『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 -11- (鏡夜&芙裕美)
夢を追いかける以外の、人生における大切なこと。今の環ならそれに気付けるはずだと、譲は言う。
そして、譲の話では、どうやら鏡夜はその答えに気付いているということなのだが……。
* * *
「あらあら、まあまあ、鏡夜さん。その怪我はどうなさったの?」
手当てをすると言い張る橘を、無理矢理下がらせて、
鏡夜が自分で傷の消毒をしようとしていた矢先、
遠慮なく鏡夜の部屋の扉が開いたので、
思わず非難の目を向ければ、
そこに意外な人物の姿を見止めて、鏡夜は顔の緊張をふっと緩めた。
「芙裕美姉さん。いらしてたんですか」
少し前に、他家に嫁入りをしたはずの姉は、
何かと理由をつけては、頻繁に実家に帰ってきていて、
父親からは「もう少し鳳家の娘として自重しろ」と、
何度か怒られているのを見ていたが、
大らかな性格の姉は、少しも堪えていないらしい。
「お医者様には?」
「いえ。家で手当てをすれば大丈夫と思いまして」
「ちょっと、見せてご覧なさい」
芙裕美は手にしていた紙袋を机の片隅に置くと、
ぐいっと鏡夜の右手を取って、まじまじと傷口を見つめた。
「まあ、結構深いんじゃなくて?」
「たいした事は……」
「とりあえず消毒をしないといけませんわね。
ええと、これでいいのかしら?」
芙裕美は、机の上の救急箱の中からガーゼと消毒液を取り出して、
危なっかしい手つきで薬のフタを開けると、
ぽたぽたと滴り落ちるくらいにたっぷりと、
消毒液をガーゼに沁み込ませた。
「あ、あの、姉さん。手当ては自分でやりますから……」
はらはらとその動きを見守りながら、
次にくるであろう姉の動作を予想して、
鏡夜は笑顔を引きつらせつつ、その行動を止めようとしたのだが、
そんな鏡夜の表情にも気付かないまま……。
「えいっ!」
芙裕美は一切遠慮も無く、なんの断りもなく、
鏡夜の手の傷の上に、それを無造作に乗せた。
「………っ!!」
想像を超えるじくじくした痛みに、
さすがの鏡夜も平静を保てず、思わず手を引っ込めてしまい、
反動で床の上にガーゼを振り落としてしまった。
「ね……姉さん……」
「ま、まあ。大丈夫? 鏡夜さん」
「手当てをしていただけるのは……嬉しいんですが……、
すみません。もう少しそうっとやってもらえますか」
冷や汗をかいた鏡夜が、奥歯を噛み締めて痛みを堪える中で、
たどたどしい手つきで芙裕美は傷口を消毒を終えると、
続けて、傷口にガーゼを重ねて、それを固定するために、
上から不格好にぺたぺたとテープを貼りつけ始めた。
「ところで、芙裕美姉さん」
「なあに? 鏡夜さん」
不器用な姉なりに、一生懸命手当てをしてくれているのは分かるのだが。
「一体、どこまで包帯を巻くつもりですか?」
ガーゼの上に包帯を巻き始めた芙裕美は、
鏡夜の掌を二、三周させてガーゼが見えなくなっても、
まだ包帯の布が残ってしまっていたことを解決するために、
包帯の残りを切るのではなく、
そのまま一巻分の包帯を鏡夜の右手に、
使い切るまでぐるぐると巻き続けることにしたらしい。
「あ、あら。だって鏡夜さん、この包帯ちょっと長すぎなんですもの。
こんなに巻いてもまだこんなに残っておりますのよ」
「いえ、ですから。患部に合わせて適当なところで……」
ハサミで切っていただければ、と言おうとして、
不器用な姉が手を滑らせてしまう光景を想像してしまった鏡夜は、
なんだか背筋に冷たいものを感じて、自己防衛的に口を閉じた。
「なんですの? 鏡夜さん」
「いえ……何でもありません」
結局、姉の暴挙を止めることもできず、
鏡夜の右手は、まるで骨折でもしたのかと言わんばかりに、
大袈裟に包帯が巻かれてしまった。
「それにしても、鏡夜さんが女の子を怒らせるなんて珍しいのね」
鏡夜が、ほとほと困り果てた顔で、
後で巻きなおさなければ、などと考えていると、
救急箱に消毒液などをごちゃごちゃと戻していた姉が、
唐突にそんなことを呟いた。
「別に好きで怒らせたというわけでは……」
反射的にそこまで答えた鏡夜だったが、
……女の子?
