『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
君の心を映す鏡 -32- (鏡夜&光邦)
環との喧嘩の中で、鏡夜が発した言葉の全てが真実で、演技ではないということを、
すっかり見抜いていた光邦は、ソファーに座ってうつむいた鏡夜の頭を優しく撫でて……。
* * *
「だから、鏡ちゃん。平気な振りなんて、しなくていいんだよ?」
いつものように、眼鏡が瞳をカバーしてくれないから、
鏡夜は目元にかかる前髪で、自分の表情を隠してしまおうと俯いた。
「……ハニー……先輩」
「なあに?」
これ以上、みっともない姿は晒したくないのに、
俯いた顔は自然と歪んでしまう。
今にも溢れそうな、心の涙を堪えようとして。
「どうして……」
自然と震える唇を通って、
空気に伝わる自分の声は何処か安定しない。
「どうして……ハルヒ、だったんでしょうね」
桜蘭学院の奨学生として入学してきた人物が、
あの日、第三音楽室に迷い込んできた人物が、
「あの馬鹿が……選んだ、相手が……」
あの夏の夜、自分の部屋に飛び込んできた人物が、
自分の心を、的確に見抜いてきた人物が、
そして、
「俺、が……」
初めて本気で、好きになった相手が。
最後の台詞を嗚咽と共に飲み込んで、
鏡夜はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「どうして……ハルヒ、だったんでしょうね……」
親友が好意を寄せるのと同じ人を大切に想うこと。
その人が選ぶのは自分ではないこと。
彼には出来て、自分には彼女を幸せにできないこと。
全てが、初めて感じる、例えようのない痛み。
なんとか最後の堰を切ってしまわないように、
目元に溜まった涙を、唇を噛みしめて堪えていると、
光邦は鏡夜の頭を撫でていた手を離し、鏡夜の前にしゃがみこむ。
「ねえ、鏡ちゃん」
そして、前髪の下に隠していた、鏡夜の顔を下から覗きこむ。
「もしも、鏡ちゃんが、このままずっと何も言わないで、
たまちゃんとハルちゃんの二人の周りで見守っていたら、
たとえばこの先、たまちゃんが、
何かのきっかけでハルちゃんへの気持ちに気付いたとしても、
今日みたいに、鏡ちゃんやたまちゃんが、
本気で喧嘩して、ぶつかりあって、
お互いに心を痛めることはなかったかもしれない。
……でも、それじゃ多分、手に入らないものがあるんだ」
間近に光邦の視線を感じながらも、
鏡夜は、目を合わせることができなかった。
顔を上げたら、無様に泣いてしまいそうで。
「鏡ちゃんが、今、心の中で感じているような、
とても寂しくて、とても辛くて、今にも引き裂かれそうな、
そういう心の痛みを知った人は、
『誰かを大切にするって気持ち』が、
どれだけ温かいもので、どれだけ素敵なことなのかを、
本当に心の芯から実感できると思うんだ」
「大丈夫。鏡ちゃんの心は、ちゃんとここにあるよ。
どんなに粉々になっても、苦しくて傷ついても、
無くなってしまったわけじゃない。
好きな人に、自分の想いが伝わらないのは、確かに辛いし苦しいよね。
でも、この痛みは、ただ失うためのものじゃない。
『誰かが誰かを大切に思う』っていうことが、
どれだけ素敵で幸せなことなのかを、知るために必要な痛みなんだ」
昨日から今日にかけて、
自分は、色々と壊してしまったはずだった。
ハルヒへの気持ちも、環の作り上げた幸せの形も。
そんな、ずたずたに切り裂かれた鏡夜の心に、
光邦の言葉が柔らかく流れ込んでくる。
「鏡ちゃんは、たまちゃんに気付いて欲しかったんだよね。
時には他人を傷つけることがあっても、
それを乗り越えなきゃ、辿り付けない幸せもあるってことを、
たまちゃんに、気付いてほしかったんだよね?」
鏡夜が返事をしないので、
一方的に話す形になってしまっていたが、
光邦は途中で諦めることなく、
根気よく、鏡夜に対して労わりの言葉を続けてくれた。
それらは、鏡夜の心に生まれていた空洞を、徐々に満たしていく。
そして……。
「俺は……ちゃんと……言えましたかね?」
……ついに一筋の涙が、鏡夜の頬を伝ってぽとりと落ちた。
「うん、大丈夫。たまちゃんなら、きっと分かってくれるはずだよ」
頬を伝った涙の筋を、拳で拭き取って、
鏡夜がようやく顔を上げると、
光邦が鏡夜の視線を、満面の笑みで迎えてくれた。
「……色々と……お気遣いありがとうございます。ハニー先輩」
光邦の無邪気な笑顔に釣られて、
鏡夜もやっと笑顔を浮かべることができた。
心からの笑顔を。
目元をこすりながら、鏡夜が壁の時計を確認すると、
時間が経つのは早いもので、もう午後二時を回ろうとしていた。
「……そろそろ、俺は帰りますが、ハニー先輩はどうされますか?」
「うーん。僕は崇を探してから一緒に帰るよ。
こっちに来るって言ってたのに、一体、何処で道草くってるんだろうねえ?」
第三音楽室の扉に鍵をかけ、
鏡夜と光邦は雑談しながら廊下を歩いていく。
「でも、鏡ちゃん。盗み聞きしちゃって、本当にごめんね。
このお詫びはちゃんとするからね」
階段を降りて、南校舎の出入り口に差し掛かって別れるときになって、
光邦は本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえ、偶然が重なっただけですし、気になさらなくて結構ですよ」
「でも、やっぱり悪いと思うし……うーん……あっそうだ!」
「なんです?」
「お詫びに、僕は、鏡ちゃんを救う『伝説の勇者』になってあげるよ」
「……『勇者』……ですか?」
それは以前、ホスト部のグッズでドラマCDとやらを作ったときの、
光邦の配役ではなかっただろうかと、鏡夜は記憶を反芻する。
「いつか、鏡ちゃんが今と同じくらい……ううん、
それ以上に辛く思うときがあったら、
その時は、僕が絶対助けにきてあげるからね!」
「今と同じって……ハニー先輩」
鏡夜は少々呆れ顔で、邦を見下ろした。
「今日のようなことは、そうそう経験したいものじゃありませんが?」
「あ……それもそっかあ」
えへへ、と小さく舌を出して、
恥ずかしそうに頭を掻いている光邦を見て、
鏡夜はふっと笑みを零した。
「まあでも、もしも、そうなったら、その時はよろしくお願いします」
折角の光邦からの提案ではあったが、
この時の鏡夜は、この光邦の申し出は、
単にこちらを励ますための冗談だと思っていた。
「うん!」
光邦自身も、この時は大して深い意味は込めてなかっただろう。
……けれど、五年後の春。
今とは比べ物にならないほどの痛みが、
彼と、彼の愛しい人を襲った、その時に、
この約束は実行に移されることになる。
まだ誰にも、それを知る術はなかったけれど。
* * *
続