『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -23- (環&鏡夜)
ハルヒの手を握りしめていた理由を、『母と娘』という家族設定ではぐらかそうとする鏡夜に、
環がなおも食い下がると、鏡夜は一年前にも同じことがあったと言い出して……。
* * *
鏡夜の視線が、環の心を容赦なく突き刺してくる。
「まさか『覚えていない』なんて言わないだろうな?」
さっきまでの状況を考えれば、
追い詰められるべき立場は鏡夜のはずだ。
なのに、凄みの聞いた鏡夜の言葉に、
環の気勢は殺がれてしまいそうになる。
「一年前って……ホスト部のイベントか何かで……?」
負けてしまわないように、鏡夜をじっと睨み返しながら、
鏡夜の言う『一年前の事』を思い出そうと、
環は自分の記憶の奥底を浚ってみる。
「そうだが」
鏡夜があまりにもこちらを見下した態度なので、
環は、なんとしても自分で気付いてやるんだと、
必死で記憶の水底から記憶の断片を掬い上げてみたのだが、
その殆どが、キラキラとした楽しい思い出ばかりで、
鏡夜の言っている「同じようなこと」が何なのか、全然思い当たらない。
「忘れてるとは意外だったな。
あれは、お前にとっては大した事じゃなかったのか。
それとも、俺なんかの行動は、歯牙にもかけていないということか」
こちらがわかっていないのを承知で、
はっきりとした言葉を使わない……もったいつけた鏡夜の態度。
「もったいぶった言い方は止めてくれ。一体、鏡夜は何を言いたいんだ!」
こんな鏡夜は、あまり好きじゃない。
「……」
黙ったまま、しばらくの間、環は鏡夜と睨み合っていたのだが、
「……海に……行っただろう?」
根負けしたのだろうか、鏡夜が先に口を開いた。
「海?」
「去年の夏に、お前が突然言い出して、
ホスト部で海に行ったことがあっただろう。
その時のことだ。本当に覚えていないのか?」
「ホスト部で海にって……あっ!」
鏡夜の台詞で、ようやく環の記憶の底から、
一年前の夏の日のイメージが浮かび上がってきた。
去年の夏。
難関の奨学生試験を通り、折角希望の高校に入学したというのに、
何事にも無関心な様子のハルヒに、
もっと学院生活を充実したものにしてもらいたくて、
ハルヒが『海は好きだ』と何かの拍子に言っていたのを聞いた環は、
ハルヒにもっとホスト部の活動を楽しんでもらおうと、
皆で海に行く計画を立てたのだ。
しかし、楽しいはずの海への旅行も、
その日、昼間にハルヒが少々無茶をしたことを環が本気で怒った所為で、
ハルヒと環の間で大喧嘩が勃発した。
夕食時になっても、ぎくしゃくとしたまま、
ハルヒとは上手く喋れなかったから、
不貞腐れた環は、早々に自分の部屋に行って寝てしまおうと考えた。
けれど、食堂を出て、シャワーを浴びて部屋で独り横になっても、
全然寝付くことができなくて。
仕方ないので、鏡夜と話をして気を紛らわせようかと、
日焼け用のローションを借りることを口実に、環は鏡夜の部屋に行ったのだ。
その時、事件は起こった。
「ホスト部で沖縄に行った時……夜、お前の部屋で……?」
「なんだ。トリ頭かと思っていたが、ちゃんと覚えてるんじゃないか」
腕組みしながら、鏡夜は薄ら笑いを浮かべている。
唐突に鏡夜が『一年前』なんて言い出すから、
咄嗟には思いつかなかったけれど。
雷が鳴り響いた夏の嵐の夜。
鏡夜の部屋を訪ねた環が、ノックもせずにドアを開けたら、
何故か明りの消えた室内で、
鏡夜とハルヒが二人きりでいるところに出くわした。
「だ、だが、あの時は何でも無かったじゃないか」
今さっき、鏡夜は『同じようなことがあった』と表現したけれど、
あの夏の日、二人が一緒にいのは、
単なる偶然が重なっただけの出来事だったはずだ。
「ハルヒだって、別に何もなかったって言っていたし、
お、お前だっていつもの調子で、俺に馬鹿とか言って出て行って、
それに、後で皆に話を聞いたら、
夕食でハルヒがカニの食べ過ぎで気持ち悪くなったから、
トイレを探して、お前の部屋に咄嗟に駆け込んでしまっただけだって……」
「……らしくないな」
鏡夜は口元に、笑みこそ浮かべていたけれど、
その目は全然笑っていなかったから、
むしろ環には、彼が怒っているようにも感じられた。
「お前はいつでも人の心を的確に読むのに、
今の解答は、お前らしくも無い焦点がずれた答えだな」
「俺らしくないって、どこが……」
「環。お前はあの日のことを、一度も俺に確認しなかったな?」
環は、音楽室の入り口で立ち尽くしたままだった。
足元が、まるで糸で縫いとめられてしまったかのようで。
動けないでいる環の方へ、鏡夜がゆっくりと近づいてくる。
「ハルヒが俺の部屋に入ってきた理由も、
結果的には何も無かったということも、
他の連中が言ってることに間違いはないだろうが、
だが、お前は……俺には直接聞いてこなかっただろう?
