『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
ハルちゃんと……鏡ちゃん……?
そっか。もうお昼休みになったんだ。
お菓子を物色することに夢中になっていたせいで、
いつの間にかチャイムを聞き逃してしまっていたらしい。
腕時計を見て時間を確認した光邦は、
ぬいぐるみが挟まった分、僅かに開いた準備室の扉の近くにしゃがみこんで、
扉の向こう側の二人の様子に聞き耳を立てた。
「……昨日の今日だし、てっきり俺に怯えているのかと思った」
「そ、そんなことはないですよ。
あれが、鏡夜先輩の優しさだってことはちゃんと分かってますから」
扉の隙間からは二人の姿は見ることはできなかったが、
二人の会話ははっきりと聞こえてくる。
そういえば、ハルちゃん。昨日スーパーで、
鏡ちゃんに「ごめんなさいする」って言ってたっけ。
「あの……昨日怪我をさせてしまったお詫びに、
鏡夜先輩の分のお弁当を作ってきたので、良かったらどうぞ」
「お前が……俺に?」
ふうむ。
鏡ちゃんにハルちゃんが昨日、怪我させちゃったのか。
でも、どうしてそんなことに……。
こんなところでこそこそ隠れて、二人の話を聞いているなんて、
本当は、とても良くないことで、今すぐ止めたかった。
けれど、最初に二人が入ってきたときに、
さっさと外に出ていかなかった分、
時間が立てば立つほど、自分がここにいると言い出しづらい雰囲気になっていく。
さらに。
「ハルヒ、鏡夜……お前達……一体、何を……しているのだ?」
扉を開ける大きな音がして、
今度は誰かが入ってきたかと思えば、
環の、ひどく狼狽した声が聞こえてきた。
ハルヒと鏡夜が二人でいるところへ、環が現れたことで、
事態はなんだか、どんどん悪化しているようだ。
ああ……僕、どうしよう。
ハルヒが音楽室を出て行ったあと、環と鏡夜が険悪な様子になって、
次第にエスカレートしてく二人の口論を、
一枚扉を隔てたこちら側で、一人聞いているのは心が痛い。
気配を殺しつつ、いつ出て行こうかタイミングを計っていた光邦は、
ジャケットの左ポケットの中に入れた携帯電話のランプが、
ちかちかと点灯しているのに気がついた。
講義中のサイレントモードを解除していなかったせいで、
すぐには気付かなかったが、何度か崇から着信があったようだ。
そして、最後に一通メールが入っている。
『食堂にいる。光邦は、まだ第三音楽室か?』
ど、どうしよう。
たまちゃんと鏡ちゃんが、本気の喧嘩を始めちゃった……。
扉の隙間からは、
二人の、互いを容赦なく罵り合う声が飛び込んでくる。
光邦は慌てて親指で文字を打った。
『たかし たいへん たまちゃんときょーちゃんが ぶしつで けんか』
帰ってきたメールは、とても短いものだった。
『一体何が?』
再びメールを送ろうとしていた光邦の耳に、
どさっと何かが倒れるような音と、
小さなものが床の上に転がるような音が聞こえた。
今の、何の音?
メールを打つ手を止めて再び向こうの様子を伺う。
「見損なったぞ、鏡夜!
お前はハルヒにそんなことをしようと思ってたのかっ!」
たま、ちゃん……?
環が本気で怒ったところは、
ホスト部で活動している中でなんどか見たことがある。
けれど、こんなにも怒りに満ちた環の声は初めてで、
しかもそれが、鏡夜に対して発せられているのだ。
「まさか……急に殴られる……とはね」
え?
まさか、たまちゃんが、鏡ちゃんを殴ったの?
返信が遅かったからだろうか、
光邦のメールを待たずに崇から再びメールが入る。
『そっちへ行く』
その頃には、隣の部屋の二人の様子はもう大荒れで、
ここで自分が出て言っても、およそ手が付けられそうにない。
「お、お前の指図は受けん!」
「おい! 環!」
ガタン。バタン。
一際、大きな環の声が聞こえ、
音楽室の扉を開け閉めする、荒々しい音がした後は一転、
ぴたりと全ての音が止み、不気味なほど静かになってしまった。
おそらく、環は出て行ってしまったのだろう。
けれど、鏡夜はまだ、そこにいるはずだ。
『たまちゃんが きょうちゃんを なぐって でてっちゃった』
と、ここまで打ってから、
なんとか崇に環を引き止めてもらって、
音楽室に連れて帰ってきてもらおうと、
光邦が更に文章を入力しようとすると……。
「……さて、これで見世物は終了、なわけですが。
そろそろ出てきても構いませんよ。ハニー先輩」
「ひゃっ!」
自分がここに居ることは、全然気付かれていないと思っていたのに、
いきなり鏡夜に名前を呼ばれたので
光邦は携帯電話を落としそうになり、
それを掴んだ拍子に、送信ボタンを押してしまっていた。
気付かれているのなら、隠れていても仕方がない。
やむを得ず光邦は、扉に挟まって足元に転んでいた、
うさぎのぬいぐるみを拾い上げ、おずおずと準備室の扉を押す。
「な、なんだ、鏡ちゃん。僕がいることに気付いてたの?」
扉の陰からそうっと顔を出すと、
鏡夜が腕組みしながら無表情にこちらを見ている。
「……鍵が、開いていましたからね」
「ここの鍵は俺が管理しているはずなのに、
俺が来る前に鍵が開いていたのは何故なのかと、少し疑問に思ってたんです。
ハニー先輩、お一人ですか。モリ先輩は?」
鏡夜の左頬は痛々しく腫れあがっている。
環は、かなり本気で鏡夜を殴ったらしい。
「崇は剣道部の道場のほうへ行ってて……、
で、でも、どうして開けたのが僕だって分かったの?」
鏡夜は眼鏡をしていない。
殴られた拍子に壊れてしまったのだろうか?
「流石に、ハニー先輩やモリ先輩のように、
見えない場所に隠れている人の気配を読む、
なんて人並みはずれた芸当は、俺にはできませんからね。
最初から気付いてたわけじゃないんですが……、
途中で、扉の隙間からぬいぐるみの耳が見えたもので」
「あ、あはは、そっかあ、あ、あのね、僕……」
「念のため確認しますが」
あくまで先輩に対する発言として、
感情を抑えた丁寧な物腰にも関わらず、
鏡夜の問いかけには、恐ろしいほどの迫力があった。
「最初から……全部聞いてらしたんですよね?」
* * *
続