『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -31- (蘭花)
蘭花は、とても大切にしていた物を、誕生日プレゼントとして鏡夜に手渡した。
その、真意とは?
* * *
病室で最後に撮った家族写真。
そのネガは、琴子と一緒に。
琴子にお別れの挨拶をしたあの日、
ぐちゃぐちゃに壊れてしまった心を無視するように、
空は恨めしいほど綺麗に晴れて、
細い煙は夕闇に自然に混ざって、
その場で立ち尽くしていたあたしの足元で、
幼いハルヒはあたしの手を握り、
ただ黙って、たなびく煙とあたしの顔を交互に見上げていた。
出会わなければ良かった?
一度は手に入れて、心が満たされたとしても、
こんなにもすぐに失って、こんなにも心が痛くなるなら。
あたし達は、最初から出会わなければ良かった?
あたしの問いかけに、あたし自身の心が応える。
それは、違うでしょ? と。
琴子に出会わなければ、
これまでの幸せな時間はなかった。
この右手がつながる先の、小さな命も、その微笑みも。
失うことは悲しいから、
期待するだけ裏切られたら馬鹿みたいだから、
それなら、最初から何も得ようとしなければいい、
何も期待しなければいい、何も望まなければい。
そうすれば、失ったり、裏切られたりして、
天国から地獄、真っ逆さまに突き落とされるように、
深く傷つくこともない。
それも、生きて行く上での一つの自己防衛……とは思う。
けど。
人生なんて、自分の思い通りにいかないことばかり。
むしろ、思い通りにいかないからこそ、
人はこの世界の中で、もがいて生きて行くんだもの。
自分の理想や夢を、現実という形に変えるために。
大切なものを失って、
心が引き裂かれそうなほどに苦しんで、
消えてしまいたいほど落ち込んで、
堪え切れずに心が折れて、
正直、全ての放り出して逃げたいとも思うときはある。
でもね、琴子は言ってくれたのよ。
病室のベッドの上で、
見舞いに来るあたしとハルヒに向かって、
いつも言ってくれた。
「私は幸せよ」って。
まだ、琴子が病気を発症してなくて、
家族三人で楽しく過ごしていた、
あの時のほうが幸せだった、とは、彼女は一度も言わなかった。
今は入院していて、あたしやハルヒと一緒に暮らすことができなくて、
悲しい結末が、すぐそこまで近づいてきているとしても、
それでも「今は幸せ」なんだって。
病気になって、
長く生きられないかもしれないと言われて、
絶望しない人間なんていない。
琴子は、とても気丈な人だったけれど、
それでも病気のことを聞かされた直後は、
流石に顔が強張っていた。
最初に病気のことを具体的に聞かされたのは、あたしだけ。
それを、琴子に伝えるか、と聞かれ、
あたしは迷いなく「話してください」とお医者様に頼んだ。
本当のことを知らせずに、静かに送りだすのも一つの優しさ。
別の人が相手だったら、あたしもその選択をしていたかもしれない。
だけど、彼女はずっと、真実を求め、
世の中の理不尽なことと戦ってきた人だから、
何も知らないままでいることを、
よしとしない人だと思ったから、
私は琴子に、真実を伝えるべきだと思って、告知を頼んだ。
そしたら、伝えた直後、「今は一人にして」と言われて、
あたしは病室を追い出された。
あたしの選択は間違っていたのだろうか?
けれど、翌日、病室に訪れると、
琴子はいつもと同じように笑ってくれた。
「昨日はごめんなさいね、私でも落ち込むことはあるのよ。驚いた?」
なんて、ちょっと冗談めかして言いながら笑ってくれた。
その強さを見て、あたしは本当に、
この人に出会えてよかった、
この人を愛せてよかったと思ったの。
心が空っぽになるような悲しみは確かに辛いけれど、
そこまで思い詰められるほどに、
自分の中で「大切」なものを、
この短い人生の中で見つけられたということは。
ただ傷つくことを恐れて、自分の心を守り続けて、
結局、何も得ることない人生に比べ、なんと幸せなことだろう。
安物のカメラで、病室の中、三人で写真を撮った。
すぐに三人分の写真を現像しなきゃね、と話しかけたら、
琴子は「この写真は、今は要らない」と言った。
琴子の病気はとても難しい病気で、
完治が難しいことは、あたしも琴子もよく分かっていた。
けれど、世の中には「奇跡」があるかもしれない。
全てが論理的なことばかりで片付くわけじゃないから、
あたし達は、残された時間を慈しみながらも、
ひとかけらの奇跡もどこかで信じていた。
これは、一つの願掛け。
琴子の病気が治って、
あの狭いアパートで、家族三人で暮らせるときが、
きっと来るはずだから、
琴子の分の写真は、その時に焼き増ししようって約束した。
けれど、その願いは残念ながら叶わなかった。
だから、あたしはこの写真のネガを、
琴子に抱かせて、そのまま空へと送りだした。
これまでもこれからも、
世界にたった二枚だけしか存在しない写真。
なんど、この写真を見て涙を流し、
そして、勇気をもらったことだろう。
それほどに大切な写真ではあったのだけれど、
昨日の夜の鏡夜の、自分に謝罪し続ける言葉を聞いて、
鏡夜に渡しておきたいと思ったのだ。
他ならぬ、琴子も、それを望んでいるような気がしたから。
* * *
続