『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -36- (環&ハルヒ)
環と鏡夜の様子が気掛かりなハルヒは、光と馨に相談をしてみたが、良い対処法が浮かばないまま、
放課後になってしまった。仕方なく、ハルヒが帰宅すると、アパートの前に意外な人物が……。
* * *
「こ、こんなところで、な、何してるんですか。環先輩!?」
ハルヒの家の前に座り込んでいた環は、
彼女の大声にぴくっと反応して、
マフラーに半分埋めていた顔を上げて、にこりと彼女に笑いかけた。
「おかえり、ハルヒ」
「……」
スーパーに寄ってきたのだろうか、片手にビニールの袋を持った彼女は、
階段を昇ったすぐの所で、目を見張ってぱくぱくと口を動かしている。
「そういえば今日は庶民スーパーの特売があったんだったな。
いいものは買えたかにゃ?」
「『買えたかにゃ?』じゃないですよ。
こんな時間にウチの前に座り込んで、一体何をしてるんですか?」
「それはだな……ちょっとハルヒに用事があって……くしゅん!」
説明しながら立ち上がったところに、
冬風がぴゅうと吹き抜けていって、
環は背筋を伝う寒さに思わずくしゃみをしてしまった。
「自分に用事って……一体、何時からここに居るんですか?」
「うーむ、そうだな。夕方五時くらいからかな」
学校から一旦自宅にもどって私服に着替え、
厚手のコートにマフラーに帽子と、防寒対策はきっちりしてきたけれど、
しんしんと染みてくる寒さは完全には防ぎきれないようで、
身体はぶるぶると自然と震える。
「五時くらいって、もう二時間以上もここにいるんですか!?」
「な、なにい! じゃあ、もう七時になるのか?」
二時間と指摘されて初めて、
そんなに長いこと外にいたのか……と実感が生まれ、
途端に、手足に気だるさが走った。
そんなに時間が経ってたなんて、全然、気づかなかったな……。
ハルヒを待っていた、この二時間、
環の頭の中は、ハルヒに一体なんて言おうか、
今の自分の心をどういう言葉で伝えようかと、
そんな台詞を考えることで一杯だったから、
時間の経過を気にする余裕が全くなかったようだ。
「用事があるなら、電話してから来るとか、
車の中で待つとかすればいいのに、
こんな寒い中で待ってるなんて、全く何を考えてるんですか」
「それはそうかもしれないが……だが……は、はっくしゅん!」
どうしても今日、伝えたいことがあったから、
居ても立ってもいられなかったのだと言い訳しかけて、
再びくしゃみが出てしまう。
「とりあえず……こんなところに居たら、
風邪引いちゃいますから、中に入ってください」
ハルヒがアパートの鍵を開け、先に中に入っていく。
促されるままに玄関口に入り、靴を脱ぎ綺麗に揃えて振り返ると、
部屋の奥ではハルヒが畳の上に座って、
壁際に置かれている小型のヒーターと、炬燵のスイッチを入れていた。
「とにかく、こっちで炬燵に入っててください。
ちょっと古いヒーターなんで、部屋が暖まるまで少し我慢してくださいね。
今、何か温かい飲み物でも淹れますから」
「ああ、ありがとう。ところで、蘭花さんはお仕事か?
帰りは遅いのかにゃ?」
「早いときは深夜二時くらいに帰ってくることもありますけど、
今日はママさんの誕生日らしくって、
お客さんも含めて皆でお祝いするから、帰りは朝になるって言ってました。
あ、コート貸してください」
スーパーの買い物袋を、がさっと炬燵の台の上に置いたハルヒは、
自分のコートは隣の部屋の勉強机のほうへ、ばさりと無造作に置いたが、
環のコートはハンガーに吊るして窓際に掛けてくれた。
「ほう! 誕生日。誕生日といえばハルヒも確かそろそろじゃないか?
盛大にお祝いせねばな!」
「そろそろって、まだ二ヶ月も先ですよ」
あっさりと、興味がまるでなさそうな答えを返しつつ、
ハルヒはスーパーの袋を手にひっかけて、
台所らしきスペースへと向かってしまった。
見ていると、ハルヒは手早くヤカンを用意してお湯を沸かしつつ、
買ってきたものを袋から出して、何やら作業をしている。
「それは何をしているのだ?」
炬燵に座ろうとした環は、ハルヒのしている事が気になったので、
彼女のほうへ近づいて、背中越しに手元を覗き込んだ。
「え? 何って……今日はお肉が安かったんで、
沢山買ってきたから、冷凍保存するんですよ」
「でも、なぜ、その入れ物から出しているのだ?
