『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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以前、鏡夜の婚約者騒動が起きた時、
鏡夜に婚約者がいることを、教えてもらってなかったことが悲しかったのか、
それとも、そういう相手が鏡夜に既にいるということ自体に驚いたからか、
本当の理由はどちらなのか、今もよく分からないけれど、
ものすごいショックを受けたことは覚えている。
結局、それは単なる相手の思い込みで、
そのあと鏡夜には浮いた話の一つもなかったし、
鏡夜自身の様子も、鳳の家のことや、
ホスト部で環のフォローをすることばかり気にかけて、
恋愛事には取り立てて関心がないように見えた。
だから、親友同士なら恋の話の一つもするのが普通だろうが、
環は、鏡夜に対してその辺りのことを、
今まで突っ込んで聞いてみたことはなかったし、
もちろん鏡夜から、その手の話題を振ってきたこともなかったと思う。
でも、今、鏡夜ははっきりと言った。
「俺はハルヒを本気で愛しいと想ってる。他の誰にも、渡したくない」
いつもみたいな迂遠な言い方じゃない。
環の目を見つめながら、ストレートに気持ちをぶつけてきた。
しかも。
鏡夜のハルヒに対する愛しいという感情は、
つい最近芽生えたものではないと。
「それは、本当なのか? 一年前から……今まで……ずっとハルヒのことを?」
後輩でもなく、ホスト部の仲間としてでもなく。
ただ一人の大切な女性として。
鏡夜はハルヒのことをずっと想っていたというのか?
この一年もの間、この俺に気付かせることなく?
「そんな……」
鏡夜がハルヒに、ある程度の「好意」を持っていることは分かってた。
鏡夜は心を許さない人間には、極めて丁寧な物腰でしか接しないのに、
ハルヒに対しては早々に、その仮面を剥いでいたんだから。
でも、それが何時の間に恋愛なんてことになってたんだ?
余りのショックに、ますます気分が悪くなってきた環は、
こみ上げてくる吐き気に、右手で胸を押さえた。
全ては。
何事も無く終わっていたと、環が思い込んでいた、
一年前の夏の日の夜から始まっていた事だと気付かされて。
『俺がどういう気持ちでハルヒと一緒にいたか、
当事者である俺に聞きもせずに、周りの奴らの言うことだけで、
本当にそれでお前は全て分かった、と?』
他人の言葉からは、決して真実は導けないことを、
俺は十分に知っていたはずだ。
他人が他人のことをどう評価するのかは重要じゃない。
むしろ、その人自身がどう考えているのか、
その気持ちこそが一番大切なもので、
何にも代えがたい真実だって、俺はちゃんと知ってる。
なのに。
『何故、聞いてこなかった?』
どうして、分かったなんて思い込んでいたんだろう。
どうして、俺は鏡夜になにも聞かなかったんだろう。
『あの時は、俺の行動を放置していたくせに、
今になって俺を責めるのは、一体どういう心境の変化だ?』
鏡夜の疑問は、そのまま環自身の疑問に摩り替わる。
自分でも分からない。
あの時のことを無意識に避けてた理由も。
さきほどの鏡夜の行動に、こんなにも苛立っている原因も。
自分の心が、分からなくなってしまった。
「お前がぐずぐずしているから、いけない」
「……俺が、悪いだって?」
「俺に対して、お前は何も聞いてこないし、
かといってハルヒに対して、何か行動を起こすわけでもない。
何時までも父親だの娘だの言って、
お前がぐずぐずしているから、俺は我慢できなくなったんだよ」
「ぐずぐずって……だって俺はっ!」
皆が家族みたいに、温かく仲良く過ごして、
笑い合って過ごせれば、そしたら皆が幸せになれると思って。
皆が幸せなら俺も幸せだし。
幸せなら心から笑うことができる。
「皆で楽しく過ごせたら、それが……一番の幸せだって……、
それだけを思っていただけで……。
そのことは、鏡夜だって分かってくれていることだろう?」
自分が日本で楽しく幸せにしていれば、
離れ離れになってしまった母のことも悲しませずに済む。
それが、環の実現したい一番の願い事であったことは、
鏡夜なら理解してくれているはずだった。
今まで幾度と無く、環の母親のことについては、
心を砕いてくれていた鏡夜なのだから。
なのに、どうしてこんなにも、鏡夜はこんなことを俺に言うのだろう。
「俺が昨日……この怪我をした本当の理由を、教えてやろうか?」
自然と俯いてしまっていた環の目の前に、鏡夜がすっと右手を出した。
痛々しく包帯が巻かれているその手を。
先ほどハルヒの腕を捕らえていた右手を。
「それは……さっき、ハルヒが『お前に怪我させた』って言ってたが……、
一体、昨日何があったのだ?」
「昨日、お前が無責任に帰った後、
双子達もミーティングが中止と聞いてすぐに帰ってしまってね。
俺が一人残ってデータをまとめてるときに、
ハルヒが遅れて準備室にやってきたんだ」
鏡夜がちらりと準備室の方に視線を動かした。
「ってことは……昨日、ハルヒとお前は二人きり、に?」
「いつもはお前が鬱陶しいくらいに傍にいるから、
ハルヒと二人きりになれる機会なんてそうないだろう?
