『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -15- (ハルヒ)
鏡夜、光、馨が、蘭花の勤務するオカマバーで手厚い接待を受けている頃。
弁護士事務所に残って、仕事を続けていたハルヒは……。
* * *
ハルヒの携帯に、再びメイから電話がかかってきたのは、
23時半を少し回った頃だった。
このくらいの時間になると、
終電の時間も気にしなければならない。
もちろん、最悪タクシーで帰る方法もないではないが、
必要経費は基本自分持ちなので、
毎日毎日タクシーで帰り続けるのは財布に厳しい。
それに、後になってタクシーを使ったことが鏡夜にバレたら、
そんなことになるくらいなら、
毎日鳳家から送り迎えの車を寄越すと言われかねない。
鏡夜には迷惑はかけたくないし、大袈裟なことをされるのは恥ずかしい。
そういうわけで、残り少ない時間の中で、
ハルヒは、残っている仕事と熾烈な戦いを繰り広げていたわけだが、
メイから電話が入ってしまったため、
仕事は中断せざるをえなくなってしまった。
今日は敗北(=終電を逃す)確定、といったところだろうか。
『つーか、あんた、どうしてさっさと電話に出ないのよ。
もう、三回くらいかけてるんですけど』
「え、そうなの?」
さっきの電話と同様に、
また会話の冒頭から怒鳴られてしまった。
なんてデジャヴ。
終電に間に合わせようと、
ものすごく集中して仕事に取り掛かっていたから、
メイからの着信を気付かないまま、ずっと放置していたらしい。
『あんた、まだ事務所にいるよね?』
「うん。他の人は皆帰ったけど、まだ終わらなくて」
『あんた、ちょっと出てこれない?』
出来ることなら仕事はちゃんと済ませて、かつ終電で帰りたいなと、
内心かなり焦っていたハルヒに対して、
メイが突然、そんなことを言い出した。
「『出てこれない?』って……今から? どこに?」
『あたし、今、あんたの事務所のビルの下にいるのよ』
「え、うちの事務所の前にいるって、どうしたの?
メイちゃんの家、こっちの方向じゃなかったよね?」
『とーにーかーく。いーからちょっと降りてきなさいよ。
さっきからあんたが電話に出ないから、
ずっと外で待ってて、マジ寒くて死にそーなんですけど』
「外で待ってたってどうして……」
『い、い、か、ら! さっさと来る! あたしを凍死させる気?』
「う、うん分かった。すぐに行くから待ってて」
この時間になると、ビルの入り口には、
防犯のために自動的に鍵がかかってしまうので、
部外者はビルの中へは入ってこれない。
ハルヒは通用口のカードキーとコートを手に持つと、
慌てて階段を駆け下りて一階裏口からビルの外に出た。
裏口の扉を開けると、
ひんやりとした夜の空気に身体が自然と震える。
こんな時間に突然メイちゃんどうしたんだろう?
素早くコートを羽織り、小走りで裏口から表通りに回ると、
ビルの角を曲がったところで、
入り口のガラス扉の前で、寒そうに首をストールに埋めて、
腕組みをして待っているメイの姿が見えた。
「ごめん、メイちゃん。突然どうしたの?」
「……」
元々、メイのほうがハルヒよりも身長は高いのだが、
今日は、特にヒールの高いブーツを履いているらしく、
いつもよりも更に威圧感がある。
「……はい、これ」
メイは近づいてきたハルヒのことを、
上からぎろりと睨みつけると、
ずいっとハルヒの前に紙袋を一つ突き出した。
「え? 何? この袋」
「いいから、はいっ! さっさと持つ! 重いんだから」
「え、え、えっ!?」
メイから押し付けられたのは、縦長で細身の紙袋だった。
メイが言うほど重いものではなかったが、
指に紙袋の紐が、少々食い込むくらいの、ずしっとした重みはある。
「これ、なあに?」
紙袋の口から中を覗き込むと、
綺麗にラッピングされた黒いビンが一本入っているのが見えた。
「何って見りゃー分かんでしょ。ワインよ、ワイン」
「ワイン……って、なんで私に?」
「誕生日に手料理っていうのは、確かに良い案だと思うケド。
でも、味がイケてても、あんたの料理は、
盛り付けっつーか、全体的な雰囲気っつーか、
そういうのに雑なところがあるからさあ……」
「だって、食べられれば別にいいじゃん」
「そこよ! あんたの悪いところは!」
メイはハルヒの鼻先に、びしっと人指し指を突きつける。
「あんたのそういうところが無神経だってゆーの!
折角、鏡夜君と初めて二人っきりで過ごす誕生日なんでしょ?
