『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -22- (環&鏡夜&ハルヒ)
鏡夜の怪我の状態を見ようとしたハルヒは、ふとした拍子にバランスを崩し、鏡夜の上に倒れ込む。
彼女を諦めると決めたはずの鏡夜は、衝動的にハルヒの腕を握り締める。そこへ環が現れて……。
* * *
第三音楽室の見慣れた扉の向こう側。
昨日から抱えていた悩みをやっと鏡夜に相談できると、
勢いよく扉を開けてみれば、
その環の目に理解不能な光景が飛び込んできた。
「ハルヒ、鏡夜……お前達……一体、何を……しているのだ?」
鏡夜がソファーに横たわり、ハルヒがその上に覆いかぶさっている。
ハルヒの腕を握り締めた鏡夜が、こちらをゆっくり見て、
自分の視線と彼の視線が絡み合った瞬間、環の全身の血の気がさっと引いた。
鏡夜?
前にも、どこかで見たことがある彼の表情。
何かに追い詰められたような、どこか苦しげな彼の顔。
環は運んできた二人分の学生鞄を、
どさっと足元に落としてしまった。
「鏡夜……お前、ハルヒに何を……?」
普段、環の傍にいる彼の表情は、
何か裏で企んでいる含み笑いであったり、
無節操な他人を、傍に寄せ付けない冷たい表情であったり、
必要以上に踏み込まれないための、上辺だけの偽善的な微笑みであったり。
そのどれにも当てはまらない、
こんなにも焦燥感に溢れた鏡夜の表情なんて、
普段はほとんど見れる機会は無い。
けれども、滅多に見たことが無いはずのその表情が、
記憶の奥のいつかの残像と重なる。
以前、どこかで、自分は同じような鏡夜の表情を見た気がするのだ。
あれは、いつのことだったろう?
「環先輩……これは、その……、
鏡夜先輩の傷の様子を見ようとして転んでしまっただけで……」
質問は鏡夜に対してしたはずなのに、彼は何も答えなかった。
鏡夜の手がハルヒの腕から離れ、
言葉を発しない鏡夜の代わりに、
ハルヒが身体を起こしながらそう弁解をする。
「昨日、自分が鏡夜先輩に怪我させてしまったので、心配になったもので」
「え?」
得体の知れない熱い感情が、
胸の下辺りから耳の後ろの方へ、
かっと上がりかけてきていたところで、
ハルヒの言葉がその熱を一時抑え付ける。
「ハルヒが、昨日……鏡夜に怪我をさせた?」
「はい、昨日の放課後に自分が……」
「ハルヒ」
環が現れてからずっと黙り込んでいた鏡夜が、やっと、声を出した。
ソファーに座りなおして、
ネクタイの結び目を左手で押さえている鏡夜には、
いつもの冷静さが戻りつつあるように見える。
「お前は、もう行け」
「でも」
「いいから、さっさと行け。昼休みが終わるぞ」
「あっ……」
入り口にいる環に背を向けているハルヒに、
鏡夜が、なにやら無言で目配せをしていたように思う。
「……わかり……ました」
ハルヒはソファーの前のテーブルの上の置いてあった、
手提げ袋をさっと手に取って、ぺこっとお辞儀をした。
「じゃあ……自分はこれで失礼します」
手提げ袋を胸元に抱えたハルヒは、
俯き加減で環の横をすり抜けていく。
「ハルヒ……」
「環。入り口に突っ立ってないで中に入ったらどうだ?」
環と目を合わせないまま、
走り去ろうとするハルヒを呼び止めようと、
環は、彼女の肩に手を伸ばしかけたが、
その環の動作を鏡夜の声が遮った。
「俺に相談があるんだろう?」
振り返ると、ソファーから立ち上がった鏡夜が、
環が床に落とした鏡夜の学生鞄を拾い上げている。
「鏡夜! どういうことなのだ?
ハルヒが鏡夜にその手の怪我をさせたのか?
大体さっきの、あれは一体なんなんだ!?」
「……お前がいつもしている妄想でいうなら、
単に母親が娘と触れ合っていただけだろう?
