『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -21- (鏡夜&ハルヒ&環)
鏡夜に怪我をさせた詫びにと、手作り弁当を持参したハルヒ。鏡夜は彼女への感情をぐっと飲み込んで、
それを受け入れる。……そして、昼休みもそろそろ終わりに近づいていた……。
* * *
「それにしたって、お前の手作り弁当を食べているなんて、環に見られたら大騒ぎだな」
それほど量が多くもなかったことと、
ハルヒが色々苦心して、食べやすいおかずを詰めてきてくれたこともあって、
ハルヒが作ってきた弁当を、綺麗に平らげた鏡夜は、
脇に避けて置いていたレポート用紙を再び手に取った。
「そういえば、環先輩はまだ鏡夜先輩に怒ってるんですか?」
食べ終わった弁当箱を手提げ袋に入れながら、
ハルヒは環の様子を心配しているようだ。
「いや。教室にいったら怪我のことがバレて大騒ぎされてね。
多少不満は残っているんだろうが、すっかりいつも通りの環に戻ったぞ。
怪我が完治するまで、俺の荷物は環が全部運んでくれるそうだ」
「大騒ぎですか……」
「もちろん、怪我の経緯は説明してないから安心しろ。
奴の脳内では、俺が家で暴れた所為で怪我をした、とか思ってるようだからな」
環の妄想は、鏡夜にしてみれば迷惑この上ないことではあったが、
今は、環への想いを伝えずに、そっと環のことを見守りたいという、
ハルヒの気持ちを考えれば、下手に詮索されるよりはマシだった。
「家で鏡夜先輩が暴れたって一体どうしてそんなことに?」
「奴の妄想の経路を、俺に聞くな」
はあっと二人の溜息が、タイミングよく合わさったので、
鏡夜とハルヒは横目で互いに見つめて、くすっと笑ってしまった。
「でも、仲直りしたなら、環先輩はどうしたんですか?
今日は先に帰ってしまったんです?」
「いや、まだ教室にいる。後でこっちにくると思うが、
日誌の不備を指摘されて城之内女史に掴まっていたからな。
すぐには来れないだろう」
「ああ……城之内さんですか。それは長そうですね」
「それもこれも変に気を回して、
辻褄を合わせようとした、奴の自業自得なんだけどな」
今頃、城之内女史のモールス攻撃に、
げっそりとなっているであろう環の姿を想像して、
鏡夜はくくっと喉を震わせた。
「まあでも、環先輩の機嫌が直ったのなら良かったです」
意地悪い調子の鏡夜に対して、ハルヒの物腰はやけに柔らかい。
「……心配かけたようだな。
もう大丈夫だと、光と馨にもそう伝えておいてくれ」
「鏡夜先輩、光と馨が環先輩を心配してることに、気付いてたんですか?」
「奴らが必要以上に環をいじるのは心配の裏返し、だろう?
もっとも、時には本気で楽しんでるときもあるのかもしれないが」
「確かに、そうかもしれませんね」
ふと、ハルヒが壁際の時計を気にした。
昼休みに入って既に三十分以上経ってしまっている。
そろそろハルヒは教室に戻らないといけないのだろう。
手作り弁当という予想外のアイテムの所為で、
レポートの内容のチェックは中途半端になっていたが、
今、ざっと目を通した限り、大きな問題はなさそうだった。
「先輩、内容はそれで大丈夫ですか?」
「そうだな……概ね問題なさそうだが……、
ああ、文化祭の『中央棟サロン争奪戦』はホスト部の行事ではないから、
年間予定からは外しておいたほうがいいだろう。
衣装の仕立てがあったから、会計帳簿上は必要経費には計上してあるが、
ホスト部主催の企画ならともかく、
一団体としてエントリーしているわけだし、
他の部との公平を考えれば、衣装代を強調して、
特別に部費を回してもらうのも、却ってマイナスイメージだろう」
「分かりました。あとは大丈夫ですか?」
「ああ」
「ありがとうございました」
ハルヒは小さく頭を下げて、鏡夜からレポート用紙を受け取ると、
クリアファイルに挟み、手提げにしまいこんだ。
「お前は午後、授業があるだろう。もう行ったほうがいいんじゃないか?」
そろそろ、環もやって来る頃だろう。
ハルヒと環がかち合って、環の妙なテンションに巻き込まれて、
ハルヒが午後の授業に遅刻するのもよくないと思い、鏡夜はハルヒを急かしてやった。
この後、環の相談に乗ることになっている。
何の相談かはよく分からないが、
鏡夜は直感的に、長い話になりそうだと思っていた。
人に迷惑をかけることを、とことん嫌う環が、
わざわざ「相談を聞いてくれ」と頼んできたくらいだから。
「鏡夜先輩」
名前を呼ばれて視線を上げると、
ソファーから立ち上がっていたハルヒは、
出口に向かわずに、椅子に座ったままの鏡夜をじっと見ている。
「ん?」
「右手の怪我、本当に平気なんですか?」
「朝も言ったと思うが、特に問題はないぞ」
ハルヒはどうもすっきりしないようで、眉を寄せて立ち尽くしている。
そんな彼女の質問に、何事も無いのだとあっさりと答えつつも、
鏡夜はハルヒに見えないように、右腕を身体の脇に引いた。
「ちょっと、見せてもらえませんか?」
「大丈夫だと言っているだろう? もう気にするな」
鏡夜としては、あまり怪我のことは気にせずに、
さっさと教室に戻って欲しかったのだが、
しかし、思惑に反してハルヒは簡単には引き下がらない。
「隠されると余計気になるんですよ。
利き腕だし、センター試験まであと一ヶ月なのに、
