『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -30- (環&崇)
丁度、準備室のほうに居た光邦は、図らずも音楽室での会話を盗み聞くことになってしまった。
一方、鏡夜と喧嘩して、怒って音楽室を飛びだした環と、南校舎入り口で遭遇した崇は……。
* * *
「あ、あのう、モリ、先輩?」
「なんだ」
「ええと……何故に、俺は、このような所で、
正座をさせられているわけなんでしょう、か?」
環と崇がいるのは、剣道部専用の道場。
板張りの、冬の時期には寒々しいその床の上に、
崇と向かい合って、環は正座をさせられている。
二人が道場に来る少し前。
第三音楽室を飛び出した環は、
とにかく走ることに夢中で、前方をろくに注意してなかったために、
南校舎の入り口を出るところで、人にぶつかってしまったのだが、
その相手が、崇だった。
「大丈夫か、環」
かなり思いっきり体当たりしたというのに、
動揺した素振りを全く見せず、崇が環を助け起こした時、
じーじーという、携帯電話の振動音が微かに聞こえてきた。
自分の携帯電話かと思って、
環が地面から鞄を拾い上げて中を見ようとすると、
その前に、崇がポケットから携帯電話を取り出していた。
「……」
どうやら着信は、崇の携帯へのメールらしい。
黙ってそれを読んだ崇は、なんだか神妙な面持ちで考え込んでしまっている。
「あの、モリ先輩。お久しぶりです。
今日はどうしてここに? ハニー先輩もご一緒ですか?」
いつもなら肩車しているか、隣にいるはずの光邦の姿を探して、
環がきょろきょろと辺りを見回していると、
崇は携帯電話をポケットにしまい、今度は環の顔をじいっと見た。
「……」
「モリ先輩?」
「……」
「あの……って、うわぁ!」
返事の代わりに、崇はいきなり環の腹部に体当たりすると、
そのまま、ひょいっと彼の身体を肩の上に担ぎ上げた。
「え、ちょっと、モ、モリ先輩? あの?」
「話がある」
「は、はい? あ、あの……モリ先輩?
お、降ろしてくださいって、モリせんぱあああい!!」
環の懇願も空しく、
身長180センチを優に越える環を、軽々と持ち上げた崇は、
涼しい顔でそのまま剣道場の方に歩いていく。
そして、今。
二人は、剣道部が使用している道場の床の上に、
向かい合って正座している、というわけだ。
「環」
「は、はい!」
「何があった?」
「……へ? 何が、といいますと?」
正座に不慣れな環とは違い、
崇は背筋をぴんと伸ばして綺麗な姿勢を保ち、
凛として、環を見据えている。
今の崇は私服姿のはずなのに、
和服を着ているような幻が見えてくるから不思議だ。
「お前はさっき、今まで見たことが無い顔をしていた」
「……見たことの、無い、ですか?」
「例えるなら」
崇の眉間に皺が寄り、顔つきが険しくなる。
「まるで、人を一人殺めてきた後のような……」
「って、なんですかそれはっ!」
環は思わず腰を浮かせてしまう。
「人を殺してきたようなって……、
それじゃ、まるでボサノヴァ君じゃないですか。
こんなにも麗しい王子フェイスの俺を捕まえて……」
「……」
環のナルシスト発言にも、
白けているのか、はたまたあまり深く考えていないのか、
崇は無言のままで、その表情の筋はぴくりとも動かない。
環にしてみれば、いつもの軽い冗談のつもりだったのだが、
崇が全く反応を返してくれないので、
恥ずかしさを紛らわすように、卑屈な笑いを浮かべながら、
床に座りなおして……仕方なく、本当のことを話すことにした。
「実は……さっき……ちょっと、鏡夜と喧嘩を、したので」
「喧嘩?」
「もう、あいつとは……口を聞きたくありません!」
びしっと言い切ると、環は真一文字に口をぎゅっと結んだ。
「何が原因だ?」
「……あいつが全部悪いんですよ。
あいつが、ハルヒにひどいことをしようとするから……」
「ハルヒにひどいこと?」
「あ、いえ……」
人に隠し事をするのは嫌いだから、
喧嘩をしたことまでは素直に話すことができたけれど、
鏡夜から言われた事は、思い出すだけでも嫌気がして、
環はぶんぶんっと首を振ると、膝の上の拳を固く握りなおした。
「とにかく、鏡夜は最低の奴なんです。鏡夜とはもう絶交です。
もう、別の大学に行くんだろうが、なんだろうが、勝手にしろって思ってます!」
足元から昇ってくる冬の冷気が、
膝から背中へ、そして肩へと抜けていき、
環はぶるっと身体を震わせた。
吐きだす息が、白い。
「お前が人の悪口を言うとは、がっかりだな」
崇の語調には抑揚がほとんど無いから、
どれほど失望しているのかは分かり辛いが、
口数が少ない分、嘘をつくようなことは絶対にないから、
これは崇の本音の感想なのだろう。
「そ、そうは仰いますけど、モリ先輩」
自分も含め、ホスト部のメンバー皆のことを、
いつも温かく、静かに見守ってくれていた崇に、
「がっかり」なんて発言をされると、心に堪える。
「鏡夜の奴は、さっき、ハルヒを……、
無理矢理にでも自分のものにしたいとか言い出したんですよ!