このまま保存すればいいのではないのか?」
肉は白い板上の発泡スチロール製の入れ物に乗せられていて、
そこに透明なビニールがかかっている。
それを、ハルヒはわざわざ破って開けて、
新たに透明なフィルムで少しずつ肉を取り分けて包んでいるのだ。
「それは、こうやって小分けにして冷凍すれば、
その日使う分だけ解凍して使えるからですよ。
パックのまま冷凍すると、その肉を使いたいときに、
パックごと全部解凍しなきゃならないんですけど、
二人分ですから、一度に使う量はあんまり多くないですし。
……これ、意味分かります?」
「んん~? でも、そしたらまた冷凍というものを、もう一度すればいいのではないのか?」
「一度冷凍したものを解凍したら、再冷凍できないんですよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです」
ふむふむと頷く環の前で、ハルヒはテキパキと作業を続けている。
それを見ていて、自分もやってみたくなってきた環は、
「よし、ハルヒ、俺も手伝うぞ!」
と、勢い良く申し出た環は、
腕まくりをして手を洗いハルヒの隣に立った。
さぞかし『助かります』と喜んでくれるかと、
にこにこ笑いながらハルヒを見ると、
ハルヒはなぜか困ったような、むしろ嫌そうな表情を浮かべている。
「え、いいですよ。大人しく炬燵に座っててください」
「何故だ? 嬉しくないのか? 二人でやったほうが早く終わるだろう?」
「………………なんだか余計に時間がかかりそうな気が」
ハルヒは目を細めて、あきらかにこちらに信用の無い眼差しを向けてくる。
「なんだとぅ! この俺に不可能なことなどない!
ほら、ハルヒ。いいから、その箱を貸してみろ」
「は、はあ」
ハルヒが持っていた長細い紙製の箱を、半ば奪い取るようにして環は受け取った。
先ほどハルヒはこの箱から薄いフィルムを取り出していたはずだ。
「ん? これはどうやってフィルムを取り出すのだ?」
「ええと、ここに端っこが見えてるとおもうので、
それを引っ張って外に出してください。
破れやすいですし、あと、くっつきやすいから気をつけてくださいね」
「こ、こうか? ………あっ、ハルヒ。破けたぞ!」
「だから、破れやすいって言ったじゃないですか。
ああ、切れ端を中に巻き込んじゃってる……」
「くう、ここを引っ張ればいいのだろう!」
「だから強引にひっぱってもダメですってば……ああっ」
すうっと妙な方向に切れ目が走った透明なフィルムは、
そのまま完全に切れてしまって、
環の手には歪な形のフィルムの欠片が残った。
なんとかそれを、広げてまな板の上に置こうとしたら、
あろう事か、くしゃくしゃっと丸まってしまって、とても使えそうに無い。
「ううう。なんなのだ! この苛々とする物体は!」
「環先輩……もういいですから、ちょっと返してください」
悪戦苦闘する環の手から箱を取り上げたハルヒは、
フタを開けて、中からそおっとフィルムの端を引っ張り出している。
そして再びフィルムの端が箱の外に出てきたところで再びフタを閉め、
ある程度の長さになったところで、くるっと左手にもった箱を回転させた。
「お、おおおお!」
そうして切り取ったラップの上に肉を移して、手早く包む。
その一連のスムーズな動作に環は目を輝かせた。
「なるほど、ここにカッターがついているわけか。
これはものすごい発明だ! これぞまさしく世紀の大発明というやつだな!
よし、さっそく俺もやってみ……」
「これ以上環先輩が使うと、ラップが無駄になりなりそうなんで、
自分がラップを切りますから、先輩はこれくらいの目分量で、
取り分けて包んでください。いいですね?」
ハルヒは、形式的には、こちらの意向を尋ねてくれてはいたが、
拒否できそうな様子にはとても見えなかったので、環は仕方なく頷いた。
「う……わかった……」
言葉少なに黙々と作業を進めていると、
コンロの上のヤカンから水の爆ぜる音が聞こえ始めた。
「環先輩。もうあとちょっとで終わりますから、
そろそろ向こうで座っててください。
炬燵のスイッチ入れっぱなしですから、もったいないし。
もうすぐお湯もわきますから、そしたらお茶持って行きます」
「あ、そういえばそうだな。いや、楽しかったぞ!
