『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
「ハルヒさんの写真ですね。子供の頃の」
蘭花からの思わぬ誕生日プレゼント。
渡された白い封筒の中には、
鏡夜達と出会う前のハルヒの写真が十数枚入っていて、
鏡夜はそれを封筒から取り出し、一枚一枚めくっていく。
「特に可愛く映ってるのを選んで、焼き増ししてきたのよ。
……今度は……ちゃんと鏡夜君が持っておきなさいよね」
「今度?」
鏡夜が写真を繰る手を止めて顔を上げると、
蘭花は首をすくめて寂しそうに笑っていた。
「前に提供した写真は『環君にあげちゃった』って、君、言ってなかった?」
「……ああ、それは」
鏡夜は眼鏡の位置を直してから、
再び写真に視線を落とした。
「少し悪ふざけをしましてね」
「悪ふざけ?」
「ええ。ホスト部で海に行った時に、
話の流れで『ハルヒさんの弱点を探そう』ということになりまして。
勝った者に、ハルヒさんの写真を賞品として出すということに」
あの夏の日、夏の夜。嵐の一夜に轟く雷鳴。
……思えばあれが『全ての始まり』だった気がする。
自分にとっても、環にとっても。
そして。
おそらくはハルヒにとっても。
「そんなことがあったの?
あの子、全然学校のこと話してくれないから」
「ええ。それで、その勝負に勝ったのが環だったんです」
勝者は居ないと思っていたあの日の勝負。
けれども、あの日の夜、
環はハルヒの弱点をちゃんと見つけていた。
見つけていたにも関わらず、
ハルヒのためにとずっと黙っていて、
鏡夜がそれを知ったのは、
その後、夏休みに入って、
ハルヒがバイトしていた軽井沢のペンションに、
部員皆で押し掛けた時のことだ。
「へえ? 鏡夜君が環君に負けるなんて珍しいのね」
「……」
あいつに勝ったと思うことなんて、
本当は今まで一度もなかったのだけれど。
得てして、他人に与えている印象というものは、
自分の思いとは裏腹なものらしい。
「僕は参加してないですからね」
鏡夜は写真を見つめながら、
あの日のことを思い出して、小さく笑った。
「どうして鏡夜君は参加しなかったの?」
「答えを知ってる人間が参加するのも不公平かと思いまして」
「あら、あの子の雷嫌いを知ってたってこと?」
「ええ、事前のデータ収集で」
「……ねえ、前から思ってたんだけど、
鏡夜君のその恐ろしいまでに正確な情報はどこから得てるわけ?」
「それは企業秘密です……ああ、これは、琴子さんですか?」
鏡夜の目に留まったのは、
病室で撮られたらしい一枚の写真だった。
それまで見ていた十数枚は、
ハルヒが一人で映っている写真が多かったのだが、
鏡夜が気になった写真は、
蘭花とハルヒと、そしてもう一人、端正な顔立ちの女性が一緒に映っていた。
病室のベッドの上で、上半身を起こして微笑んでいる、
ハルヒに良く似た黒髪の女性。
左右から彼女を挟むようにして、
蘭花と、幼いハルヒがベッドサイドに腰掛けて、
三人とも、とても楽しそうに笑っている。
「ええ。まだ琴子が身体を起こせるときにね、
看護師さんに頼んで撮ってもらったの。よく撮れてるでしょ?」
見るだけで暖かい家庭の空気が伝わってくる、
なんとも素敵な写真を見て、
鏡夜は、つい自分の子供の頃と比べてしまっていた。
「とても良い写真ですね」
お世辞などではなく、心の底からそう思った。
記憶にないほど幼い時を除いて、
自分が家族と写真を撮るとき、
こんな風に自然な笑顔を浮かべたことなど、一度もなかったからだ。
ハルヒからは常々、
鏡夜の家族の話をもっと聞かせて欲しい、
と、言われてはいるが、
上辺だけの笑顔で着飾った形だけの家族写真は、
本当の笑顔の価値を知った今となっては、
できれば彼女には見せたくない。
「それね。三人で最後に撮った写真なの」
「……最後?」
「琴子はいつも笑顔を絶やさない、明るく優しい人だったけど、
その分、負けず嫌いで頑固なところもあってね」
「ハルヒさんと似てますね」
「そっくりよ。負けず嫌いな分、
落ち込んだり、悲しんだり、悩んだり、
そういった素振りを人前で見せることを、
いつもすっごく嫌がってて、
『弱っていく自分の姿は写真に残さないで欲しい』って、
ずっと、あたしに言ってたの。
だから……それが最後の一枚」
「そんな大切な写真を、僕がいだたいてよろしいんですか?」
この写真の中に映っているのは、
暖かな柔らかい家族の思い出の一コマ。
幼い頃の彼女の写真をもらえるのは、
純粋に嬉しかったけれど、
明らかにこの三人から見て、自分は異質な部外者なのに、
こんなに大切な、しかも最後の家族団らんの写真を、
自分がもらってしまっていいものかと思う。
それに。
「蘭花さんは僕に怒っていたはずでは? 確か昨日の夜は……」
遠い闇の中にうずもれた昨日の記憶を必死にかき回して、
沈殿している断片をすくいあげようとする。
「裏切りがどうとか……すみません、
あまり覚えてないんですが。
僕がハルヒさんのことを二回裏切ったとか……言われたような気が」
「あら、そこは覚えてたのね。ええ、私は確かにそう言ったわよ」
「それは……『ハルヒさんと別れようとしたこと』とは別に、
もう一つ『別の裏切り行為があった』ということですか?」
「もうっ! 君は本当に頭がいいくせにニブイわね!
というか、天然っていったほうがいいのかしら?
二回目の裏切りがなんなのか、その写真を見ても分からない?」
「この写真を見て?」
蘭花とハルヒと琴子が映っている写真。
これと、蘭花が言うところの、
『ハルヒに対する裏切り行為』とが、
どういう関係があるというのか?
さっぱり検討が付かず、浮かぬ顔をしていると、
はーあ、と、大袈裟に蘭花に溜息を吐かれてしまった。
「あのね、鏡夜君。
あの子は『大好きだった母親』を子供の時に亡くしてるの」
「それは知ってますが……?」
「そして『初めて好きになった人』も突然の事故で失ってる」
「……ええ、それも分かって……」
「全然、分かってないわよ、君は!!」
蘭花はガラスのテーブルにも構わず、
天板に拳を荒々しく叩きつけた。
「よ~く考えてみなさいよ。
君は一週間前まで、 『どこ』で『何を』してたわけ?」
「どこで何をって、交通事故にあって入院を…………」
と、ここまで答えて、
自分の言葉に背筋がすっと寒くなった。
そうだ。
自分は交通事故にあって……。
「お分かり? 鏡夜君」
一歩間違えれば、命を失って、
二度と、彼女の手を握れなかったかもしれない。
そんな危険な状態に自分がいたことを思い出す。
「君は『三人目』になるところだったのよ。
それがあの子に対する裏切りでなくてなんだって言うの?」
* * *
続