『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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今年の三月、桜蘭学院高等部を、
主席と次席でそれぞれ無事卒業した光邦と崇は、
そのまま内部進学システムに乗って、大学部へ進学していた。
もっとも、一緒に大学部に進学したとはいっても、
崇のほうは文系の法学部、光邦は理系の理工学部に入学したから、
普段は別々の建物で授業を受けていて、
一般教養科目と外国語科目くらいでしか、同じ講義を受けることはない。
この日、一限、午前九時から行われた「コミュニケーション論」の授業は、
そんな二人が同じ講義を受講する数少ないものの一つだ。
別に、事前に示し合わせて、
同じものを取ろうと思ったわけではない。
履修登録時に、何の講義を選択するのか光邦が崇に確認したところ、
この一般教養科目が奇しくも重なることになったのだ。
何の相談がなくても、二人が、
「コミュニケーション論」を聞きたいと思ったのは、
多分、環が二人をホスト部に勧誘したことが原因かもしれない。
ホスト部で過ごした二年間は、
沢山の素敵な出会い、沢山の興味深い人との関わりがあって、
それはこれから生きていくにあたって、かけがえのない経験だったのだと思う。
だから、この授業に崇と一緒に出席する度に、
光邦は桜蘭学院での楽しかった部活動を思い出してしまう。
……人は「私」というただ一つの存在であるように思えても、
他者と関わる場面においては、
常に同じ「私」がそこにいるわけではない。
ここで、国民的な漫画である「サザエさん」を例に考えてみよう。
「サザエさん」の主人公「サザエ」は、
お魚くわえたドラ猫を、裸足で追っかけていくような、
ちょっぴりおっちょこちょいの、
ユーモア溢れる快活な女性に描かれている。
しかし、サザエさんの「私としての個性」は、
その性格ひとつに現されるものではない。
フネやナミヘイに対しては「娘としてのサザエ」がいて、
マスオに対しては「妻としてのサザエ」がいて、
カツオやワカメに対しては「姉としてのサザエ」がいて、
タラちゃんに対しては「母としてのサザエ」がいる。
このように、人は他者と関わる際に、
たった一つの固定した「私」という存在を現すのではない。
常に、「他者に対しての自分」という、
場面場面に応じた「特別な私」を現すのである。
言い換えれば、人は、自らの内に、
人生の上でおよそ関わっていく他者の数だけの「私」を抱え、
ある「他者」に対して、どの「私」であるべきか、
「その他者にとっての自分の位置」を模索し続ける。
そして、他者との間に存在する多くの「私」という性格が、内側に反射されたとき、
「他者」とは異なる、たった一つの存在である、「私」という人格が形成される。
それが、コミュニケーションの一つの意義なのである……
「今日の『サザエさん』の話は面白かったねえ」
比較的後ろから埋まることが多い大講義室の、
一番前、教壇向かって左端の席に並んで座って、
熱心に講義を聞いていた光邦と崇は、
定刻通りに一限目が終了すると、直ぐに桜蘭学院高等部へ向かっていた。
「この間、桜蘭祭に顔を出して以来だから、二ヶ月ぶりくらいかなあ?」
「ああ」
「皆に会うの、楽しみだね! 崇」
「ああ、そうだな」
大学部ともなると規模が大きいため、
キャンパスは高等部以下の敷地とは、やや離れたところに置かれている。
お昼休みに合わせて到着して、
ホスト部の後輩たちとおしゃべりしたいと考えていた二人だったが、
十時半も過ぎた頃になると、道路の混雑もそこそこ緩和しつつあって、
二人の乗った車は幹線道路をスムーズに抜けることができ、
十一時を少し回った頃には、桜蘭学院に着いてしまっていた。
「ちょっと早く着いちゃったね。食堂は十二時からだし。
まだ、皆、授業中だよね。どうしよっか。第三音楽室にでも行ってみる?」
ロータリーで車から玄関前に降りた光邦は、
続いて降りてきた身長差40センチある、
自分より遥かに背の高い従兄弟の顔を見上げた。
「そうだな……」
最初、自分の提案を肯定したのかと思っていた崇の視線は、
しかし、第三音楽室のある南校舎の方には向いていなかった。
「あ、そっかあ。久しぶりだから道場のほうも見てきたい?」
「まあ、少し」
その方向に、剣道部の道場があることを思い出して、
光邦がそう尋ねると、崇は短く答えて頷いた。
「じゃあ、事務室から鍵借りてこよう」
昨年度の卒業生の中でも、学年主席と次席を張っていた二人は、
教員や事務員からも覚えがいい。
高等部を卒業した以上は、一応、部外者であるにも関わらず、
事務室であっさりと第三音楽室と剣道場の鍵を貸し出してもらった光邦は、
道場の鍵を崇に手渡した。
「じゃあ、僕は第三音楽室に行ってるね。
お昼になったら皆に会いに食堂にいってみよ!」
「ああ、分かった」
剣道場へ向かった崇と分かれ、光邦は一人南校舎へ向かった。
南校舎には、教室としては使用されていない第三音楽室をはじめ、
使用頻度の高くない特別教室が多いから、
光邦が第三音楽室へ続く廊下を歩いていっても、物音一つ聞こえてこない。
カチャ。
そういえば。こうして僕が鍵を開けるのは、
二年生の研修旅行で、たまちゃんと鏡ちゃんが留守にしていたときくらいだっけ。
第三音楽室の扉の鍵を開けて中に入った光邦は、
久しぶりの音楽室からの眺めや、
変わっていない懐かしい調度類を見ていたが、
会話する相手もいないので、次第にやることがなくなって、
ソファーにちょこんと座って、
うさちゃんのぬいぐるみを抱っこして足をバタつかせながら、
しんと静まった音楽室をきょろきょろと見回した。
うーん。ちょっと……お腹空いたかな?
何かお菓子とか……ないかなあ?
仮に菓子類があったとしても、
もはや部外者の自分が食べてはいけないはずなのだが、
後で返せばいいよね、などと不謹慎なことを考えながら、
光邦はうさちゃんの人形を抱えて準備室の中に入っていく。
そして、手馴れた素振りで、
菓子類を保管してある戸棚を物色してみたが、
やはり、この時期は部活動が無いからか、
紅茶のストックがあるだけで、クッキーやチョコレートや、
ましてケーキといった光邦が望むものは一切見当たらなかった。
……パタン。
がっかりした気分で戸棚を閉め、
空腹のお腹を押えて音楽室へ戻ろうとすると、
表の扉を開け閉めする音が聞こえてきた。
『……鏡夜先輩?』
あ、ハルちゃんの声かな?
やっと話相手ができたと笑顔になった光邦は、
準備室の扉を開けようとした。
その時。
「ハルヒ、待たせたな」
「ひっ。きょ、鏡夜先輩。あー、びっくりした」
「何をそんなに驚く?」
僅かに開いた扉の隙間から、
鏡夜の声も聞こえてきたことに驚いた光邦は、
ドアの取っ手から手を離してしまい、
抱えていたうさちゃんを足元に落としてしまった。
けれど、それが準備室の扉の隙間に挟まったために、
光邦が手を離しても、ドアは僅かに開いたまま、
閉まらなかったことが幸いして、
がちゃがちゃとした音を立てずに済んだ。
どうやら二人はこちらに気付いていないようだ。
「いえ、鍵が開いていたので、
てっきり、もう中にいるのかと思ってまして……、
急に後ろから声がしたから驚いてしまいました。すみません」
「……なるほど」
ハルちゃんと……鏡ちゃん? どうして二人が……?
* * *
続