『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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気付けば、既に午前0時を回っていたらしい。
「鏡夜君、お誕生日お、め、で、と~♪」
常連客と、アフターで食事に行ってしまった従業員を除いて、
店に残った従業員全員がボックス席に集まって、
鏡夜を取り囲むと、一斉に拍手をしてくれた。
「どうも……ありがとうございます」
体調的に徐々に限界が近づいてきていた鏡夜が、
少々不自然な、固い笑顔でそれに答えると、
「折角のバースディにそんな暗い顔しないの。さあ、誕生日祝いに景気づけ!」
などと、蘭花にいいように促されて、何やらキツい酒を飲まされる始末。
今日は終始蘭花のペースに振り回されっぱなしだ。
辛うじて理性を保ってきたものの、
さすがにこれ以上の深酒は危険……だと、感じる。
こんなに酒を飲んだことは、今までに一度もないから、
自分がこの危険域を超えた後にどうなってしまうのか想像もできない。
「蘭花さん、さすがにそろそろ……気も済んだんじゃないですか?」
考えてみれば、店に入った直後から、
おそらく意図的にだろうが、
かなり強めの酒を次々と勧められていたように思う。
飲み始めた直後は、そこそこテンポ良く、
蘭花から注がれる酒を飲み乾していたように記憶しているが、
光と馨を見送ったあたりから、
くらりくらりと目眩がし始めて、視界が怪しくなってきた。
やれ誕生日だのなんだのと、
皆に騒がれていたのはつい先ほどのことのはずだが、
ふと気付けば、すでに周りは静かになっていて、美鈴の姿も消えている。
「あの……流石に……そろそろ……帰らないと……明日の仕事が……」
もっとも、今、解放されたところで、
こんなにもアルコールが入った状態では、
明日の朝、ちゃんと起きれるかどうかも、もはや怪しい。
きっと橘が、普段以上に必死になって起こしてくれるはずなので、
会社に遅れるということはないだろうが、
しかし、明日はいつものような不機嫌を通り越して、
軽く『流血沙汰』を起こしてしまいそうな気さえする。
自分が今、こんな状態であることを、外で待つ橘に伝える術もない。
明日はできるだけ早く仕事を終わらせて、
彼女の家に行きたいと思っていたのに、
このままでは仕事の処理速度にも大いに影響しそうだ。
「ふふん、いまさら泣き言かしら? 聞かないわよ」
蘭花は鏡夜の前で、
キーホルダーがついた鍵を、ちゃらちゃらと振って見せる。
「ママが後片付けと戸締りちゃんとして帰るなら、
好きなだけ居ていいって言ってくれたし♪
今日は朝まで飲み明かすわよー!」
「蘭……花さん……」
容赦ない現実を突きつけられて、
鏡夜の体中の血が、一気に引いていった。
首元から背筋を伝って、真っ直ぐ下の方へ、
強く引っ張られるようなイメージ。
「朝までって……本気だったんですか?」
「嘘言ってどうするのよ。
あ~あ。お客さん送り出してたら酔いが醒めちゃったし。
さあ、飲みなおし飲みなおし!