何をそんなにうろたえる必要がある?」
近くの机の上に学生鞄を置くと、
鏡夜は環を見下ろすように、斜めに視線を落とすと、
目を細め、やや口端を上げた。
ああ……これは普段どおりの鏡夜の顔だ。
だけど、第三音楽室の扉を開け放った直後、
環を見て絶句していた鏡夜は、
普段なら決して見せることの無い表情をしていた。
きっと、あんな場面を見られるなんて、
鏡夜にはよっぽど予想外のことだったに違いない。
「だって、鏡夜はいつもと全然違ったじゃないか!」
「違った?」
絶対に、俺は見たことがあるはずだ。
いつも冷静な鏡夜が、さっきみたいに表情を堅くした所を。
あれは、一体いつのことだったろう?
足元には、環の学生鞄だけが転がったまま放置されていたのだが、
その鞄を拾い上げることもせずに、
環は、自分の記憶の中の鏡夜の姿を、思い出そうとしていた。
確かに、見たことは間違いないはずだ。
でも、そんなに最近では無かったきもする。
そう。鏡夜のあんな様子を目にしたのは、随分と昔のことのような気が……。
「……何をふざけたことを」
……あ。
この鏡夜の短い呟きが、
過去の鏡夜との会話のシーンを、一気に記憶の表層に蘇らせた。
『ふざけるなっ!』
……そうだ。
『お前は俺とは違う。努力すればいくらでも上にいける位置にいるのに』
……あの時だ。
あれは環と鏡夜が出会って間もない中等部の頃、
鏡夜の家に初めて遊びに行ったときのこと。
フランスから日本に呼ばれはしたものの、
まだ正式に須王を継ぐとは決まってないという事実を、
大して深く考えもせず彼に伝えたところ、
『何故簡単に諦めたようなことが言えるんだ。
俺はどうしたって……そこへは行けないのに!』
それまで上品でクールな奴だと思っていた鏡夜が、
急に激しく怒りだして、環の胸倉を掴んできたのだ。
その彼に、
『何もしない内に諦めているのはお前のほうだ』
環が自分の考えを率直にぶつけたみたら、
まさか環から、そんなことを言われるとは思ってもみなかったか、
急に冷水を顔面にぶつけられたかのように、
鏡夜はものすごくびっくりした表情をしていた。
そこには、それまで心の内側にずっと隠していた、
鏡夜の本当の心が……本当の鏡夜自身が現れていたんだ。
「俺は……ふざけてなんかない」
「ほう?」
だって。
あの時と全く同じ顔をして、鏡夜はさっき俺を見ただろう?
「はぐらかすな、鏡夜」
「はぐらかす?」
中等部の頃、心を曝け出しぶつかりあった、
あの時と全く同じ顔で、さっきお前は俺を見たじゃないか。
「だって、さっきの鏡夜は、本気だっただろう!?」
もしも、環が日頃描いているホスト部の家族物語の、
『母と娘』という設定で逃げられるような、他愛ない行動ならば、
鏡夜は絶対、あんな顔は見せないはずだ。
扉を開けたあの瞬間に見せた彼の表情が、全てを物語る。
「鏡夜、お前は……あんな目をして、ハルヒの手を取って」
先程の、鏡夜のハルヒに対する行動が、
本当は環に見られたくなかった『本気の行動』だということを。
「お前はハルヒに、何をしようとしてたんだ!!」
両手の拳を握り締め、蒼ざめた環が、
感情の高まるまま、鏡夜を怒鳴りつけると、
鏡夜は環とは全く対象的に、ひどく冷静に、ふーっと長い溜息を付いた。
「……何をしようとしたか……ねえ」
鏡夜は眼鏡のフレームに指を置いて、僅かに位置を直す。
「そういえば、一年前にも同じようなことがあったな」
「一年前?」
環が追求しているのは、ついさっきの鏡夜の行動のなのに、
いきなり鏡夜が過去の話を持ち出してきたから、
なにを言い出したのか、環にはすぐには理解できなかった。
「あのときも、お前が急にノックもせずにドアを開けただろう。
俺とハルヒが二人でいるときに。
まったく……タイミングが良いんだか悪いんだか」
「あのときも、って?」
鏡夜とハルヒが二人でいるところ?
一年前の出来事?
ぽかんとしている環を、鏡夜がじっと睨めつけている。
「まさか『覚えていない』なんて、言わないだろうな?」
* * *
続