場合じゃない。
目の前に、鏡夜の部屋のドアがある。
環は、ふんっと鼻息荒く気合を入れなおすと、
その部屋の扉を二回ノックした。
『どうぞ』
何度も来ている場所なのに、今日は開けるのが少し怖い。
だが、ためらっている状況ではない。
環はぐっと唇を噛み締めると勇気を出して扉を開けた。
広い部屋だ。
入ってすぐのメインルーム、入口から左手には階段があって、
二階のベッドルームへ続いている。
メインルームからの吹き抜けになって、
その広いスペースに鏡夜はベッドを置いていた。
一階のフロア奥には勉強部屋や洋服部屋、
さらには、洗面室やユニットバスまで完備されていて、
鏡夜一人が使う場所だというのに、
ハルヒが蘭花と二人で住んでいるアパートの間取りよりも、断然広い。
そして、メインフロアにおかれたソファーセットには、
経済系の雑誌を読みながら、座っている鏡夜の姿があった。
空調が完璧に行き届いた室内で、
ジーンズに薄手のシャツ一枚という軽装の鏡夜は、
環が中に入ると、膝の上においた雑誌の頁をめくるのを止めて、
頬に貼った湿布を、左手の指先でとんとんと叩いて示した。
「昨日は、どうも」
おそらくはわざとなのだろうが、
ものすごく他人行儀に声をかけてくる、鏡夜の視線は冷たい。
「いつもなら連絡無く押しかけてくるお前が、
わざわざメールで連絡までしてきて、一体、何の用だ。
昨日、俺を殴ったことでも謝罪に来てくれたのか?」
一日経っても攻撃的な鏡夜の態度には、
つい気持ちが萎縮しそうになる。
けれど、ここで引き下がるわけにも、逃げ出すわけにもいかない。
「俺は謝りに来たわけじゃない」
環は唾を飲み込むと、部屋の扉をばたんと閉めた。
「じゃあ、一体何の用だ? あまり勉強の邪魔をされても困るんだがな」
こちらから話をする気は全く無い、とばかりに、
鏡夜は環から、ふっと目を逸らすと、再び本を読み始めてしまった。
「邪魔なんてするつもりはない。すぐ終わる」
「ふうん?」
昨日よりは控え目に包帯が巻かれた右手を、
身体の脇、ソファーの上に投げ出すようにして、
鏡夜は再び左手で雑誌の頁をめくり始めた。
顔を上げてこちらを見てくれる様子は一向に無い。
「鏡夜。人の話をちゃんと聞け! 俺はお前に言っておきいことがあるんだ」
言いながら中央のテーブルに近づいていく。
そして、テーブルを挟んで向かい側に立って、
鏡夜を見下ろすと、ようやく鬱陶しそうに彼は目を上げた。
「言っておきたいこと?」
疎ましいものを見るような目で、鏡夜は自分を見つめている。
その重い空気に負けまいと、
環は前屈みになって、テーブルの上に勢い良く手を付いた。
「俺は昨日……ハルヒの家に行ってきた」
環が余りに力強く手を付いたために、
その弾みで、机の上に乗っていたティーカップが、
かちゃかちゃと耳障りな音を立てた。
「……ほう? ハルヒの家に、お前がねえ。一体、何をしに行ったんだ?」
一日前の金曜日。そう、昨日の夜のこと。
鏡夜と喧嘩をした後、大分頭に血が昇っていた環だったが、
崇に諭されるような形で、一つの答えに辿りついた後、
居ても立ってもいられずに、ハルヒの家に向かった。
突然環が来たから、というよりは、
家の前で座り込んで待っていたからだろうと思うが、
ハルヒは自分を見るなり、あんぐりと口を開けて随分呆れているようだった。
「こんな寒い中で待ってるなんて、全く何を考えてるんですか!」
環自身も、ちょっと行き過ぎな行動だったかなと、
感じていないことはなかったけれど、
どうしても、今日という日が終わる前にハルヒに会いたくて、
ハルヒに会って話をしたくて、この思いを伝えたくて、
寒空の中、時間の経過も気にならないくらい、
ハルヒのことだけを考えて、彼女をずっと待っていたのだ。