昨日も、準備室で、ご、強引にハルヒにキスしようとして、
抵抗されたとかなんとか……。
い、いくら、ハルヒのことが、す、好きだからといって、
無理矢理、キ、キスするだの、抱きしめたいだの、
それはあまりにもひどくありませんか?」
自分は理由もなく、鏡夜を批判しているんじゃない。
なんとか、それを崇に分かってもらおうと、
環は結局、鏡夜から言われたことを、全て崇にぶちまけてしまっていた。
「鏡夜がハルヒを好き……?」
勢い良く喋り続けた所為で、呼吸を荒げている環に比べ、
崇は至って落ち着き払っている。
「それは、俺もさっき言われて、初めて知ったんですけど……、
けど、いくら好きだからって、許されることじゃないって、
俺はあいつに、そう言ってやったんです。
そしたら、俺には鏡夜を『責める資格はない』って……、
別にハルヒの恋人でもなんでもないんだからって」
「……」
「俺はハルヒのことが大切で、すっごく大事で、
だから、ハルヒが誰かに傷つけられるのは嫌なんです。
でも鏡夜は……そんなに大事だったら、
告白して堂堂とハルヒを守ればいいとかなんとか言い出して……。
自分のしようとしていたことは棚に上げて、
俺にこんなこと言ってくるのは、鏡夜のほうがひどいと思いませんか!?」
環としてはは、崇に「そうだな」と、
いつものように賛同して欲しかったのだ。
さっきまでの大喧嘩で、
少なくとも鏡夜が、ハルヒに対して本気の感情を抱いていることは分かった。
でも、どんなに鏡夜がハルヒを想っていたとしても、
彼女の気持ちもお構いなしに、無理矢理、傷つけていいはずがない。
自分は至極、正当なことを言っているはずだと、
環には絶対の自信があった。
しかし、環の思惑通りに、崇が頷いてくれることはなく、
「棚に上げているのは、お前も一緒のように俺は思う」
逆に、環が振り下ろした刃を、崇はそのまま環の方に切り替えしてきた。
「一緒って、俺があいつとですか?」
「ああ」
「あんな奴と一緒にしないで下さい!
大体、俺はハルヒにそんなことをしようと思ったことは……」
「一度も無い、と?」
「……」
すぐに崇の言葉を、否定しようと思っていたのに……できなかった。
あることを、思い出してしまったから。
ハルヒに対して、キスをしたいとか、抱きしめたいとか、
思ったことが、本当に、一度も、無い……?
『実は俺……最初、見間違えたんだ』
崇の問いをきっかけに、クリアになる一つの思い出。
それは……かつて、ミシェル王女が、
桜蘭学院に短期留学で滞在されていた時の記憶。
見事なブロンドの髪をした王女の中に、
今は会うことが出来ない母親の面影を、
知らず知らず追っていた自分。
それを、後でハルヒにだけこっそりと打ち明けたら、
ハルヒは俺を馬鹿にすることなく真顔で言ってくれた。
『母の面影を追っているのは自分も同じなんです』
その頃、母は、遠く離れたフランスの地にいて、
会うことは許されていなかったし、どこにいるのかさえ分からなかった。
だがそれは、『今は』出来ない、『今は』会えないというだけで、
いつか一緒に暮らせるときがくると、環はずっと信じて日本で生活してきた。
けれど、ハルヒの母は自分の母の状況とは違う。
ハルヒが幼い頃に亡くなっていて、
どんなに願っても、もう二度と会えない遠い遠い所へ行ってしまっていた。
なのに、いつか会える可能性がある自分が、
二度と会えないハルヒの前で、母への想いに感傷的になるなんて、
母親を既に失っているハルヒに、なんて失礼なことだと、
彼女の答えを聞いて、はっと気が付いた。
だから、俺はものすごく後悔した。
俺の浅はかな言葉が、ハルヒの心を、
ハルヒのお母様への思い出を、傷つけてしまったんじゃないかって。
このとき、本当に後悔した。
でも……彼女は、自分が思っていたよりも、ずっと強い人で。
『引いたりなんかしないです。笑ったりなんかできません』
無遠慮なこちらの言葉を、少しも責めることなく、
そう言ってくれた彼女の強く綺麗な心。
『先輩は、ちっともおかしくなんかないです』
最後にそう言って、優しく微笑んでくれた彼女の表情に、
自己嫌悪で落ち込んだ気分は、一気にどこかに押し流されて、
心の中がふわりと温められていくのが分かった。
自然と涙が溢れてきそうなほどに。
そうだ。あの時に、俺は感じたじゃないか。
いつもの、ホスト部でじゃれあってる時みたいに、
ハルヒのことを『娘みたいだ』って可愛く思って、
父親として子供に構う……みたいな気持ちじゃなくて、
ハルヒから優しい言葉を返された、あの瞬間の俺は、
自分が父親だとか、ハルヒが娘だとか、そんなことは一切考えてなかった。
ただ、ハルヒ、君の……。
その柔らかい髪に、手をのばして触れたくなって、
その小さな肩を、ぎゅっと抱きしめたくなって、
その薔薇色の頬に、優しいキスを贈りたくなった。
ハルヒ、君への愛しさが溢れすぎて。
……そうだった。
鏡夜がハルヒのことを考えずに、一方的で強引な行動をとるだとか、
それに対してハルヒの気持ちがどうなのかとか、
そんなことを非難する前に、俺自身、あったじゃないか。
ハルヒにキスをしたいと思ったこと。
彼女を抱きしめたいと思ったこと。
初めての感情に戸惑った挙句、
『俺はお父さんなのに』と、変に穿って考えてしまったけれど、
ちゃんとあの瞬間の、自分の心に立ち戻って考えてみれば、
あれは全然……『父親としての行動』じゃなかった。
あの時、俺の中に芽生えた、
大切な大切な彼女への、とてもシンプルな感情。
それは……。
さっき、鏡夜が俺にぶつけてきた心と、一体何が違うというのだろう?
* * *
続