この俺の手伝いのおかげで、ハルヒも助かっただろう?」
「え? はあ。いや……まあ、そうですね」
「うーむ。そうだろうそうだろう」
普段の生活ならば、絶対にやることはないであろう作業をすることができて大満足の環は、
手を洗うと炬燵の置いてある部屋へ向かい、どかっと腰を降ろした。
「うんうん。やはり、日本の冬は炬燵で過ごすが一番だな」
部屋の中の温度はそれほど変わったようには思えなかったが、
すっかり炬燵の中は温かくなっていて、
中に入れた足先から、すうっと体に熱が浸透していく気がする。
「本当に環先輩は炬燵が好きなんですね」
お茶を淹れつつ、ハルヒがくすくすと笑っている。
「うむ。日本に来る前から父さんから話を聞いていて、
ものすごく憧れだったのだ! そしたら中等部のときに……」
『炬燵は冬と決まっている。入りたきゃ冬まで待て。この阿呆が』
三年前の記憶と、つい数時間前の記憶。
両方に存在する人物の影が、環の口をぴたりと閉ざさせた。
「え? 何ですか?」
「い、いや。なんでもないよ」
小さく首を振って、記憶を閉じる。
そして環は炬燵布団を肩口にまで引っ張り上げた。
寒さに固まった身体が温かい空気に触れて、
温泉に浸かった時の様な、心地よい筋肉の弛緩を感じていると、
ハルヒが丸いお盆に不揃いの湯飲みを二つ乗せて持ってきてくれた。
「どうぞ。あ、高級なお茶じゃなくても文句は言わないでくださいね」
黒っぽい色味の大きい湯飲みは、
普段、蘭花が使っているものだろうか。
「環先輩……聞いてもいいですか?」
「……ん? 何かにゃ?」
それを環の前に置いたハルヒは、環の向かい側に座って炬燵に入った。
「あの、今日の昼休みのことなんですけど……あの後、鏡夜先輩とは……」
無意識に、ではない。
さっきから意識的に避けていた人物の名前が、
ハルヒの口から出てきたことが、環から笑顔を奪った。
「鏡夜の話は、今は止めてくれ」
「え?」
鏡夜との喧嘩の後味の悪さはまだ消えていない。
それでも、ハルヒの前でその怒りを出すわけにはいかないから、
環はできるだけ冷静を保ちつつ、
自分の感情が乱される話題を遠ざけようと考えていた。
「あの後、やっぱり喧嘩に……ああ、もしかして」
けれど、隠し切れない憤りが伝わったのだろうか、
ハルヒの眉が悲しげにハの字に下がる。
「昼休みのあれを未だ変に誤解してたりするんですか?」
悪気の無いハルヒの言葉が、
環が必死で閉じようとしていた感情の蓋を、乱暴に蹴り上げた。
「あれは、俺の誤解とかそういう問題じゃない!!」
噴き出した怒りにまかせて声を荒げると、
湯飲みを手にしようとしていたハルヒが、びくっと指先を震わせた。
「ど、どうしたんですか、急に。びっくりするじゃないですか」
彼女の責めるような視線に曝されて、
すぐに後悔が押し寄せてくる。
「……ああ、すまん……」
昼間の鏡夜との喧嘩で、鏡夜からぶつけられた言葉は、
どれもこれも環にとって、余りにも衝撃的すぎたから、
思い出すだけで、自分の感情や意識の全てが、
一気に負の方へ引きずられていってしまう。
もちろん、鏡夜との喧嘩も放っておいていい問題ではないし、
もう一度、きちんと話し合わなければいけないとは思っている。
けれど、その前に、今、自分がしなくてはならない一番の優先事項。
ようやく見つけた心の中の「答え」を、ハルヒに伝えること。
それをしなければ、何も始まらない。
鏡夜にだって胸を張って向き合うことは出来ないと思うから。
「とにかく、今は鏡夜のことはいいんだ。
今日は、ハルヒ。お前に話があって来たんだから」
「そういえばそう言ってましたね。で、用って何ですか?」
環は、湯のみに残ったお茶をぐっと飲み干し、
湯飲みを天板に静かに置くと、
炬燵から出て、すすっとハルヒの横に膝を滑らすと、畳の上に正座で座り直した。
「な、何ですか? 急に改まって」
そう、俺は、伝えなければならないんだ。
ようやく見つけた自分の心の答えを。
その答えを、一番に伝えるべき相手……。
ハルヒ。君という、世界でたった一人の「特別」な女性に。
環は一度、大きく深呼吸をすると、
寒空の下、何度も何度も頭の中でシュミレーションした、
最初の台詞を切り出した。
「まず……俺はハルヒに謝らなければならないことがあるんだ」
* * *
続