『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -35- (ハルヒ&光&馨)
第三音楽室で喧嘩別れした環と鏡夜は、先輩達に諭されて、それぞれの心に決着を付ける。
一方、彼らの話題の中心である当のハルヒは……。
* * *
冬の陽は落ちるのが早い。
「はあ……」
もう何度目になるか分からない溜息を吐きながら、
右手に学生鞄、もう一方の手にスーパーの袋を提げて、
ハルヒは薄暗くなった家路をとぼとぼと歩いていた。
金曜の夕方のスーパーの特売は、
日曜朝市の次に楽しみにしているイベントで、
折角、目当ての食材が安く買えたというのに、
今日は全く気分が晴れず、家に向かう足取りも重い。
環先輩と鏡夜先輩、大丈夫なのかなあ……。
今日の昼休み。
鏡夜の手の怪我を見ようとして避けられた拍子に、
長椅子の上にもつれて倒れた自分と鏡夜。
そこへタイミング悪く現れた環が、
かなりショックを受けたように、茫然とこちらを見ていたから、
明らかに何か変な誤解をされたように思う。
慌ててハルヒが弁解しようとしたら、
鏡夜に『さっさと行け』と遮られた。とても怒ったような口調で。
『でも……』と、自己主張しようとして、鏡夜と視線が合った。
そして、ハルヒは口をつぐんだ。
鏡夜が自分の説明を止めたのは、
環に余計なことを言ってしまわないように、
心配してくれたからだと分かったから。
口下手な自分が昨日の出来事を説明しようとすれば、
その経緯を語る中で、環への気持ちのことや、鏡夜の行為のことなど、
言わなくてもいいことまで口を滑らせてしまったかもしれない。
それでも、第三音楽室の外に出たハルヒは、
すぐに立ち去ることを躊躇して、
扉の前で少し足を止めて中の様子を伺ってみたのだが、
しかし、元々、音楽室として作られた教室のために、
廊下から中の会話を聞き取ることは一切できなかった。
仕方なく、ハルヒは二人の会話を聞き取ることを諦めて、
授業に遅れないように猛ダッシュで教室へと向かったのだ。
だから、後に残った二人が、どのような会話をしていたかは全く分からない。
この時、ハルヒが心配していたことは二つあった。
一つは、自分が環を好きだという気持ちを、
鏡夜が環に伝えてしまわないか、ということ。
もう一つは、仲直りしたと聞いていた環と鏡夜が、
環の変な誤解から、再び喧嘩を始めやしないか、ということ。
もっとも前者に関しては、
鏡夜は絶対に言わないと約束してくれたし、
鏡夜には情報を小出しにして人を翻弄するようなところがあっても、
やると口に出したことは、必ず実現する人だという信頼はあったから、
よほどのことがなければ、その約束を破られることは無いと思う。
けれど、後者の不安に関しては、
考えれば考えるほど心配が増すばかりだ。
「ハルヒ。鏡夜先輩と殿の様子どうだった?
あの人達、まだ喧嘩してたみたい?」
本鈴ぎりぎりに教室へ戻ってきて、
ハルヒが慌しく教科書を机に出していると、
右隣の座席の馨が、二人の様子を聞いてきた。
「えっと、とりあえず鏡夜先輩の怪我がきっかけで、
仲直りしたって言ってたけど……」
まだ先生が来ていなかったので、ハルヒがそう答えると、
「何それ? 怪我って何の話?」
今度は左隣に座る光から質問された。
「実は鏡夜先輩、右手に怪我をしてて。
それを見た環先輩が教室で大騒ぎしたんだって。
で、そのショックの方が大きくて、
環先輩の様子はすっかりいつも通りに元に戻ったとか、
鏡夜先輩は言ってたんだけど、でも……」
「へえ、鏡夜先輩が怪我してたなんて、
朝は気付かなかったなあ。怪我、酷いの?」
また喧嘩しそうな雰囲気だと続けようとしたら、
その前に怪我という単語に驚いたのか、光が質問を挟んできた。
「大丈夫だって言ってたけど、
あんまり良く見せてもらえなかったから、分からない」
「ふうん。昨日、俺らが準備室に行った時は、
怪我なんてしてなかったのになあ」
「……」
怪我の原因を説明するには、
必然的に昨日のことを話さなくてはならないのだが、
どう説明すれば良いのか分からなくて、ハルヒは黙り込んでしまった。
「ねえ、ハルヒ。それはそうと、さっき何か言いかけてなかった?」
「あ、うん……えっとね」
馨の質問がそんなハルヒの沈黙を救ってくれた。
「鏡夜先輩に申請書に書く項目をチェックしてもらってるときに、
部室に環先輩も来たんだけど、
その時に環先輩に、なんか変な誤解をされたみたいなんだよね」
「誤解?」
馨がそういって眉をしかめたとき、先生が教室に入ってきてしまったので、
午後の授業の開始前には、結局、断片的な説明しかすることができなかった。
「で、誤解って何?」
再び休み時間になって、サラウンドで質問されたハルヒは、
授業の内容そっちのけで、必死で頭のなかでまとめた説明を、そのまま口にした。
「えっと、音楽室で、自分が鏡夜先輩の怪我を見ようとしたら、
鏡夜先輩が嫌がって急に手を引いたから、もつれて一緒に転んじゃって、
そこに環先輩が来たんだけど、
丁度その時、自分の腕を鏡夜先輩が握ってたから、
『お前達何をしてるのだ?』って、なんかものすごい形相で……」
当たり障りの無い部分を、慎重に言葉を選びながら説明すると、
光は納得したように、うんうんと頷く。
「ああ。殿ってハルヒに関わることだと、
異常に妄想を膨らませるからねえ。
前に俺達がハルヒのコラージュを作ったときにも、
無理矢理脱がせたんだのなんだのうるさかったし」
「てか、人の許可無くああいうもの作るのは絶対止めてよね」
「あはは。ごめんごめん。
でも、それなら鏡夜先輩がちゃんと言い含めるんじゃない?
