『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -16- (鏡夜)
強い酒を飲み過ぎて、少し気分が悪くなってきた鏡夜。応援のために連れてきた光は、
すっかり酔っぱらってしまっている。そうこうしているうちに、バーの閉店時間が近づいてきた……。
* * *
バーの営業時間も終わりに近づいてきたことで、
他のテーブルの客は、次々と席を立っていく。
鏡夜を悪酔いさせようと、盛んに強い酒を勧めてきていた蘭花も、
光と馨に囲まれて上機嫌だった美鈴も、
この時ばかりは、一旦、席を外して、
店の入り口で他の常連客を見送っていた。
「……ねえ、鏡夜先輩」
自分にべったりとしがみついて、しくしく泣き止まない光の頭を、
馨は、よーしよーしと子供をあやすような感じで擦っていたのだが、
店を出て行く周りの客の様子を見渡して、
「光がもうどーにもならないから、僕らもそろそろ帰るよ」
溜息をつきながら立ち上がると、
弾みでソファーの上に倒れこんだ光の身体を、
腕を掴んで引っ張りあげると、そのまま肩に担ぎ上げた。
「で……はい、これ。鏡夜先輩」
「ん? 何だ?」
「10分くらい早いけど、誕生日プレゼント、ね。
さっき、外で走り書きしてきただけで悪いけど」
ぐったりとした光の身体を右肩で支えながら、
馨は左手で、胸ポケットを探って
そこから折りたたんだ紙を取り出すと、
鏡夜に向かって、すっと差し出した。
受け取って中を見ると、手帳を破ったらしい一枚の紙切れに、
なにやら文字が書きこまれている。
「なんだ? このメモは?」
「前に約束……っていうか僕ら、鏡夜先輩と賭けしたでしょ?
その罰ゲーム、まだやってなかったのをさっき思いだしてさ。
だから、その中から鏡夜先輩が好きなの選んでよ」
渡されたメモには、
燕尾服、タキシード、モーニングから始まって、和装に至るまで、
各種フォーマルウェアの名称がずらりと並んでいる。
「賭け……ああ、もしかして高校の時のか?」
高校の時、なりゆきで双子との間で『とある賭け』をしたことがあって、
その勝者となった鏡夜は、
双子に対して、『オーダーメイドで礼服を一式作ってもらう権利』を獲得していた。
ところが、その後、色々なことがあった所為で、
今までその権利を行使することはおろか、
そんな勝負をしたことさえ、忘れてしまっていたのだ。
「ま、なんか結構時間たっちゃったし、
殿が……あんなことになって……今更な感じはあるけど、
でも、一応、約束したことだからね」
「そうら! しんしたるもの……やくそくしたことは、
ぜっらいにまもる……もの……らんら!」
約束、という言葉に反応して、
光がぶんぶんと腕を振りながら、一瞬、大声を張り上げたが、
すぐに、ぐてんと馨の肩の上に頭を垂れ、すーすーと寝息を立て始める。
「はいはい……。まあ、選ぶのはすぐじゃなくてもいいからさ。
決まったら連絡くれる? そしたら僕らでデザインしてプレゼントするから」
「わかった。考えておくよ」
鏡夜はそのメモを再び折りたたむと、
自分の胸ポケットに差し込んだ。
「これで僕らと鏡夜先輩とで貸し借りは一切なしだからね?
だから……今後、もし、ハルヒのこと、泣かせるようなことがあったら、
遠慮なくハルヒを奪いにくるからね」
「それは分かってるよ。お前はずっと光の味方なんだろ?」
数か月前、事故で入院した折、
見舞いに来た光からは、
既に、『ハルヒを今でも好きだ』と、宣戦布告されていた。
どんなに自分が彼女のことを大切に思っていても、
誰かが誰かを好きになるという気持ちを、
強引に止めさせるわけにもいかない。そんな権利は誰にもない。
長い間、環とハルヒ、二人の恋の行く末を見守り、
決して手に入らない、手に入れてはいけないと知りながらも。
自分がずっと、彼女を愛する気持ちを消せなかったように。
自分に出来ることはたった一つ。
他者の気持ちが変えられないならば、
自分と彼女との間に、誰の想いも入り込まないように。
誰よりも強く、深く、彼女を心から愛してやること。
ずっと凍らせていた自分の本心、
それを覆っていた厚い氷はすっかり溶けて、
閉じ込められていた彼女への想いは、
すでに温かい空気に触れてしまっている。
それを大きく育てていけるか、
それとも腐らせてしまうか、
……全ては、これからの自分の行動次第。
「光からは、もう同じことをとっくに言われて……」
「勘違いしないでよ。僕が味方をするのは、
あくまで、今の鏡夜先輩を相手にしようとしてる光のこと、だけだよ」
「……どういう意味だ?」
「もしも、鏡夜先輩が、この先、
ハルヒを泣かせたり、悲しませたりして、
ハルヒの心が鏡夜先輩から離れるようなことがあったら……」
馨はちらりと横目で、寝入っている光を見つめた。
「その時は誰にも遠慮せず、『僕が』ハルヒを奪いにくるから」
かつて、ハルヒに好意を寄せていて馨が、
それでも、光の存在の方が大事だからと、
光とハルヒが一緒にいることのほうが嬉しいからと、
そう考えて身を引いた、その一連の事の経緯は知っている。
だからこそ、この馨の言葉は驚いた。
「馨。お前にとってハルヒは、それほどの存在か?」
ずっと光のサポート役に徹するのだと思っていた馨が、
光と同じラインに立って、ハルヒのことを争うと宣言したことに。
「……僕はずっと光が心配だったからね。
僕の中の大事さで比べるなら、
ハルヒより光のことほうが、今までは全然上だった。
でも、今の光はもう、僕がただ見守らなきゃいけない存在じゃない。
だから、僕が光と同じ立場で、戦っても構わないと思うんだ。
……ま、でも、もちろん僕だってハルヒが幸せなのが一番だから、
あくまで、ハルヒが鏡夜先輩の傍から離れたときの話だけど。
それまでは、ずっと、僕は光の味方だよ?」
ハルヒの隣にいる立場を手に入れた鏡夜が、
今後、万が一ハルヒと別れるようなことがあった時、
……という条件付きではあるようだが、
もしも、その時がきたら、高校の時のように、
光のために一歩引いて、
ハルヒを無条件で譲るようなことはもうしないのだと、
馨は鏡夜の前できっぱり言い切った。
「そういうわけだから、鏡夜先輩。
そこのところ、よーく理解しておいてよねっ!」
馨はにやりと笑いながら、鏡夜にウインクしてみせた。
「……」
ようやく彼女と本当に心を通じ合えたと、
浮かれている場合ではなく、
まだまだ自分には、気をつけておかなければならないことが多そうだ。
「なるほど……よくわかった」
思いがけない二人目の挑戦者の登場に、
鏡夜は余裕たっぷりの笑みを見せることで、
その決意に応えてやることにした。
「お前の決意……いや、お前と光の宣戦布告は、
しっかり心にとめておくことにするよ」
* * *
続
※鏡夜と双子の、賭けの内容については『君の心を映す鏡』参照。