『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -29- (蘭花)
蘭花から鏡夜に贈られた誕生日プレゼント。そこに書かれていた『言葉』の意味は……?
* * *
時間は、二十時間ほど巻き戻る。
場所は繁華街の奥の奥。
蘭花以外には誰も居なくなって、静かになったバーの中。
蘭花は、先ほどまで占有していた席に散らかしていた、
グラスやマドラーを、カウンター内のシンクのところへ運んでくると、
手際よく洗い物を始めていた。
閉店間際に使ったグラスの片付けは、
翌日、早めに出勤する若手のスタッフが、
洗うのが店のルールになっていたけれど、
わざわざママに頼み込んで場所を貸してもらった以上、
自分達が飲み散らかした分くらいは、
綺麗にしておかなければならなかった。
洗剤を濯いで水を切り、
シンクの横の白いタオルの上に、
洗い終わったグラスなどを伏せて並べていたところ、
カランカランと、表のドアが開く音がした。
そういえば、鏡夜を担いで外に連れて行って、
戻ってきたときに、表の入り口のシャッターを閉めるのを忘れていた。
「あら、やだ。まだてっきり飲んでるのかと思ったのに、
もう鏡夜君のこと解放しちゃったの?」
シャッターは降ろしてなかったとはいえ、
もう表の看板は電気を消して、店の中へ片付けていたから、
そこを間違えて入ってくるなんて、
よほど酩酊してる客に違いないと、
身構えていた蘭花の前に現れたのは、
にこにこ、ご機嫌な様子の美鈴だった。
「酔っ払ってソファーで寝始めちゃったから、流石に帰したわよ。
ところで、美鈴。あんたこそどうしたのよ。
アフター行ったんじゃなかったの?」
「うふ。常連さんにお寿司ごちそうになった後に、
皆でカラオケしてたんだけど、
ちょっとあんた達のことが心配になって抜けてきたってわけ。
……で、ちゃんと鬱憤は晴らせたわけ? 娘を取られた父親として」
「そのことなんだけど……」
あらかた洗い物も終わったので、水を止め、
タオルで手を拭いた蘭花は、
首元に手を当てて首や肩を軽く回しつつ、
カウンターの外に出てきて、はあっと溜息をついた。
「なんか、鏡夜君も勘違いしてたみたいで、
なんかものすご~く、何度も謝られたんだけど」
「鏡夜君に?」
「そう。でも、あたしはさあ、
別に『ハルヒを取られた』なんて思ってないのよねえ」
「あら? そうだったの? あたしは、てっきり、
『ウチの娘に手を出すならまず俺を倒してからにしろ!』
……って、ノリかと思ってたのに」
「こらこら。男の声出すの止めなさいって」
「このほうが迫力あるでしょ?」
冗談めかして答えながら、
美鈴はカウンターの一席に腰掛けた。
「まあ……娘の彼氏のことを、
こういう風に思うのも、なんか変な気はするんだけど」
美鈴が座った席から、一つ椅子を置いて、
同じように蘭花もカウンター席に座る。
「鏡夜君って、すごくしっかりしてるように見えるけど、
ギリギリ紙一重っていうか、
一つ道を誤るとどんどん極端な方向に進みそうっていうか、
なんかどうも危なっかしくて、目を離せない感じがしてね……」
「あ~」
美鈴は首をすくめて、くすくす笑いながら二度頷いた。
「それはなんとなくわかるわ」
「でしょ? だから、あたしは、
鏡夜君にハルヒを取られたっていうより、
鏡夜君のことは……なんか、ぶっちゃけ、
『全然素直じゃなくて不器用な息子が、突然出来ちゃった!』
……みたいな気分なのよ。
『娘を奪いやがってこのやろーっ!』て感じじゃなくて、
むしろ、保護者的感覚で、
『あ~、この子のことは、あたしがなんとしてあげなきゃいけないな』
って、思っちゃう……親の本能っていうか」
「あはは」
美鈴は楽しそうに手をひらひらと振った。
「子供はいつまで経っても子供、って感覚ね。それ」
「そうかも」
そう言って、二人は同時に笑った。
美鈴とはこのオカマバーで知り合った仲だが、
同じように一人娘を持つ者として、
親としての感覚を共有できるのはとても心地よい。
「まあでも、心配っていう気持ちはわかるけど、
あんな綺麗な子が息子になるんだったら毎日が潤いじゃない?
あ~あ。うらやましいわあ。
ウチにも光君か馨君がお婿に来てくれないかしら」
「ちょっと、美鈴?
一応、あくまで『息子みたいな感覚』なだけであって、
『息子になった』わけじゃないわよ?」
「あらあ、でもそれは時間の問題じゃない?
