『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -16- (鏡夜&環)
朝の喧騒の中、玄関ホールに残されたのは鏡夜とハルヒ。相変わらずの無自覚な環の様子を見ても、
今はまだ、ハルヒはこのままでいいと言う。そして授業開始のチャイムに、二人は慌てて教室へ……。
* * *
先ほどは、なんとか右手の怪我を誤魔化せたものの、
隠してしまった分、鏡夜が教室に入ってから大変なことになった。
クラスメイトは皆、車での送迎が当たり前の名家の子息ばかりだから、
授業に遅刻をするようなことは、殆ど無いといっていい。
だから、本鈴が鳴ってから教室に入ってきた鏡夜に、
何があったのかと、一斉にクラスメイトの視線が集まってしまった。
「鏡夜君!! その右手は一体どうされましたの!?」
隣の席の女生徒が、鏡夜の右手の包帯に気付いて、
授業が始まっているというのに大声を上げてしまい、
そこから、一気にクラス中が大騒ぎになってしまった。
「な、なにぃ!! 鏡夜が……け、怪我だと!」
授業中で講師が教壇に立っているのも構わずに、
環が椅子を蹴り倒して席を立ち上がると、鏡夜に駆け寄ってきた。
「どどど、どーしたのだ、鏡夜! その手はっ!」
「環。とりあえず授業中だ。席に戻れ」
環を落ち着かせるために、鏡夜はつとめて冷静に答えたのだが、
怪我の手当てが大袈裟なことが相俟って、
教室の中のどよめきは、なかなか収まらなかった。
「先生、遅れて申し訳ありません」
講師から怪我のことを聞かれ、大丈夫です、と、
相変わらずの余所行きの笑顔で答えた鏡夜は、
心配そうに、ちらりちらりとこちらを見てくる周囲の視線を、
なるべく気にしないようにして、鞄から教科書を取り出した。
筆記用具を持つと手が痛むので、
教科書を開いて話を聞くことしかできない。
手を動かすことが出来ない分、いつもより授業が長く感じられる。
「起立、礼」
長かった一時間がやっと経過して、
授業終了のチャイムの後、号令をかけたのは何故か環だった。
おかしいな。今日は確か城之内女史が日直だったはずでは?
教室の前方に目をやれば、
城之内女史はちゃんと出席しているというのに、
何故、日直でないはずの環が号令をかけているのか。
些細なことが気になって、鏡夜が席を立たないで居ると、
「鏡夜君が怪我をするなんて、一体何が……」
「なんておいたわしい」
休み時間に入った途端に、
机の周りを、一気に数人の女生徒に囲まれてしまった。
「少々手当てが大袈裟なだけなので、
そんなに心配していただかなくても、大丈夫ですよ」
心配そうな同級生達に、鏡夜が和やかに接客笑顔を浮かべていると、
その人ごみを掻き分けて鏡夜の机の前に環がやってきた。
「鏡夜、安心しろ! 鏡夜の分まで俺がノートをとっておいてやったぞ!」
環は得意げにそう言い放つと、
ノートから切り取ったらしい数枚の頁を、鏡夜の机の上に置いた。
「……フランス語?」
なんの嫌みだ、と言ってやりたい気持ちはあったが、
他のクラスメイトが居る中で、素の自分の見せるわけにはいかない。
「す、すまん。日本語で書くのは時間がかかるんで、つい……。
だが、鏡夜ならフランス語でも読めるだろう?」
書かれた文字が、いつもより一層乱雑なところから察するに、
どうやら今の授業中、環は環自身のノートとは別に、
同じ内容のものを二重に作成していたらしい。
「毎度の事ながら、何故コピーという手段を思いつかないのかはさておき、
ま、助かった……礼を言う」
受け取った紙を引き出しにしまいながら、
鏡夜が次の時間の教科書を取り出そうと、
机の脇に掛けていた学生鞄に手を伸ばすと、
鏡夜の手がその鞄を掴む前に、横から環に鞄を持っていかれてしまった。
「次の選択授業は、俺が鏡夜の教科書を持っていってやるからな」
「それくらい自分で持てる」
「俺と鏡夜の仲で遠慮なんかするな」
「別に遠慮してるわけじゃないんだが……」
これをやる! と思い込んだら猪突猛進、
何を言おうが、どんなに止めようが、環は絶対に途中で止めることはない。
鏡夜の隠し事に怒っていたことなんて、
綺麗に頭の中から吹き飛んでしまったようだ。
止めても無駄だと悟った鏡夜が黙り込むと、
それを了承の意味に取ったのだろう、
環は鏡夜の鞄を勝手に開けて、次の時間のテキストを取り出し始めた。
「鏡夜君の怪我を思いやる環君は、いつにも増して素敵ですわ」
「男と男の美しい友情ですのね」
鏡夜としては鬱陶しいことこの上なかったのだが、
周りの女生徒は、環の甲斐甲斐しい様子にうっとりとしているようだ。
「さあ、鏡夜行くぞ!」
環に促されて、鏡夜は渋々、環に教科書を預けたまま席を立った。
「……随分、親切なんだな」
教室を出て廊下を環と並んで歩きながら、
鏡夜は、二人分の教科書を抱えている環に話しかける。
「さっきまであんなに拗ねていたくせに、
俺の隠し事を責めるのはもう止めたのか?」
そう皮肉ってやると、環はむっと顔をしかめた。
「それは……だが、こういうときにそんなこと言ってる場合じゃないし、
そもそも、さっきは大丈夫とか皆に言ってたけど、
シャーペンも持てないんじゃ、実際、そんな軽い怪我じゃないのだろう?」
「……」
授業中に、ちらちらとこちらを見ただけで、
鏡夜の怪我の状態をそこまで推測して、
何も言わなくてもノートをちゃんと用意をしてくれていた。
環のそうした観察眼は、相変わらず鋭いと思う。
素直に表情には出さなかったが、
こうした環の気遣いには、
昨日、ハルヒにしてしまった行為に冷え込んだ胸の中が、
ほんの少し温かくなった気がする。
「まあ、そうだな」
微かに笑って頷いた鏡夜の穏やかな感情は、
しかし、続く環の一言で一変することになる。
「それに……」
それは、階段を降りて特別教室に向かう、
中庭沿いの、渡り廊下の途中での出来事だった。
「それに、鏡夜のその怪我は俺の所為なのだろう?」
えっ……?
鏡夜の右手の怪我の、直接的な原因は、
ハルヒに無理矢理キスをしようとした自分の行動にあって。
けれど、間接的には環とハルヒの無自覚が、
鏡夜の苛立ちに繋がって、ハルヒへの軽率な行為の引き金となった。
それは確かに事実なのだけれど、
昨日のことは、鏡夜とハルヒ、二人だけの秘密で、
他の誰も、その経緯は知らないはずだった。
「環。お前、なんでそれを?」
* * *
続