支障があったら大変じゃないですか」
ハルヒは、つかつかと鏡夜の前に歩いてくると、
鏡夜が身体の後ろに隠そうとしている、その手の様子を見ようとした。
「疑い深い奴だな。手当てがオーバーなだけだと言っただろう」
「大丈夫なら見せてくれたっていいじゃないですか」
「問題ないんだから見る必要はないだろう?」
「いいから見せてくださいって!」
ハルヒがすっと身体を近づけてきたので、
とにかく怪我を見られまいと、鏡夜は身体をよじった。
「わっ!!」
鏡夜が急に身体を引いたので、
右手を覗き込もうとしていたハルヒは、
バランスを崩して鏡夜の上に倒れ掛かってきて、
そのまま、彼女の手に肩口を押された鏡夜は、
その反動で後ろに倒されてしまった。
「おい……ハルヒ……お前な……」
仰向けに長椅子の上に倒された鏡夜のすぐ上で、
ハルヒが鏡夜の肩を押さえつけるような格好になっている。
「す、すみません、鏡夜先輩」
慌てて身体を起こそうとしたハルヒの左手首を、
鏡夜は……反射的に右手で掴んでいた。
「お前も頑固な奴だな」
「先輩?」
彼女に傷を付けられた、その右手で。
「ほら、問題ないだろう? こうしてお前の手を握れるんだから」
「そ、そ、そうみたい、ですね」
彼女の腕を握り締めれば、
傷口から痛みはじくじくと広がったけれど、
鏡夜は彼女から、すぐに手を離そうとは思わなかった。
「あの、鏡夜先輩? 怪我のことは分かりましたから、手を……」
「もしも、この手を離さなかったら、どうなるんだろうな」
「は?」
自分の隣にハルヒがいること。
ハルヒをこの腕に抱きしめること。
そんな自分の願い事は叶えてはいけないもの。
それは分かってる。
それでも、自分の身体を突き動かす衝動は、
そんな理性なんて吹き飛ばしてしまいそうだ。
指先に徐々に力が入る。
「もしも、お前を環に譲らないと言ったら、
この手を離すつもりはないと言ったら……どうなるんだろうな」
ハルヒ。お前が……ここいるから……。
俺の目の前に、
俺の手が届く場所に。
ハルヒ。そんなに無防備に、お前が、俺の傍にいるから……。
「またそういうことを言って、自分を試すつもりですか?
警告なら、昨日のことで十分分かりましたから。いい加減ふざけるのは止めてください」
そもそも、始まりは二年前の春。
ハルヒ。お前が俺の目の前に現れたから……。
「……なら、返してくれないか?」
「え?」
お前の心の内側の真実を知るために、
俺は昨日、お前のことを大切に想っていたこの心を、粉々に砕いてしまった。
お前のことを想う、自分の気持ちが嘘なのだと偽ることで。
この夢は叶わない。
現実にちゃんと還らないといけない。
分かっているんだ、そんなことは。
だが、ハルヒ。
俺の心に残された穴が、余りに大きすぎて。
どんなに、頭で理解したことを、
この胸に刻み込もうとしても。
どんなに、お前の幸せのために、
環と一緒にいることが一番なのだと言い聞かせても。
塞がらないんだ。塞ぐことが出来ないんだ。
ハルヒ。
お前と言う存在が、俺の中に占めたその場所を、
埋める術が見つからない。
彼女に触れた右手から、この胸の中心へ、
痛みが体中を突き抜けていく。
だから、返してくれ、ハルヒ。
お前が昨日、持っていってしまったものを。
「返して……って、鏡夜先輩、一体何を言ってるんですか?」
お前が俺のものにならないこと。
お前があいつを選んだこと。
お前の幸せは、あいつと一緒にいることだということ。
ああ、分かってるさ。全て分かっているから、受け入れるから。
だから、今すぐ、ここで返してくれ。
お前が俺に教えてくれた、人を愛するというその気持ちを。
「先輩、そんなに力をいれたら傷に触りますから」
鏡夜は、一度、目を閉じた。
「鏡夜先輩?」
緩やかに閉ざされた視界の中で、
夢を断ち切れない弱い心に鞭打って。
この目を開けたら、彼女から手を離すんだと。
この目を開けたら、現実を見るんだと。
そう決意して鏡夜の瞼は開かれるはず……だった。
「鏡夜、すまん! 待たせたな」
その時だったのだ。音楽室の入り口扉が開いたのは。
「綾女姫が手厳しくて……」
彼女の腕を掴んだまま、鏡夜が入り口に視点を動かすと、
扉を開けたまま茫然としている男と目が合った。
「ハルヒ……鏡夜……?」
「……環」
「環、先輩?」
彼女があまりに自分に近づくから、
無意識に彼女に手を伸ばしてしまった。
彼女があまりにも自分の心の中で大きな存在だったから、
愚かにもこのまま離したくないとも考えてしまった。
けれど、血迷ったのはほんの一瞬のこと。
心を落ち着けたらこの手を離そうと思っていた。
今まで通りちゃんと、押し込めることができると思っていた。
このどろどろとした黒くて……とても熱い感情を。
もうずっと、自分はそうしてきたのだから。無自覚な二人のすぐ傍で。
けれど、一瞬の時の悪戯が、
彼女の手を未練がましく握ったその姿を、
よりにもよって、彼女が選んだ男の前に晒してしまった。
自分の次に取るべき行動も、発する言葉も、
全て真っ白な空間に吸い込まれて、
何一つ言葉が続かない鏡夜と、
鏡夜に手を握られて、彼の上に倒れこんだままのハルヒ。
二人をかわるがわる見つめていた環が、血相を変えて呟いた。
「ハルヒ、鏡夜……お前達……一体、何を……しているのだ?」
* * *
続