『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -27- (鏡夜&環)
ハルヒを独占しようとは思わない。けれど、彼女を誰にも傷つけられたくない。相反するに気持ち混乱して、
第三音楽室を飛び出した環は、外で意外な人物に遭遇する。一方、鏡夜は……。
* * *
目の前に愛しい彼女の姿があったから、
その手を、思わず握り締めてしまったけれど、
俺は、その手をちゃんと離してやるつもりだった。
あと少し、ほんの数秒でいいから、
環が音楽室の扉を開けるのが遅ければ、
俺はハルヒから手を引いて、いつものように取り澄ました顔で、
お前達を後ろから見守っているつもりだった。
抑えつけても、抑えつけえも、何度も噴き出そうとする感情を、
無理やり理性の重さで押し戻して、
一生、心の底に閉じ込めることになっても。
すぐには埋めることの出来そうにない心の隙間を、
突き抜ける寒さに身を切られそうになっても。
自分は彼女のことを諦めて、手を離し、
環の下へその背中を押してやるのだと、
その気持ちに、決して偽りはなかった。
もっとも、今となっては。
果たして本当に、手を離すことが出来たかどうか。
全く、自信は無いけれど。
「ハルヒ、鏡夜……お前達……一体、何を……しているのだ?」
ついに環に見られてしまった。
虚構の仮面を被りなおす前の、俺の素顔。
一年前の夏の夜は、なんとか誤魔化すことができた。
あの時は未だ、自分の中にも、
ハルヒに対する特別な想いが芽生えたばかりだったし、
なにより環と目を合わせることなく、部屋の外に出て行くことができたから。
だが、今回は、お前は気付いただろう?
扉を開けた、あの一瞬。
視線が交差した、あの一瞬。
「鏡夜……お前、ハルヒに何を……?」
環。
お前の顔から笑顔が消えたあの瞬間、
お前は全てを見抜いてしまっただろう?
『だって、現状に全然満足してないって目だろ? ソレ』
昔、同じように俺の心を暴いてきたお前なら。
「さっきお前はあんな目でハルヒを見て、ハルヒの手を握って、
一体ハルヒに何をしようとしてたんだ!」
一度、気付かれてしまったら、
もう、お前を誤魔化すことはできない。
だが。
自分自身の気持ちを、まだ何一つ分かっていない奴に、
いや、分かっていないのではなく、分かろうとさえしてない奴に、
俺のことだけ見抜かれるのは気に入らない。
「何を、ねえ……」
どうせ、心を曝け出さなければならないのなら、
俺がハルヒに対して抱いていた感情の、
もっとも醜い部分を、敢えて見せてやることで、
この馬鹿に分からせてやるしかない。
環、お前の中にも、俺と同じように、
ハルヒに対して熱く激しい想いがあるんだってことを。
「一年前も、今も。お前がもう少し遅かったら、
俺はハルヒにそれ以上のことをしていた、かもな?
力ずくでも……ハルヒを手にいれるために」
かなり踏み込んだ発言に、環の顔色が明らかにおかしくなって、
やっと、この鈍感な男も何か察したのかと、鏡夜が考えていると、
「鏡夜……お前と言う奴はっ!」
環の怒鳴り声と共に左頬に衝撃を覚え、
鏡夜は、そのまま背中から床に倒れされてしまった。
目の前がぎらぎらとした銀色の光に浸食され、
暫し、他の色は何一つ見えなくなって、
背中の痛みと共に徐々に視界に映像が戻ってきて、
ようやく鏡夜は、自分が環に殴られたことを認識した。
「見損なったぞ。お前はハルヒにそんなことをしようとしてたのか!」
見損なう、だと?
この馬鹿は、自分の無自覚さは差し置いて……。
「俺はお前とは違う。俺は本気でハルヒが好きなんだ。
その相手を自分のものにしたいと考えて、何が悪い!
