『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -17- (鏡夜&環)
鏡夜の右手の包帯に、クラス中は大騒ぎになり、心配のあまり環の怒りもすっかり収まってしまった。
そして、移動教室に向かう途中、環が鏡夜の怪我を自分の所為なのだろう? と言い出した……。
* * *
「それに、鏡夜のその怪我は俺の所為なのだろう?」
環自身の恋愛感情についての考察だけを除けば、
環は、実に的確に、他人の深層心理を突いてくる。
これまで、環と三年ほど付き合ってきて、
その鋭さを、嫌と言うほど鏡夜は実感していた。
けれど、どれほど環が鋭い感性を持っていたとしても、
この手の傷を見ただけで、
鏡夜が昨日ハルヒに対してしてしまったことや、
鏡夜のハルヒへの想いに気付くとはとても思えない。
ハルヒから何か聞いた……か?
いや、朝のハルヒの様子は至って普通だった。
大体、俺に対して『自分の気持ちを環には言うな』と釘を刺してきた以上、
ハルヒから環に、昨日のことを話すわけがない。
なら、俺が今朝ハルヒに何か妙な態度をとっていたか?
いや、いつもと違うのはむしろ環のほうで、
俺は特に普段と変わった態度をとった覚えはない。
「環。お前、なんでそれを?」
今、もしも環に顔を覗きこまれてしまったら、
この心の揺らぎを隠せる自信は、今の鏡夜には無く、
校舎と校舎をつなぐ石造りの渡り廊下の真ん中で、
完全に足が止まってしまった。
「やはり……そうだったのだな……」
足を止めた自分に合わせて、
環も鏡夜の隣で立ち止まり、深刻そうに俯いた。
「環……俺は……」
何か言わなければならないと思うものの、
いつもはそれほど労せず紡ぐことができる、
適当な理屈も、今は全く出てこない。
そんな鏡夜の焦りを他所に、
環は「そうだろうそうだろう」と、ぶつぶつ呟きながら、
納得したような顔で二、三度頷いた。
「鏡夜は俺がミーティングをすっぽかしたことに怒って、
昨日は部屋中の物に当り散らして、それで手を傷めてしまったのだな」
……は?
何を言われるかと身構えていた鏡夜の心は、
まったくの予想外の環の言葉によって、
一気に、別の方向へ弾き飛ばされてしまった。
ちょっと、待て。
「俺が昨日……なにをしたって?」
「いいんだ。全て俺が悪いのだ。
なんでも前に芙裕美さんに聞いた話だと、
昔、中等部の頃、俺が旅行先で色々とお前に無理を言ったせいで、
家ではそのストレスで散々荒れていたそうじゃないか!
昨日もきっと家で、先に帰った俺に対する怒りを、
物に当たることで解消しようとしたのだろう?」
鏡夜の脳内の状況処理が追いつく前に、
環は一方的に、どんどんと妄想を展開させていく。
「え、ええと……環? お前は、一体何を考えて……?」
当惑、を通り越して茫然としている鏡夜の前で、
環の自論は滑らかに続く。
「そりゃ物に当たるのは、その品物を作った職人さん達の、
汗と涙と努力の結晶を足蹴にすることだ!
それ自体は良くないことだとは思うぞ。
だが、その原因を作ったのは俺の無責任な行動なのだろう?
だから、鏡夜の手の怪我が治るまでが、
昨日のことへの懺悔として、
毎日ちゃんとお前の分までノートを取って、教科書も運ぶからな!」
奴の妄想に脈絡がないことは、充分承知しているつもりだったが、
今日は、いつにも増て、妙な方向に、思い込みが暴走している気がする。
「……」
環に自分が秘めた気持ちを気付かれてしまった……なんて、
流石に勘ぐりすぎだったことに気付いて、
鏡夜は合いの手を入れる気力すらも失ってしまっていた。
まあ、『鏡夜の怪我は俺の所為』という環の先ほどの、
鏡夜を一瞬どきりとさせた発言も、
鏡夜の想い、若しくはハルヒの想いに気付いたために発せられたものでなく、
単なる妄想の産物なのだとしたら、まあ、特に放置しておいても害はない。
「紳士たるもの、世のため人のため、
そして友のために! 常に行動しなければならないのだ!」
無言を貫く鏡夜の前で、環の演説は続いている。
「そういうわけで、鏡夜。
お前も大船に乗った気持ちでいていいぞ。
あ、そうだ。右手を怪我してるんじゃ食事を食べるのも大変だろうから、
学食では俺が食べさせてやってもいいし……」
環が、本当のことに何一つ気付いていないのなら、
昨日の鏡夜の行動を、環がどれだけ妄想しようが、大きな問題ではない。
そう、別に問題はないが……それにしたって……。
一体、脳内シナプスのどこがどう結合したら、
ここまで自分の『妄想』を『現実』だと思い込めるんだ?
付き合いきれなくなった鏡夜は、
ぺらぺらと話し続ける環を置き去りに、一人で先に歩き始めた。
「こら、鏡夜。俺の話はまだ終わってないぞ!」
その鏡夜の背中を、環が大慌てで追いかけてくる。
「二限続けて遅刻するわけにはいかないだろう、さっさと行くぞ」
鏡夜と環は、少々早足になって選択授業の教室へと急ぐ。
「そうだ鏡夜。午前の授業が終わったら、今日はすぐ帰るか?」
なんとか今度は本鈴前に、選択授業の教室に到着することができた。
割り当てられている席に、それぞれ着席する前に、
環が鏡夜の席に教科書を置きながら尋ねてきた。
「ん? 今日はミーティングは出来ないだろう?」
「いや、ミーティングじゃなくて……ちょっと相談したいことがあるのだ」
「相談? ああ、そういえば……」
『ちょっとハルヒへの引継ぎのことで……相談しようかと思ったんだが……』
昨日、鏡夜の隠しごとに落ち込んだ環が
帰り際に言っていたことを、鏡夜は思い出した。
「昨日、そんなことを言っていたな?
ハルヒへの引継ぎについて相談したいことがあるとか、なんとか」
「え、ああ、いやその……まあ、な……あは、あははは」
鏡夜がハルヒの名前を出した途端、
環はまたもや過剰な反応をして、わざとらしく大声で笑い出す。
やはり、何かおかしい。
今朝の「お父さん」発言を聞く限り、
ハルヒへの想いに自覚が芽生えたとは思えない。
しかし、この妙な態度からして、
昨日下校してから今朝までの間に、
環の態度を変化させる出来事があったことは間違いない。
何かしらハルヒに関わることで。
「そうだな。昼休みにハルヒから、
文化部連合に提出する申請書のチェックを頼まれている。
その後でよければ、お前の話を聞いてやってもいいぞ」
一体、昨日の夜、環に何があったのか。
興味を覚えた鏡夜は、表面的には『仕方ない』いった顔で、
環の頼みを聞いてやることにした。
「あ、ありがとう、鏡夜!!」
「ただし」
ぱあっと表情を明るくした環が、
度を越えてはしゃぎすぎないよう、
鏡夜はしっかりと念を押すことは忘れなかった。
「くだらん妄想はせずに……話は短めに、な」
* * *
続