だから俺はハルヒに……俺の気持ちを打ち明けた」
心臓が痛い。
どくどくと、徐々に早まる鼓動に、
身体が内側から蝕まれていくようだ。
「それで、ハルヒはお前に……なんて……答えたんだ?」
指先から背筋に掛けて、ぞっと鳥肌が立つ。
「余りに唐突だったから、ハルヒも本気と受け取ってくれなくてね」
鏡夜は左手の人差し指で、
両目の間の眼鏡のブリッジをすっと押し上げた。
「だから俺は実力行使に出ることにした」
「実力……行使?」
「ハルヒの答えを聞く前に、俺はハルヒを押さえつけて……」
鏡夜の左手がゆっくりと降ろされて、
怪我をした右手の甲を握る。
「無理矢理、ハルヒにキスをしようとして、
その時に抵抗されて、この傷をつけられたんだよ」
鏡夜が、ハルヒを押さえつけて?
「なん……だと……?」
無理矢理、キスをしようと、した?
「無理矢理って、鏡夜、お前、それは本当のことなのか!?」
何かの聞き間違いか、性質の悪い冗談かと思った。
いつも冷静な鏡夜が、まさかそんなことを、しかもハルヒにするなんて。
とても信じられなくて、嘘だと思いたくて、環は半信半疑で聞き返したのだが、
鏡夜は取り澄ました顔で、左手で右手の包帯を摩っている。
「じゃ。じゃあ、さっきのあれも、お前は……、
は、ハルヒに、キ、キ、キスをしようと……?」
「それだけで済んだ、とは思えんがな」
「……え?」
鏡夜がハルヒの手を握り、
二人が長椅子の上、絡み合って倒れていて、
鏡夜は環を見て、表情を強張らせた。
その全ての状況に怒りを覚えて、身体が熱くなって。
一年前のあの日から、鏡夜はずっとハルヒのことが好きで、
昨日ハルヒと二人きりになって、
鏡夜はハルヒに思いを打ち明けた。
その全てに衝撃を受けて、心が握りつぶされそうで。
「どういう……意味だ?」
感情の糸が切れそうになる。
鏡夜の想いが、環の心を、
今まで気付きもしなかった未知の方向へ引きずって行く。
環の気持ちなどお構い無しで。
そして、環の理性を繋ぎとめる糸が、
どんどんと細くなって、次第にほつれていく。
今にも、引き千切られてしまいそうに。
それでも、なんとか最後まで、冷静に話を聞くんだと、
自分の心を懸命に宥めていた環を、鏡夜がせせら笑った。
「くく……だから、お前は、間抜けだというんだ」
環が、自分の怒りの原因を理解よりも早く。
「一年前も、さっきも、お前がもし俺たちの前に現れなかったら……」
鏡夜の言葉が、環の弱りかけた理性に襲いかかる。
「俺はハルヒにそれ以上のことをしていた、かもな?
力ずくでも……ハルヒを手にいれるために」
それが最後の一撃だった。
その言葉を発端に得体の知れない黒々とした気味の悪い熱が、
環の胸の奥で一気に爆発して、体中に蔓延していく。
そして、その激しく渦巻く感情の炎が、
「鏡夜……お前という奴はっ!!」
解れかけた糸を……完全に焼き切ってしまった……。
* * *
続