あ、そういえばお酒が切れてたわね。新しいお酒、持って来るわね。
心配しなくても、ここからは営業時間外だからあたしがオゴるわよ♪」
上機嫌の蘭花は、軽やかな足取りで、
バーカウンターの方に酒の調達に向かっていってしまった。
「……」
行儀良く座っている事に、ついに耐え切れなくなった鏡夜は、
ソファーの背もたれにべたりと寄りかかり、頭を抑えたまま、目を閉じた。
「そろそろ酔いが回ってきた頃かしらね。
さっきの光君みたいに、乱れてくれると楽しいんだけど」
蘭花の声が近づいてきたので、
背もたれに寄りかかったまま、鏡夜は薄目を開けた。
「ああいうのは……勘弁です」
「うふふ。プライドの高い鏡夜君は、お酒に酔って乱れる姿を、
死んでも他人には見せたくないってことなのかしら」
「……」
ぐらぐらと歪みが酷くなる一方の世界の中で、
鏡夜は隣に座った蘭花に恨みのこもった眼差しを向けた。
「……蘭花さんは……一体、僕の何が……ここまで気に入らないんですか?」
「ん? どういうこと?」
大体今日の呼び出しは、
最初から明らかに様子が変なのだ。
鏡夜が退院してまだ一週間ほどしか経たないことも、
明日が……いや、もう今日になるのかもしれないが、
鏡夜の誕生日にハルヒと一緒に過ごすことになっている事も、
蘭花は当然知っているだろうに、強引に呼び出して、
鏡夜をアルコール漬けにして、
終始、逃げることは許さない勢いで鏡夜に迫る。
大事な娘を奪ってくれた男には、
『父親の自棄酒に付き合う義務がある』
などと言っていたけれど、
曲がりなりにも病み上がりの自分に、
ここまでしつこく絡んでくるのは、
他になんらかの含意があるとしか思えない。
「今日……ここに来いというのも、
本当は僕に何か……言っておきたいことがあったからでは……?」
「言っておきたいこと……う~ん。そうねえ……」
蘭花はもったいぶった様子で語尾を延ばすと、
空っぽのグラス二つに、おそらく焼酎か日本酒なのだろう、
カウンターから持ってきた透明な飲み物を注いでいる。
「鏡夜君は……確か今は、鳳グループの、
サービス事業を専門に手がけているんだったわよね?」
そのうちの一つのグラスが、
どんっと音を立てて鏡夜の前に置かれる。
要するに、飲め、ということなのだろうが、
既に酒を見るだけで気分が悪い。
「……ええ、今はそうですが……それが何か……?」
「実際に接客はしたことなくても、
サービス事業を仕切っているなら、こういう言葉はご存知?
『一度失くした信用を取り戻すのは容易じゃない』って」
「ええ……それならいつも従業員に言い聞かせてることです。
信用は……一段一段……積み上げていくしかないけれど、
崩れるときは一瞬だから……いつでもミスの無い……もてなしをするように、と」
「だったら、あたしが君に、怒ってる理由も分かるってもんじゃない?
君はハルヒと、それにあたしも裏切ったんだから」
「……」
確かに自分はハルヒに一度別れを告げた。
どんなに苦しくても彼女の側にいると、
蘭花に堂堂と誓っておきながら、
自分はあの時確かに逃げようとしたのだから、
蘭花から責められても鹿が無い。
後になって、ハルヒとの仲が修復した後も、
見舞いに来る度に、蘭花はちくちくとその時のことを、
軽口まじりに話題に出してきた。
その度に、対する鏡夜は誤魔化したりせずに、
真剣に謝ってきたつもりだったし、
蘭花も、冗談めかして嫌味っぽく繰り返してはいたものの、
一方的に攻め立てるような態度ではなかったから、
鏡夜がハルヒに別れを告げたその苦しい胸の内を、
蘭花は納得してくれていると思っていた。
なのに、蘭花さんはまだ、俺を許してはくれないのだろうか?
「鏡夜君。君が失った信用は、大きいわよ?」
蘭花の中に芽生えた鏡夜に対する疑いは、
そう簡単には消えていないらしい。
差し詰め、今日は、人事不省になるまで酒を飲ませることで、
鏡夜の本心を聞き出そうという魂胆だろうか。
「君が今までハルヒにしてきてくれたことは、
すごく感謝してるし、それなりに信頼もしてたし、
それから……君が自分の評判を犠牲にしても、
今後ハルヒと一緒に居たいって決意も認めるわ。
でも、それでも、不安になるのよ」
「不安?」
「今年の六月にハルヒと付き合うって、君が約束をしてくれたことだって、
その後、色々事情があったのは分かってるけど、
少なくともあの時点では、君は『本気』だったわけでしょ?
この先も、あの時みたいに、
君の本気の決意が揺るがない保障があるのか、
不安になるのは、親として仕方ないことだと思わない?
あの子は……琴子がいなくなってから、私に残された唯一の宝物、なのよ?」
「……」
確かに、本気で約束したことを、
どんな理由があったとしても、結果的に反故にしたのだから、
蘭花が自分を不信がるのも、もっともだ。
信頼を取り戻すには、とにかく、
もう二度と彼女の前から逃げるつもりも、また、その理由もないのだと、
精一杯の誠意を蘭花に伝えていくしかない。
そう考えて鏡夜が口を開きかけると、蘭花が妙なことを呟いた。
「しかも、君の場合、一度ならず二度も裏切ってくれたんだから、余計にね」
……は?
鏡夜は背もたれに寄りかかっていた身体を起こすと、
眉をひそめ、蘭花に向かって問いかけた。
「僕が、二度……裏切った?」
* * *
続