『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -32- (蘭花)
蘭花は思う。大切なものを失うことはとても辛いことだけど、
傷つくことを恐れて、結局、何も得ることない人生に比べ、なんと幸せなことだろう、と。
* * *
自分の中で「どうでもいい」と思っている人間には、
正直なところ、お説教なんて疲れることはする気にはならないもの。
「ねえ、鏡夜君分かってる? あの子にとって今の鏡夜君は、
『環君があっての鏡夜君』ではないのよ?
あの子は本当に、一生懸命考えたわ。
君が手術している間も、君が眠っている時も、
ずっと君の側にいて、そして決めたの。
これからは、君という人間の側にいるって。
ちゃんと君自身だけを見つめて、
君自身のことだけを考えて、
そしてようやくあの子なりの、新しい『幸せ』を、見つけようとしてるのよ」
多少、キツい言い方になってしまっても、
自分の考えを相手に伝えたいと思うのは、
その相手が自分にとって、
無視することが出来ない大切な存在だから。
まあ、要するに可愛さ余って憎さ百倍?
……ん? この単語ってそういう意味じゃなかったかしら。
えっと……こういう場合は、そうそう、「愛のムチ」って言い方がきっと適切ね。
「君は環君みたいにはなれないってことに、
負い目を感じてるようだけど……むしろ、違うからこそ良いんじゃない。
誰かの『代わり』じゃないからこそ、あの子は今、君と一緒に居るんでしょ?」
あたしと琴子は、ずっと一緒にいることはできなかった。
でも、過去、二人で過ごした時の中で、
琴子の代わりになれる人はいなかったと信じているし、
あれから大切な人はそれなりにできたけれど、
今も、私の心の中で、琴子の代わりになる人はいない。
「君が環君の代わりではないように、
君の代わりにも誰もなれない。
だから、あたしは君に『自分をもっと大切にしなさい』って言ってるの。
『自分を犠牲にしてまで誰かを守る』ってのは、
すごく美しい言葉で、そういう生き方を良しとして選ぶ人もいるかもしれない。
でもね。あたしは、自分のことも幸せにできない人に、
他人を幸せにできる力があるとは思えないの」
完治が難しい病気であることが分かった後でも、
琴子はあたし達に笑顔を見せてくれた。
あたしやハルヒと一緒に居られる、
今がとても幸せなんだと言ってくれた。
そういう琴子が傍にいてくれたから、
あたしもハルヒも本当に幸せだった。
最期の一瞬、あの美しく強い瞳が閉じられるまで。
「自分が幸せだから、他人も幸せにできて、
そして他人の幸せな様子をみて、また自分が幸せになる。
人生なんて、それの繰り返しでしょ?
誰も環君の代わりにはなれない。
でも、君は環君の代わりってわけじゃない。
鏡夜君。今のハルヒにとって、君という存在は、
もう、ほんとーに、こんなこと、
父親のあたしが言ってやるのも悔しいんだけど!
……誰も代わることができない大事な存在だってこと。
よーく、覚えておきなさいよ!」
昨日の夜、泥酔した鏡夜が、
ハルヒに対する環と自分の存在を比較して、
あまりに自分自身のことを低く評価しているようだったから、
一気に、そう説教してやったら、
言葉の勢いに驚いたのか、
それとも指摘された内容が意外だったのか、
鏡夜は終始ぽかんと、相槌も反論もせず、無言でこちらを見つめていた。
そして。
「……今日、蘭花さんがここにいらっしゃった理由が、やっと分かりました」
渡した写真に視線を落としながら、
鏡夜は微かに口元に笑みを浮かべ、そう応えてきた。
「本当に分かったの?」
「ええ。僕はとても大切なことを、しばらく忘れていた気がします。
他人がどうこうではなくて、まず、自分がどうしたいのか、
それが一番大切だってことを、嫌というほど、
環から教えられていたはずだったんですけどね」
昨日の夜と同じように、鏡夜の口から「環」の名前が出たけれど、
そこには昨日のような卑屈な態度はなかった。
「それを、蘭花さんのおかげで思い出すことができました。
ご迷惑をおかけしましたが、もう大丈夫ですよ。
今日はわざわざお越しいただいて、
しかも、大切な写真もいただいてしまって、申し訳ありません」
「そりゃ、これから私の大切な宝物を預けるわけですからね。
中途半端なことはしたくないし。
君がちゃんと君自身も大事にして、ハルヒのことを守ってくれるっていうなら、
あたしも琴子も安心ですからね。
あ、でも勘違いしないでよね。あげるんじゃないわよ、預けるだけよ!?」
「それは、十分承知してます。
ハルヒさんと琴子さんは、これまでも、これからも、
蘭花さんの中で一番の大切な宝物、なんでしょうからね」
「そうよ。琴子とハルヒがあたしの自慢の二つの宝物。
……まあでも、実は最近、もう一つ宝物が増えたんだけど、ね」
一つめの宝物は琴子。
二つめの宝物はハルヒ。
そして、『三つめの宝物』は……。
プレゼントした家族写真の裏側に、
蘭花の思いを一つの単語に代えて書いておいたのだけど、
鏡夜は写真を裏返したりはしなかったから、
そのメッセージに気付く様子はない。
「昼間からノロケですか?」
「ノロケってなによう」
「宝物って、蘭花さんの今の恋人のことではないんですか?」
蘭花の言葉に対しては、
見当違いの返事が返って来るだけだ。
「あら? あたしの恋人は鏡夜君なんじゃなかった?」
「…………からかわないでください。
それはあくまでカモフラージュなんですから」
「うふふ」
流石に自分から、メッセージのことを指摘するのは照れ臭いので、
写真を見ながら、そんな他愛も無い話をしていると、
ドアが二回ノックされて、橘が中に入ってきた。
「ご歓談中、失礼いたします。鏡夜様、そろそろお時間が……」
「わかった」
腕時計で時間を確認すると、鏡夜は写真を封筒に戻した。
「蘭花さん。誕生日プレゼント、本当にありがとうございました」
「喜んでもらえたなら、何よりよ」
鏡夜は、蘭花に軽く頭を下げてから、
ソファーから立ち上がって、窓際のデスクのほうに行くと、
机の上の黒皮の手帳にその封筒を挟み込んだ。
「よろしければ職場までお送りしましょうか?」
手帳を手にして後ろを振り返った鏡夜にそう提案されたが、
蘭花は、ふわぁ~と、大あくびをしながら、
手を上に上げて背筋を伸ばしつつ、首を振った。
「ううん、まだ出勤時間には早いから、
駅前で軽くショッピングでもしていくわ。
あ、でも、折角だから、下のロビーまでは、腕を組んで歩いていきましょうか?」
その蘭花の提案を聞いて、
扉の前に控えていた橘の頬がぴくりと引きつったのが見えた。
「蘭花さん……いくらなんでも、社内で腕組みまでは不要かと思いますが」
「あらあ、もしかして照れてたりする? 可愛いわね、鏡夜君」
「……ですから、蘭花さん……そういうのは、先程も言いましたが、悪趣味、ですよ」
* * *
続