『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -22- (鏡夜)
誕生日だというのに、二日酔いモードでふらふらの鏡夜。
橘の努力もあって、なんとか仕事は遅刻せずに済んだようなのだが……。
* * *
体調が最大最悪に悪い=機嫌も最大最悪に悪い。
というマイナス面が、
仕事の処理という点においては、
プラスの要素に働くこともあるようだ。
誕生日だというのに、明らかに不機嫌な鏡夜を前にして、
場の空気を読んだ各部署の担当者が、
いつもよりも数倍、的確かつ簡潔な業務報告を行ったために、
普段より三十分以上も早く定例会議が終了して、
鏡夜は役員室の中で、ようやく、この日初めての食事を摂っていた。
もっとも「食事」といっても、
自社製の健康食品という味気ないものではあったが。
ようやく二日酔いの薬も効いてきたようで、
今朝に比べて頭痛も治まって来たし、
胃の調子もそこそこ良くなってきている。
この調子なら、なんとか仕事に区切りをつけて、
夜、彼女の家に行くにも支障はなさそうだ。
午後、取引先へ出かける前に、
わずかに空いた昼の自由時間。
昨日の夜から今朝にかけて、
溜めてしまったメールを処理してしまおうと、
カチャカチャと軽やかに室内にキーボードの音を響かせていると、
ツーツーっと、机上の内線電話のコール音がした。
「橘か? どうした、まだ時間はあるだろう?」
机の上の置時計は、十二時十分を指している。
予定では、午後一時に出発することになっていたはずだ。
『鏡夜様。実は……今、ロビーに、
藤岡様がお越しになっているとのことですが』
「ハルヒが?」
『いえ、それが……』
「藤岡」と言われて、
鏡夜はすぐにハルヒのことを想像したのだが、
橘は少し言い淀みながら、それを否定した。
「まさか、蘭花さんか?」
『はい。……どこか別の場所でお待ちいただきましょうか?』
橘の考えの中には、いくらハルヒの父といっても、
『蘭花を社内に通す』という選択肢は無かったらしい。
前に、蘭花が会社に乗り込んできて以来、
鏡夜に関して発生した事実無根の噂について、
橘はいつも気にしているようだったし、
それを鏡夜がずっと否定しないでいることも、
表立って鏡夜には言って来ないが、すこぶる気に入らないようだった。
そういえば、昨日の夜、
鏡夜から蘭花に、その噂を敢えて放置するように頼んだことも、
橘にはまだ話していなかった。
「いや、いい。通してくれ」
『は……? お通しするのですか?』
「外に出かけるのも時間が惜しいからな」
『しかし、鏡夜様……』
昨日の今日で、何の用事があるのか詳細は不明だが、
蘭花が会社に来たというのなら、それはそれで、
このシチュエーションを、かの噂を広めるため、最大限利用するだけだ。
「橘。俺に二回、同じことを言わせる気か?」
『い、いえ……畏まりました』
全く納得はしていないようだったが、
鏡夜に念を押されて、橘の声が電話の向こうに消え、
ほどなく、蘭花が役員室にやってきた。
「こ、ん、に、ち、は~♪ 鏡夜君。ごきげんいかが?」
「……」
昨日、あれだけ飲んだというのに、
いや、もしかすると互いに飲んでいるように見せかけて、
実は一方的に、鏡夜だけが飲まされていたのかもしれないが、
蘭花の顔は嫌味なくらいに晴れやかで、
今日も、メイクと衣装を完璧に決めてきている。
「昨日は楽しかったわね♪ 体調はどう?」
蘭花は鼻歌混じりで役員室に入ってくるなり、
ソファーにどんっと座って長い足を組むと、
鏡夜を見つめながら、にやにやと含みのある笑みを浮かべた。
「良い……と、言いたいところですが、
流石にあまり調子は良くないですね。
ああいう無茶な飲みは、今後は勘弁してください」
「あらあら、しおらしいじゃない。昨日の君とは大違い。
あ、橘さんもこんにちは~。昨日はご苦労様」
「……鏡夜様が、いつもお世話になっております」
橘も、別に蘭花が嫌いというわけではないのだろうが、
何故、わざわざ水商売の格好で会社にやってくるのかと、
迷惑そうに眉をしかめながら、蘭花に挨拶をしている。
そんな橘を、午後一時に呼びにくるように命じて、
隣の部屋に下がらせると、
鏡夜は蘭花に向かい合ってソファーに座った。
「蘭花さん。昨日は……、
実は途中からあまり覚えてないんですけど、
僕は何か失礼なことはしませんでしたか?」
「そうねえ。あ~んなことや、こ~んなことや……、
まさか鏡夜君が飲むと、ああなっちゃうなんて知らなかったわぁ」
「……」
記憶が飛んでいるせいで、
そんなことはないはずだと、
言い切ることができないのがもどかしい。
応援のために連れてきたはずなのに、
先に酔っぱらってしまった光の様子を思い出し、
自分もああなってしまったのだろうかと、鏡夜が不安に思っていると、
「うふふ。な~んてね。冗談よ。
鏡夜君、昨日は酔っ払ってすぐ寝ちゃったのよ。
もうちょっと騒いでくれればよかったのに」
「……意地悪ですね、蘭花さんは」
ほっと息をついた鏡夜の表情を見て、
蘭花はにまにまと笑っている。
「だって、君のその澄ました顔が、
驚いたり照れたりするのを見るのがすっごく楽しいんだもの」
「それはかなり悪趣味だと思いますが」
「そう? 綺麗な男の子の困る顔なんて、眼福モノじゃない」
「はあ」
体調が若干悪いとはいえ、
あっという間に蘭花のペースに乗せられてしまった鏡夜は、
おそらく一生、蘭花には口では敵わないんだろうな、などとぼんやり考えていた。
「で、蘭花さん。本日のご用件は……。
昨日、何か忘れたことでもありましたか?」
「そうそう、今日来たのはね、
誕生日プレゼントを渡すの忘れてたから、
どうしても今日渡しておきたいと思って立ち寄ったのよ」
「プレゼント、ですか?」
そう言われて、鏡夜は蘭花の持ち物を、
ざっと一瞥してみたのだが、
蘭花の手荷物といえば、
ブランド物の小振りなハンドバッグ一つだけ。
どう考えてもプレゼントの包みのようなものを持っている気配がない。
「ええ、そうよ」
頷きながら蘭花はハンドバッグの口を開けると、
そこから一通の封筒を取り出して、
鏡夜の面前のガラスのテーブルの上に、すっと置いた。
「はい、これ。お誕生日プレゼント。鏡夜君お誕生日おめでとう~♪」
それは、ハガキサイズの横開きの白い封筒で、
手に取ってみると、かなりずっしりとしていて、そこそこ厚みもある。
「わざわざすみません。開けてよいんですか?」
「ええ、いいわよ」
封筒は糊付けされておらず、
一箇所シールで止めてあるだけだった。
「これは……」
それを破いてしまわないように丁寧にめくり、
鏡夜は中に入っていたものを取り出す。
「……『写真』……ですか?」
中から出てきたのは手紙ではなく、
数十枚はあろうかという、長方形の紙の束。
「ええ。それが私から君へのプレゼントよ」
* * *
続