ハルヒちゃんを守るナイトとして、
あんたと付き合ってるって嘘までついちゃってさ。
自分のことをあんなに犠牲にして、
ハルヒちゃんのことを想ってくれてるじゃない。
あんただって、いざって時がくれば反対する気はないんでしょ?」
「そりゃあ……」
理不尽に二人の仲を反対するようなこと。
自分が過去に受けたような仕打ちを自分が繰り返すこと。
それだけは絶対にしないと決意していたが、
美鈴のあからさまな羨望の眼差しを受けて、
素直に首を縦に振るのも口惜しくて、
蘭花は不満そうに頬を膨らめて、顔を背けた。
「で、でも、先のことはどうなるか、まだわからないわよ。
鏡夜君はいい子だとは思うけど、
まだ色々と分かってないこともあるみたいだから、
教えてあげなきゃいけないことは多そうだし。
少なくとも、今すぐに『そういうこと』を許すつもりはないわよ」
しかも、本当なら今日は、
彼がハルヒを裏切った行為を責めて、
鏡夜の立場というものを、
嫌と言うほど分からせてやるつもりだったのだ。
だが、約二ヶ月も半同棲のような生活をしておきながら、
ハルヒにまだ触れてもいないという、
意外な鏡夜の告白にすっかり気勢が削がれてしまって、
結局、何一つ追及できないままに終わってしまっている。
環が居なくなって、彼の心に刻まれた亀裂は、
想像以上に根深いところまで、入り込んでいるようだ。
「『分かってない』って、何か言ってたの? 鏡夜君」
「環君と自分を比べて、色々と……ね」
「あ……そっか。鏡夜君は環君のことを……まだ……」
美鈴は八の字に眉をひそめて、寂しそうに呟く。
「仕方ないとは思うのよ?」
蘭花も溜息をつきながら両手で頬杖をつくと、
カウンター内の壁に並んでいる、
常連客のキープボトルが並んだガラスケースをぼんやりと眺めた。
「毎日普通に生きて、くだらないことに笑って、マジメに仕事して、
べらべらおしゃべりして、ごはん食べて、
寝て、起きて、寝て、起きて、寝て、起きて……、
毎日毎日、ハンコ押したみたいに同じことを繰り返して、
そうして、すっかり自分は元通り、
普段通りの生活に戻れてるし、もう大丈夫だーっ! て思っていても、
それでも……ふとした拍子に、古傷は痛むものだし、
……ああいうことで出来た傷が、なかなか癒えないのは、
あたしには良く分かるもの」
そう。
なんの前触れも無く。
いなくなって何年も経つというのに、
夜中に涙を流しながら目を覚ましたこともあった。
そうして目を覚ます度に、
横に眠る娘の姿を見て、意識が現実に戻る。
それを何度も何度も、繰り返して繰り返して、
『悲しい過去』を『楽しい思い出』に、
『辛い現実』を『幸せな時間』へと変えていったのだ。
「……あれから、どれだけ好きな人ができても、
今でもあたしの宝物は、琴子であってハルヒなの。
あたしの大切な家族だもの。
琴子と過ごした日々のことは、すっごく楽しい思い出で、
別れは確かに辛かったけれど、
琴子と出会ってない自分なんて想像できないし、
本当に、出会えて良かったなって思って……って、
うわ、なんか、あたし今、すっごい恥ずかしいこと言っちゃったわぁ。
あたしも酔っ払ってるのかしら」
「うふふ。まあでも、鏡夜君はまだ、
蘭花のようには言えないんでしょうね?」
「あたしのように?」
「そう。今の蘭花みたいに、過去に負った傷のことを……、
『思い出』として自分から口に出すことができたら、
ようやく、カサブタかなって」
「……カサブタ……か」
美鈴の言うことは、全くその通りだと思った。
傷がカサブタに変わり、
その古傷のことを、自然と話題に出すことができたなら。
その時こそ、ようやくその傷は、本当に治ったと言えると思う。
「そうね。なかなか思い切るまでは時間はかかるから。
何度も何度も、『大丈夫』と『自暴自棄』を行ったり来たりして、
そうやって、傷は癒えていくものよね」
だが、先ほどまでの状況を見るにつけ、
鏡夜は、未だ、環の話題を『気軽に話せる』状態では無い分、
傷は完治していないと分かる。
どくどくと、流れ続けていた血は止まっても。
「だから、今はハルヒを取った取られた云々よりも、
鏡夜君とハルヒのことが、純粋に心配で、目を離せない感じね」
ようやく塞がりつつある傷を覆うカサブタの、
その下はまだ乾いておらず、
一つ道を誤れば、傷がまた開いて、
再び血を流すことになってしまうだろう。
「は~あ。まだまだあの子達は、世話を焼かせてくれそうだわ」
「大きな子供が一人増えて大変ね、蘭花」
「ふふ。まあ、キッチリあたし流の躾はさせてもらうつもりだけどね?」
* * *
続