『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -13- (蘭花)
蘭花が鏡夜のオフィスに押し掛けたことで広まった醜聞。
それを、鏡夜はそのまま放置したいので、協力してくれと蘭花に申し出てきた。ハルヒを守るために。
* * *
最愛の妻、琴子が早くに病気で亡くなってから、
父と娘と二人っきり、常に支えあって生きてきた。
父親が水商売(オカマバー)の仕事をしているなんて、
世間体が良いはずないのに、
あの子は一度だって、それを恥ずかしがって隠すことも、
あたしに向かって、そんな仕事はやめてほしいと、
責め立てることもなかった。
ずっとずっと、あたしに迷惑かけないようにって、
いつも、父親に気を使ってばかりいてくれていたあの子が、
ようやく、自分自身のために選んだ相手。
それが、今、隣に座っている鳳鏡夜だ。
今日は娘を奪ってくれた腹いせに、
思う存分酔わせてやろうと、
手ぐすね引いて待っていて、いざ接待を始めたばかりのところで、
急に彼が低姿勢で「お願いがある」などと言い出すから、
ちょっと肩透かしを食らった気分になってしまった。
「……今、彼女は新米弁護士として、
町の事務所で働き始めたばかりです。
それなのに、うちの家と関わっていると知れれば、
彼女の仕事がやりにくくなることも考えられます。
弁護士はハルヒさんが選んで決めた道ですから、
今は、彼女のために、
彼女が望むことをさせてやりたいと思うんです。
ですが、この噂を放置するとなると、
蘭花さんにもそれなりにご迷惑がかかることになりますので、
それで、今日、お願いしておこうかと思いまして」
鏡夜君。
君が不幸にも交通事故に遭ってしまったあの日、
あたしと対峙していた喫茶店で、
君は同じように『ハルヒのため』にと言っていたよね。
あの子が環君のことを忘れられないから、
自分が側にいても苦しめるだけだから、
だから、あの子と別れるんだと、
君はあの日、あたしに向かってそう説明したよね。
あたしはあの時、君を怒った。
なんでも『ハルヒのため』って冠をつければ、
許されると思ってるんじゃないかと、君を責めた。
でも、今日の君は、同じような理由を口にしても、
あの時とは全然印象が違う。
あの日の君は、
全てを計算しつくて、
とても冷静に、
与えられた任務をこなすみたいに、
ただ粛々と、
あたしにハルヒと別れる理由を説明してくれた。
でも、今の君は、
感情の溢れるままに、
どこか不安そうに言葉を途切れさせながら、
言葉を一つ一つを丁寧に選んで、
とても懸命に、あたしに語りかけてくれている。
そんな君を見ていたら、
あたしもそんな風に緊張したときがあったって、
うっかり思い出してしまった。
今から二十年以上も前の自分。
『琴子さんをください』
今、思い出すと、目眩がして倒れてしまいそうなほどに、
ベタな恥ずかしいセリフを、
彼女の両親の前で土下座をして言った、あの時の自分を。
「わかった、もう、わかったわよ。充分」
今日はハルヒの父として、
娘を奪おうとする相手を、とことんいたぶってやろう、
……という日のはずだったのに、なんて、不覚。
娘の心を奪った憎っくき『敵』に同調してしまうなんて。
「君の言いたい事は分かったわ。
要するに、しばらくの間、あたしと君が恋人同士、
みたいな感じに演じておけばいいってことね?」
「……良いんですか?」
「良いわよ、全然。ハルヒのためならお安い御用よ」
「あの、蘭花さん、僕が言いたいのは……」
「君の言いたいことは分かった、と言ったでしょ?」
鏡夜君。
君が今日、あたしに確認したかったことは、
あたしが『嘘をついてくれるか』ってことじゃない。
嘘をつかなければ、
ハルヒを守れないような立場にいる自分が、
本当にこのままハルヒと付き合っていいのか。
君が不安に思っているのはそこなんでしょう?
「鏡夜君。本当は……、
鳳家のことが、ハルヒの迷惑になるかもしれないってことを、
あたしに伝えるの、嫌だったでしょ」
「……はい、本音を言えば」
「は~あ。ほんと、見くびられたものね。
このあたしが『そういうこと』で、
君とハルヒとの仲を認めない、なんて言うと思った?」
「それは……」
今から、二十年以上前。
同じように緊張しながら、
自分は愛する人の父親に、娘さんをくださいと頼み込んだ。
けれど結局、自分と琴子のことは、許してもらえなかった。
大学も出ていない、
定職につかずアルバイトばかりしてる、
茶髪でピアスなんかしてちゃらちゃらしている、
挙句の果てに、結婚前に娘に手を出して孕ませる、なんて。
そんなふしだらな奴に、琴子を幸せにできるのか、
できるわけがないだろうって。
あたしの言葉なんて何一つ耳を貸さない、
まさに一刀両断だった。
彼女の両親が、
あたしと琴子との結婚を反対する理由としてあげた事は、
ほとんどが、あたしの外面上のことばかり。
さらに、折角授かった愛しい命でさえ、
ふしだらの一言で片付けられて、
最後まで、彼女の両親は、
あたしという人間自体を見ようとはしてくれなかった。
それは、『あたし』という存在の、容赦ない全否定。
「あたしは、その人自身の本質に関係のない、
家柄だとか学歴だとか見た目だとか……、
『そういうこと』をゴチャゴチャ気にするつもりはないわ」
でも、琴子は違った。
上辺だけで判断する奴らとは違って、
ちゃんとあたしっていう人間を認めてくれた。
だから、あたし達は、
親兄弟との縁を全て切って、駆け落ちすることで、
自分と、琴子と、そしてお腹の中にいたハルヒと三人で、
新しい家庭を築くことを選んだ。
「捨ててしまえば、そういう『しがらみ』は無くなるかもしれない。
けど、あたし達がやったみたいに、
君がそれを捨てる気がないんだとしても、
それが悪いとは言わないわ。
しがみつくのは多分、捨てることの何倍も大変なことだから。
どっちに進んだっていいのよ。
自分の選択が引き起こす全てを、君がちゃんと受け止めて、
しっかり責任を取るって言うんなら……、
あたしは『君自身の言葉』を信じるわ」
おそらく、勘の良い鏡夜君のこと。
あたしが、なんでこんなことをいうのか、
その理由に気付かないはずがない。
「……蘭花さん」
けれど、鏡夜君は、琴子の名前は一切持ち出さずに、
神妙な顔つきで、小さくこちらに頭を下げた。
「有難うございます」
* * *
続