ただの『父親代わり』を気取ったお前に、俺を止める権利があるか?」
ああ、苛々する。
『俺はハルヒの父親代わりなんだから』
何時までも父親気分から抜け出さないでいる、
環、お前の天然無自覚ぶりも。
『環先輩が大事なことを考えようとしているときに、
余計な負担はできるだけ少なくしてあげたいじゃないですか』
将来の夢に突き進むお前のことを考えて、
ハルヒがお前への気持ちを打ち明けないでいるのも。
『鏡夜先輩が敢えて他の大学を選ぶ本当の理由は、
あの二人のことを傍で見ていたくないから、なんじゃない?』
お前達二人の関係が、どうなるのか心配して、
変にこちらの気持ちまで勘ぐってくる馨の言葉も。
その全てが腹立たしい。
俺がずっと育ててきた想いは、昨日、
ハルヒに見事なまでに拒絶されてしまった。
お前が好きなのだと、お前の進んでいく姿が見たいんだと、
ハルヒはとっくに自分の気持ちに気付いてる。
気付いてるが、今はお前のためにそれを明かす気はないんだという。
本当なら、ハルヒの気持ちを、
さっさと環に教えてやるのが一番手っ取りばやい。
だが、それは俺の口からは言わないというのが、
彼女との大切な約束だから。
「何が、お父さんと娘だ。何が家族設定だ」
環、お前がこうも無自覚に、
そのハードルを越えようとしない理由。
「お前が何に遠慮してるかは分からんが」
本当はとっくに歪んでいる鏡面に、
映りこんだ歪な幸せの虚像を、
それでもそれが理想なのだと信じ込んで、
変わらず眺め続けようとする、お前の願い。
俺は、お前の母親への想いや、
皆を幸せにしたいという想いが、
とても強いものであることは知っている。
確かに、お前の無自覚には苛立つが、
お前には叶えたい願いがあるから、
そのために、今のこの『偶像』をなかなか壊すことができない、
ある種トラウマと言ってもいいのかもしれないが、
そのお前の気持ちを、俺は理解していないわけじゃない。
だから、俺がその役になってやろう。
「お前は俺を本気で殴るくらい、
お前はハルヒのことを大切に思ってるんだろう?
だったら、父親だの娘だの、そういう言葉で誤魔化さずに……」
お前が自分の本当の姿を、
未だに見えていないというのなら。
「さっさと告白でもなんでもして、ハルヒをお前のものにして、
堂堂とあいつを守ってやったらいいだろう!!」
この俺が、お前の代わりに壊してやろう。
お前の心を映している……この偽りの歪んだ世界を。
お前の望む、理想の幸せ。
それを、実現しているようににみえる俺達の『今』の関係。
そこに敢えて杭を打ちこむ俺の姿を、お前に間近で見せて、
今のこの世界は、お前が望むような『本当の幸せ』ではないんだと、
その真実をお前に悟らせてやろう。
「お、お前の指図は受けん!!」
しかし、鏡夜の思惑とは裏腹に、
鏡夜の剥き出しの感情が強すぎた所為か、
環は明確に答えを出さずにそう叫ぶと、
音楽室の外に逃げるように走り去ってしまった。
「おい、環!」
鏡夜の制止も聞く様子もなく、
環の走り去る足音は、扉の向こう側に消える。
「……」
しばらく、気が抜けたように扉を見つめていた鏡夜は、
殴られた衝撃で、ぐらぐらとする意識をはっきりさせようと、
微かに左右に首を振った。
「たくっ……あの馬鹿が」
よろめきながら立ち上がり、床に転がった眼鏡を拾う。
「……思いっきり……殴りやがって……」
すっかり歪んでしまったフレームをみて、
眼鏡をかけることを諦めた鏡夜は、
眼鏡を制服のポケットにしまいこむと、
環が去った入り口をは反対側、
第三音楽室の奥、準備室へ向かう扉の方に顔を向けた。
眼鏡を外した、ややぼけた視界の中でも、
準備室の扉が僅かに開いているのは分かる。
「……さて」
鏡夜はその扉に向かって、いきなり声をかけた。
「これで見世物は終了、なわけですが」
喋りながら、いつもの癖で眼鏡の位置を直そうとして、
左手を上げかけた鏡夜は、
そんな自分の動作に、ふっと笑みを零しつつ、
手持ち無沙汰になった腕を組みなおして、言葉を続けた。
「そろそろ……出てきても構いませんよ。ハニー先輩」
「……ひゃっ!」
名前を呼ばれた瞬間に小さな悲鳴が上がって、
準備室の扉がゆっくりと開いた。
「な、なんだ、鏡ちゃん。僕がいることに気付いてたの~?」
扉の後ろから、そろそろっと顔を出したのは、
トレードマークのうさぎのぬいぐるみを抱え、
ばつが悪そうに不自然な笑顔を浮かべている光邦だった。
* * *
続