「まず俺はハルヒに謝らなければならないことがあるんだ」
「謝るって、何をですか?」
部屋に通されて、ハルヒから出されたお茶を飲み干した環は、
炬燵から出ると、ぴっと背筋を伸ばして正座をした。
「今まで、俺が母さんのことで大騒ぎしてハルヒに迷惑をかけたこと」
「は?」
環があまりに畏まった様子だったからだろう、
ハルヒも炬燵から出てくると、自分と向かいあって正座になった。
「環先輩? あのう……何のことを言ってるんですか?」
こうして人と正座で向かい合うのは、本日二回目だ。
「ハルヒ。俺は今まで、母さんのことや須王の家のことでは、
皆にたくさん心配をかけたよな。
桜蘭祭のときも、ミシェル王女が来たときも、
フランス研修旅行のときも、俺が本邸に入れるようになったときも、
他にも色んなところで、ホスト部の皆には迷惑をかけて、
俺は本当に申し訳ないと思っている。
でも、ハルヒには……特に謝らなければならないと思ってたんだ」
「何で自分に……?」
「前に、俺が『ミシェル王女に母さんを重ねていた』って言った時のこと、覚えてる?」
突然、環が話し出した話題に、
ハルヒは訳の分からないような表情をしていたが、
「ええ、それは……覚えてますよ」
環の最後の質問には、こくりと頷いてくれた。
「あの時に、俺、本当はハルヒに馬鹿にされて、
笑われるんじゃないかって思ってたんだ。
でも、ハルヒは言ってくれただろ? 俺のこと『笑ったりなんかできない』って」
「ええ、確かそんなことを言ったと思いますが……」
ハルヒは右手の人差し指で自分の顎に触れながら、
斜め上の方を見上げつつ、その時ことを思い出しているようだった。
「それでね。俺は、そのハルヒの言葉がとても嬉しかったんだけど、
でも、よくよく考えてみたら、ハルヒのことを全然考えてない、
無遠慮な言葉だったなって、後ですっごく後悔したんだ」
「え? 自分のことを考えてないって、
環先輩……あの……意味が良く分からないんですが……」
「だってさ。俺は、ハルヒのお母様のことも忘れて、
自分が母さんに会えないっていう寂しさを、
遠慮なくハルヒに見せてしまっただろう?
本当は俺なんかよりハルヒのほうが、
ずっと寂しい想いをしているはずなのに、
俺ばっかり母さんのことで騒いでいたのが、もの凄く申し訳なくって。
だから、いつかちゃんと謝ろうと思っていたんだ。
ごめんね、ハルヒ。本当に、ごめん」
そして環はハルヒに頭を下げた。
「ああ……なるほど、そういうことですか」
ハルヒにも、ようやく謝られている理由がわかったらしい。
「でも、そんなこと。自分は全然気にしていませんから、
ちっとも謝る必要なんてありませんよ?
それに、もう一年も前のことじゃないですか。
なのにどうして、今日、急に謝ろうと?」
「それは……どうしてもハルヒに、
今日のうちに伝えたいことがあって、
だからその前に、ちゃんと謝っておこうと思ったんだ」
「伝えたいこと、ですか?」
「うん。ハルヒが帰ってくるまで、すっごく考えてたんだけど、
うまくまとめ切れてなくて……少し長くなるかもしれないけど、いいかな?」
「……」
環が顔を上げて彼女の様子を伺うと、
ハルヒの大きな瞳が、驚いたように見開かれていた。
一瞬、いつもみたいに、
「また、環先輩。急に何を真面目なこと言ってるんですか」
なんて、笑いながら、さっくりと断られるのかとも思った。
でも、この時。
「……いいですよ」
ハルヒは俺の言葉を一切笑わなかった。
茶化すことも無く、照れて目を逸らすこともなく、
ただ真摯に、俺の顔を見てくれた。
「ゆっくりと、環先輩のペースで話してください。
自分は……最後までちゃんと先輩の話を聞きますから」
* * *
続