はっと顔をあげると、姉はにこにこと笑顔で自分を見ている。
「…………どうして、相手が女性だと?」
「あら。だって、そのハンカチ。
どうみても男の子が持っているものには見えませんわよ?」
芙裕美がそう言って視線を送ったのは、
鏡夜がうっかり机の上に置きっぱなしにしていたもの。
学校から自宅まで傷口に当てていた、ハルヒのハンカチだった。
「これは……たまたま怪我をしたときに一緒に居た後輩が、
貸してくれただけですよ。怪我したのも俺の不注意ですし……」
「うふふ。そうですの?」
それ以上深く追求はされなかったものの、
直前の言葉を何とか誤魔化そうとしている鏡夜の本心は、
すっかり見抜かれているようで、
芙裕美はくすくすと笑っている。
「芙裕美姉さん。大した用事もなく帰ってきてたら、
また、父さんに叱られるんじゃないですか」
鏡夜はむすっとした表情で、お返しにちくっと嫌味を言ってやったのだが、
姉は全く慌てる様子もなく、堂堂としたものだった。
「嫌ですわ。ちゃんと理由ならありますわよ」
そして、嬉しそうにと目を輝かせると、
先ほど机の上に置いた紙袋を手に取り、
それを傾けて中身を机の上に広げて見せた。
「これは……?」
鏡夜には、姉が何か持ってきていたことは分かっていたが、
またどうせいつもの庶民グルメマップのお土産か何かだろうと、
全く気に留めていなかった。
しかし、鏡夜の予想に反して、
中から出てきたものはお菓子ではなかった。
「ほうら。鏡夜さんがもうすぐお受験と聞いたから、
全国の有名神社から取り寄せましたのよ!」
机の上に詰まれたものは、
ざっと見たところ三十個以上はあるのではないかという、
大量の『学業成就』のお守りだった。
「これを届けにわざわざ?」
積みあげられたお守りには、
層々たる著名な神社の名前の文字が見て取れる。
「ええ、そうですわ。私は何も出来ないけれど、
あれほどお父様やお兄様や秋人に気を使っていた鏡夜さんが、
やっと自分の道を進もうとなさってるんですもの。
姉として精一杯応援したいと思うのは当然でしょう?」
二人の兄達とは異なり、
自分は医学部には行かず経済学部に行くと、
そう告げたときの父はほとんど表情を変えなかったと記憶している。
『分かった。お前の思うようにするといい』
反対されることも覚悟の上だったのだが、
父は意外にあっさりと頷いた。
御守りは数が多ければ効果があるとか、
そういった類のものでもないと思う、が……。
父のように厳しいことは何も言わない。
母のように黙って見守ってくれているのでもない。
兄達のように遠巻きにこちらを伺うようなこともない。
姉は、ただ、いつも鬱陶しいくらいに自分を構ってきては、
周りで楽しそうに笑ってくれているだけだ。
でも、その笑顔の下で。
「有難うございます、姉さん」
常に鏡夜のことを気にかけてくれていることは知っている。
だから、御守りの量には多少呆れはしたものの、
姉の心遣いには素直に感謝して、
鏡夜はお守りを一つ一つ手にとって見ることにしたのだ。
「芙裕美姉さん……これは……?」
そのお守りの山の中に、
他の御守りとは少々趣の違うものを発見した鏡夜は、
若干顔をしかめて指の動きを止めた。
「それは確か出雲大社のお守りですわよ?」
「いえ、どの神社の御守りかどうかが気になったわけではなく」
鏡夜の手を止めた原因は、その御守りの形状。
「あの……姉さん……」
透明な細長い袋の中に、
赤い糸と白い糸が入っているお守り。
「姉さん。これは…………『縁結び』の糸…………では?」
鏡夜がそう指摘すると、姉は驚いたように息を飲んで口に手を当てた。
「あ、あら……そうですの? 学業のお守りを頼んだはずだったのに、
混ざってしまったのね。嫌だわ、私ったら……」
この姉に限って、裏で何か含むところがあるとも思えなかったが、
よりにもよってなんて最悪なタイミングでの登場だろうか。
ふられたばかりで『縁結び』とは、ね。
奇しくも縁結びの御守りを手にすることになった鏡夜は、
ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
* * *
続