殿のそういう誤解とか脳内妄想は、いつものことだし」
「そうだといいんだけど」
普段通り、環をからかっている光とは対照的に、
静かな右の席が気になってハルヒがそっちに視線を向けると、
「ふうん……誤解、ねえ……」
馨は頬杖をついて怪訝な顔で考え込んでいる。
「どうしたんだよ、馨。何か気になんの?」
「ん……いや、別に」
どこか寂しそうにも見える、なんとも不思議な笑顔を浮かべた馨は、
頬杖を解くと、ハルヒの方へ体を向けて足を組んだ。
「じゃあ、もしかしたら、殿の変な誤解から、
また喧嘩になっちゃってるかもって、心配してるのかな、ハルヒは」
「うん」
「そっか。でも、明日は学校休みだから、
後で電話して探ってみるしかないかなあ。
もう二人とも帰っちゃってるだろうし、
僕と光は用事あるから、これから二人の家に行って問い詰めるわけにもいかないし」
「電話かあ……」
ハルヒはなんとなく気が進まずに、上の空で返事をしてしまう。
「でもさあ、馨。心配は心配だけど……でも、
殿って俺らにもなんか怒ってたじゃん。
俺らが色々口出すと、なんか、ややこしいことになるかもよ?」
光は、鏡夜の進学の件のとばっちりが、
自分達にまで及んできた事を、少し根に持っているらしい。
その意見に馨は、また考え込んでしまった。
「うーん……」
根も葉もない誤解をしているだけだったら、
光の言うように放置しておくほうが良さそうだとも思えた。
けれど、どこかぎくしゃくとした環と鏡夜の様子に、
不安がないとは言い切れない。
しかし、結局、妙案は何も浮かばないままに放課後になってしまい、
家で客人を迎えるからと、
光と馨は急いで帰っていってしまったので、
ハルヒは一人教室に残って、申請書を完成させて提出した後、
週末に読むための本を図書館で何冊か借りてから、校舎の外に出た。
見上げると、陽はもうとっぷりと暮れて、
夜空に時計塔の灯りがぼんやりと浮き出ている。
そして、ハルヒは近所のスーパーの特売に立ち寄って、
今、アパートへ帰っていく途中というわけだ。
そう、あれは単なる誤解だ。
なのに、音楽室での状況を思い出すと、
ハルヒの身体はぞくりと震えてしまう。
『もしも、この手を離さなかったら、どうなるんだろうな』
もうずっと遠い、昼間の出来事の筈なのに、
この手首に、鏡夜に掴まれた指先の感触が残っている気がする。
それに。
『……なら、返してくれないか?』
鏡夜先輩は一体、何を自分から返して欲しかったんだろう?
大体、自分は鏡夜先輩から何か預かっていたりとか、
奪ってしまったものなんて、何もないはずなのに……、
などと考えて、ハルヒは首を横に二、三度振った。
違う違う。今考えることはそこじゃない。
あの後、環先輩と鏡夜先輩が、
喧嘩にならなかったかどうか、そこを一番に心配すべきだ。
はあっと大きく息を吐き出すと、目の前に白い蒸気が立ち上る。
相手の顔が見えない電話は、あまり好きじゃないけれど、
家に帰ったら、鏡夜先輩の携帯にでも電話してみようかな?
カンカンカン。
そんなことを考えながら、
安っぽい金属の板を踏みしめる音を小さく響かせて、
アパートの階段を昇ったハルヒは、
階段を昇りきったところで、鍵を取り出すために俯き、
鞄からキーホルダーを取り出すと、
さっと顔を上げ、自分の部屋の前に歩いていこうとした。
しかし。
「………!!」
部屋の前にたどり着く数歩手前のその場所で、
ハルヒは、自分の前にあった『もの』を見て、ぴたりと足を止めた。
「……って」
部屋の前にあったもの……いや、『もの』ではなくて『人』。
ハルヒが父と二人で暮らすアパート部屋の扉の前に、
膝を抱えて座り込んでいる『よく見知った人』。
いや、確かによく知っている人ではあるが、
普通ならこんなところに絶対にいるはずはないその人物の姿に、
ハルヒは素っ頓狂な声を挙げた。
「こ、こんなところで、な、何してるんですか。環先輩!!??」
* * *
続