『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -31- (鏡夜&光邦)
剣道場に連れて行かれた環は、崇から、自分のことを棚にあげて他人を責めるのは、
環も鏡夜と同じではないかと、逆に追及される。そして蘇る一つの思い出。その頃、第三音楽室では……。
* * *
「念のため確認しますが。最初から……全部聞いてらしたんですよね?」
鏡夜が、準備室の扉に挟まった、
ウサギのぬいぐるみに気付いたのは、
環が第三音楽室にやってきた直後、
環が放り出した学生鞄を床から拾いあげて、後ろを振り向いた時だった。
出来ることなら。
環が扉を開けて中に入ってくるまでに、
ハルヒに対して言ってしまった、自分の醜い言葉の数々は、
彼女以外の誰にも、聞いていて欲しくはなかったけれど、
そうそう自分に都合よく、事が進むはずもなく。
「う、うん……ごめんねえ。出て行くタイミングが掴めなくて」
案の定、光邦から最悪の答えが帰ってきたので、
鏡夜は重々しく溜め息をついた。
さて、どうしたものか。
考えをまとめようした鏡夜は、
歪んだ眼鏡はポケットにあるというのに、
また鼻筋に手を伸ばしそうになって、
自分自身の動作に呆れて首をすくめた。
本当に習慣というのは恐ろしい。
「……見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。ですが……」
落ち着き先の無い左手の指先を、
ただ下に降ろすのは気恥ずかしかったから、
鏡夜は環に殴られた左の頬をそっと触って、顔を歪めた。
殴られた直後よりも、時間が経てば経つほど痛みは酷くなっていく。
口の中で、血の溜まった苦い味がしているから、
殴られた拍子に、多少、切っているのかもしれない。
「ですが……まあ、これで、あのどうしようもない馬鹿でも、
少しは真剣にハルヒのことを考えるてくれるでしょう」
鏡夜は光邦から顔を背けるようにして、
先ほどまで座っていたソファーに歩み寄り、どさっと腰を降ろした。
「全く、毎度の事ながら世話の焼ける奴です」
先ほどの環との喧嘩の中で、
鏡夜が彼にぶつけた言葉の全ては、
裏の思惑はどうあれ、全て鏡夜の本音を映したもので、
決して、環をハルヒへと、けしかけるために、
ありもしない嘘の言葉を並べたものではない。
知り合ってから、おそらく『二回目』といってもいい、環との本気の喧嘩。
「もっとも、ここまでやっても気付かなければ、
俺の殴られ損、ということになりますけどね……」
けれど、全ての真実に蓋をして、
今、光邦に対して、鏡夜は、こんな風に言うことしかできなかった。
あれは全て偽り。
あれは全部、いつものような演技。
自分は単に道化を演じて、
環の心を、ハルヒとの恋愛方面へ、間接的に誘導しているのだと。
虚しい気分を抱えながら、
恋愛に無自覚な環を、皮肉る言葉を連ねてみた。
自分の安っぽいプライドを保つために。
「……鏡ちゃん」
小さく鏡夜の名前を呼んで、
ウサギのぬいぐるみを小脇に抱えたまま、
てくてくと鏡夜の前に歩いてきた光邦は、
ソファーに座る鏡夜の前に立つと、
鏡夜の頭上にすっと右手を伸ばしてきた。
「……?」
何をされるかと思えば、光邦は、ぽんぽんと鏡夜の頭を優しく叩き、
まるで小さな子供を、あやすかのように囁いた。
「鏡ちゃんは……えらかったね」
光邦の穏やかな声が、
プライドで塗り固めようとしていた、鏡夜の心を解していく。
「よく、たまちゃんに言えたね。本当に、鏡ちゃんは……がんばったね」
何かの問題に直面して、解決の道を探して、
最終的に同じ答えに辿りつくとしても、
環が答えを導き出す過程と、鏡夜のそれとでは、
アプローチの仕方が全く異なっている。
鏡夜はありとあらゆるデータをインプットして、
そこからあらゆる可能性を綿密に計算し、
不必要、不合理な部分を潰した上で、一つの結論に達する。
しかし、環の場合は違う。
何のデータもなくても、何の計算もしなくても、
無意識に、その天才的な感覚を発揮して答えに辿り着く。
最初は無謀すぎると、どんなにこちらが呆れても、
振り返れば、それは答えへの最短の道となっている。
自分にはない、そんな彼の『強運』が、時に目が眩むほどに羨ましい。
唯一、環が遠回りな道を、
選んでいるように見えるのは、ハルヒのことだけ。
いつも、何の苦労もなく見つけ出すはずの、
的確な答えへの最短距離への道は、
周りから見れば、かなりはっきりと開けていると言うのに、
何故か環はそれに気付かず、
代わりに蜃気楼が作り出した幻の道を歩いている。
環自身が作り出した『皆の幸せ』という名の砂上の城。
いつまで経っても、その幻が消えないというのなら、
いつかは誰かが言ってやらなければならないことだった。
……砕け散った破片で、どれだけ互いに傷つくことになっても。
「ハニー、先、輩?」
環、お前は、何故、自分の心と向かい合おうとしない?
……お前はとっくに、ハルヒのことを好きなはずなのに。
何故、いつまでも家族設定なんてものを言い続けるんだ?
……自分が何から逃げようとしているか、お前は気付けるはずなのに。
お前は俺とは違う。
……ハルヒの心が受け入れるのは、環、お前のことだけ。
環、お前が自分の心に気付きさえすれば、ハルヒの手を取りさえすれば、
お前は、いくらでも『本当の幸せ』が掴める場所にいるのに。
何故、そのことをいつまでも理解しない?
……俺は……どうしたって……どんなに望んだって……。
彼女をそこへは、連れていけないのに。
「鏡ちゃん。全力で心から大好きになった人に、
自分の気持ちが伝わらなくて、受け入れてもらえなくて、
それでも、その人のことが大好きで、離したくないって思ったり、
その人を諦めるために、さっきみたいに本気をぶつけあうことは、
ちっとも、見苦しくないし、全然恥ずかしいことじゃないよ?」
「……」
鏡夜の気持ちを、何もかも見通しているような言葉に、茫然と目を見開くと、
光邦は鏡夜の前髪をくしゃくしゃと撫でて、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。
「だからね、鏡ちゃん、こういう時は……」
「平気な振りなんて……しなくていいんだよ?」
* * *
続