流石のあたしでも、良い『プレゼント』はちょっと思いつかなかったけど、
せめて、いつもの手料理とは別に、特別なアイテム用意しておけば、
鏡夜君、きっと喜ぶんじゃないかと思ってさ」
「そ……そうなのかな?」
「そういうもんなの! つーことで、
あんたが、なんか時間ねーっていうから、
代理でワイン用意してきてやったのよ。ありがたく受け取んなさい」
「で、でも……」
急なことで驚いてしまって、
反射的に遠慮しそうになったハルヒだったが。
「なあに? あたしが持ってきたワインに不満があるっつーの?」
メイの押しの強さからいって、
受領を拒絶することは、まず出来そうになかったし、
わざわざ寒空の下、仕事で疲れてるだろうに帰宅ルートを変えてまで、
ワインを届けに来てくれたメイの気持ちを考えて、
ハルヒは素直にワインを受け取ることにした。
「あ、ありがとう。メイちゃん。すっごく嬉しいよ」
「念のため言っとくけど、あたしからもらったってことは言わないで、
ちゃんと、あんたが自分で用意したってことにすんのよ?
じゃなきゃ全然意味ないから」
「う、うん。分かった」
「……んじゃ、今日はそれ渡しに来ただけだから、
あたし終電無くなっちゃうし、もう行くわ」
ハルヒの返事を聞いたメイは、
あっさりとハルヒに背を向けると、
さっさと地下鉄の駅の方へ歩いていこうとする。
「メイちゃん、待って! ワインのお金は……」
受け取りはしたものの、代金を払ってないことに気付いて、
メイを引きとめようと大声をあげると、
メイはくるっとハルヒの方を振り返り、右手をひらひらと振ってみせた。
「そんなん別にいらねーって。あたしが勝手にしたことだし。
あ、でも、鏡夜君と何か進展があったら、
こんどこそ、あたしに報告するの忘れないでよね!」
「それは分かったけど、でも……悪いよ、代金くらい払うって」
「だから要らないってば! あんたも結構しつこいね」
「だって、買って来てもらってお金も払わないなんて」
「ハ、ル、ヒ!」
食い下がるハルヒに向かって、
この日初めて、メイはハルヒの名前を呼んだ。
それから、カツカツとヒールの音を高らかに鳴らしながら、
ビルの前に戻ってくると、ハルヒの両肩にがしりと手を置いた。
「ハルヒ。あんた……もう『大丈夫』なんだよね?」
ワインを手渡すまでは、
いつもと変わらず、挑発的な鋭い目つきをしていたメイは、
今、ハルヒに問いかけながら、
唇を震わせて泣き出しそうな顔をしていた。
「あんたは……『あんた達』は、
絶対『幸せ』にならなきゃダメなんだから。それ、わかってんの!?」
メイ……ちゃん……?
鏡夜の誕生日の準備が云々と、
それなりの理屈を付けてはいたけれど、
このメイの表情を見たハルヒは、
メイが、本当は何を心配して、今日、自分に会いに来てくれたのか、
その理由に、ようやく気付くことができた。
同時に。
自分は……自分達は、
こんなにも周りの人に心配をかけていたのだと。
今更ながらに思い知らされて、とても恥ずかしくなった。
「うん、大丈夫。私、ちゃんと分かってるよ」
ずっとずっとさ迷っていた、
出口の見えない真っ暗な森の中。
そこは、外の世界とは別の空間。
本当は一刻も早く、外の世界へ、普通の生活へ、
戻らなければならなかったのに、なかなかそれができなかった。
けれど、どんなにそこから動けなかったとしても、
とどまり続けるのは自分一人だけのこと。
外の世界は自分一人を置き去りにして、
ただ粛々と、普段通りに、時は流れ続けていると思っていた。
でも、それは違った。
鏡夜がしてくれたように、
自分と同じ傷を負って、森の中に入ってくることはなくとも、
迷い込んだ自分のことを心配して、
見守り続けてくれた沢山の人が、外の世界にはいた。
自分と鏡夜との間では、
すっかり解決したつもりになっていた問題を、
こちらをずっと見守ってくれていた人達には、
ちっとも伝えてなかった……そんな、自分が情けなくて。
ちゃんと言わないといけないと思った。
ちゃんと謝らないといけないと思った。
「私は、もう大丈夫だから」
過去に閉じこもっている間、
誰とも関わりたくなくて、連絡をとることは全く無かった。
それでも、自分のことを、
見捨てずにずっと気にかけてくれていた、
大切な大切な、かけがえのない親友に、心からの感謝を。
「長いこと心配かけちゃって、ごめんね。メイちゃん。本当に……ありがとう……」
ありがとう。こんな私の、友達でいてくれて。
メイにつられて、ハルヒの両目も少し潤んできていたのだが、
涙を零してしまわないように、ぐっと堪えると、
ハルヒは、メイへの感謝の気持ちを、
今出来る、精一杯の笑顔に乗せて伝えることにしたのだ。
* * *
続