あの夜、ハルヒが俺の部屋に入ってきて、
お前が俺の部屋のドアを開けるまで、あの時、俺がハルヒと何をしていたのか」
「だから、それは! 最初はちょっと誤解した部分もあったが、
ちゃんと皆に状況は聞いたし、それでどういうことかは分かったから、
敢えて、お前に確認しなかっただけだろう?」
「それで、本当に納得できたと?」
あの時。
ドアを開けて二人を見た直後こそ、鏡夜に怒りを覚えた環だったが、
鏡夜が部屋を出て行ったあとは、
ハルヒの雷の一件があって、色々ばたばたしたから、
結局、鏡夜とハルヒが二人きりでいたことは、
いつのまにか有耶無耶になってしまった。
後々、皆から断片的に事情を聞いて、あの事件は、環なりに消化したのだ。
だから、沈んでいた。
あの夜の出来事は、記憶の泉の一番下の方へ。
「俺がどういう気持ちでハルヒと一緒にいたか、
当事者である俺に聞きもせずに、周りの奴らの言うことだけで、
お前は全て分かった、と本当に思っていたのか?」
「そ、それは……」
でも、改めて問われてみて気付く。
環が鏡夜以外の皆から確認したことは、全ては外側の真実。
環自身が関知したことは、部屋の扉を開けた後の事実。
だから。
鏡夜の心の内側に、あの夜どんな思いがあったか。
部屋の扉を開くまで、一体二人の間に何があったか。
環に分かっていることは何一つないのだ、と。
「何故、聞いてこなかった?
さっきの俺の行動を責めるなら、
あの日のことだって、もっと追及してきても良かっただろう?」
あの夜の鏡夜はどんな顔をしていた?
暗い部屋の中で、ハルヒと鏡夜が一緒にいて、
それを見て、俺が鏡夜に怒鳴ろうとしたら、
鏡夜はいともあっさりと出て行ってしまって、
直後、雷が鳴って、ハルヒがものすごく怖がって、俺はハルヒを抱きしめて。
記憶は次々と鮮明になっていくのに、
あの日の鏡夜の表情だけが、全く思い浮かんでこない。
「あの時は、俺の行動を放置していたくせに、
今になって俺を責めるのは、一体どういう心境の変化だ?」
例えば、本心を隠した社交儀礼的な笑顔や、
野心を悟られないための表面上の冷静さは、
それが嘘なのか本当なのか、鏡夜の目を見れば、
それなりに見抜くことができる自信はあった。
けれど、一年前の鏡夜の様子は全然思い出せなくて。
だから、あの日の鏡夜が一体どういう気持ちでいたのか、
いくら考えても、答えを導びきだせるようには思えなかった。
思い出せないのは、忘れてしまったから?
いや……違う、忘れたんじゃない。
あの夜、鏡夜はすぐに部屋を出て行ってしまったから。
俺ははっきりとは見てないんだ、立ち去っていく鏡夜の顔を。
あの夜、鏡夜が、
俺とハルヒを残してさっさと部屋を後にしたのは。
俺に顔を見られたくなかったから……なのか?
「環。お前には隠し事は出来ないのはわかっている。
俺がずっと隠してきた野心だって、
お前には半年もしないうちに見抜かれたしな。
だから、俺が本気だと、お前がもう見抜いているなら、
これ以上誤魔化す気は……無い」
第三音楽室の扉を開けて、
鏡夜と目が合った刹那に感じた、例えようのない感情は、
この状況を予測した故の恐怖だったのだろうか。
「鏡夜……」
環の身体が小さく震える。
鏡夜の言葉の、これ以上先を聞きたくないと本能的に考えて。
「さっきのあれは単なる偶然じゃない」
だが、鏡夜をここまで問い詰めたのは環自身だ。
しかも、一度は誤魔化そうとした鏡夜の言葉を、
受け入れなかったのも環の方だ。
「お前が言う通り、俺は本気だった。
本気でハルヒの手を離したくないと思っていた。
俺は、一年前の夏の夜から、ハルヒのことをずっと気にかけてた」
もう、答えはほとんど出ているようなものだった。
それでも、聞きたくないという気持ちと、
先ほどの鏡夜の行為の意味をはっきりさせたいという気持ちが、
ぐちゃぐちゃに混ざり合って吐き気がする。
そんな環に向かって、鏡夜は迷いなくきっぱり言い切った。
「俺はハルヒを本気で愛しいと想ってる。他の誰にも、渡したくない」
* * *
続