『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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蘭花に勧められるまま、二、三杯、グラスを空にしただろうか。
「蘭花さん。酔いが回る前に、一つ、お願いしておきたいことがあるんですが」
「あら、別にお願いなんてしなくても、
酔いつぶれても、ちゃんと介抱してあげるわよ?」
「い、いえ、そういうことではなくて」
散々弱みを握られているわけだし、
ここで無様に倒れて、蘭花に介抱されるような状況にだけは、
出来ればなりたくないものだ、などと考えながら、
鏡夜は飲み干したグラスを蘭花に手渡しつつ、ちらっと光と馨のほうを見た。
「実は、退院して出社したところ、
蘭花さんが僕の会社にいらっしゃったことが、ちょっとした噂になってまして」
「噂?」
蘭花がオカマバー出勤前の格好で、
鏡夜の会社の受付で大騒ぎしたことは、
その日、ロビーにいた社員に目撃されることになり、
その後、鏡夜の見舞いに蘭花が来ていたことを、
同じく見舞いに来ていた部下の社員に目撃されたり、
鏡夜が未だに結婚もせず、
良家からの縁談を全て断っていることなどが相乗効果となって、
『鳳家の三男は、今、ニューハーフに入れ込んでいる』
などといった、鏡夜にとっては誠にありがたくない噂が、
さも真実のように流れてしまっている。
そんな噂の経緯を鏡夜が説明していると、
「あらあら、なんの話? なんだか面白そうなことになってるわね」
光と馨の相手をしていたはずの美鈴が、
興味津津、目を輝かせて鏡夜と蘭花の会話に加わってきた。
その一方、蘭花に鏡夜の勤める会社の場所を教えて、
蘭花が乗り込んでくる手伝いをしてしまった馨と、
その事情を知っていて鏡夜に隠していた光は、
揃って視線を上向きにして、鏡夜と目を合わせようとしない。
「まあ、確かにあの日は、かなり頭にきてたから、
多少変な噂は立っても構わない! って思って乗り込んじゃったけど、
なあに? そんなにひどい噂になってるの?」
「蘭花さん、あの時、うちの受付の社員に何か色々とおっしゃりませんでしたか?
僕とは『ただならぬ関係』だとか」
「そうだったかしら……、
細かくは覚えてないけど、確か受付の子が頭が固くって、
アポ無しじゃ鏡夜君に会わせられないとか、
なんか、うだうだ言ってきたから、
ちょっと売り言葉に買い言葉というか、
つい口がすべって、そんなことも言ったかもしれないけど。
あ、もしかして、それが変な噂の原因?」
「それだけではないのですが、まあ、一番大きいのはそこですね」
「あら、いやだ……どうしよう」
今夜は、鏡夜に対して、終始攻勢に出ていた蘭花も、
噂が想像以上に広まってしまった件について、
流石に申し訳ないと思ったらしい。
「なるほど、要するに鏡夜君のお願いは、その誤解を解きたいってことなのね。
うーん、どうしたものかしら。
一度、背広でもびしっと着て会社に行く……とか?
でも、あたしが男の格好して行ったところで、簡単に噂は消せないわよねえ」
「いえ、蘭花さん。僕がお願いしたいのは、その『逆』です」
蘭花が、噂を消すための方法を、
考えようとしてくれたのは有難いが、
鏡夜の頼みは、噂を消す手伝いをしてほしい、ということではない。
「逆?」
腕組みをして首を傾げ、鏡夜を見る蘭花。
「はい。この噂なんですが、
しばらくこのまま『放置』しようと思ってるんです。
それで、蘭花さんにご協力いただけないかと思いまして」
「噂を放置? それに私に協力しろってどういうこと?」
「もし、誰かが噂の真相を確かめにくるようなことがあれば、
口裏を合わせていただきたい、ということです」
「それくらい別にどうってことないけど、
でも、ニューハーフとプライベートで関係がありそう、
なんて、鏡夜君にとっては良くないことなんじゃない?
お仕事にも影響は出るでしょ?」
「それはそうかもしれませんが、
でも、僕は……ハルヒさんのことを、未だ公にはしたくないんです」
深い関係になればなるほど、
ハルヒと自分が特別な関係であることを、
隠そうとするのにはどうしても限界が生まれる。
自分の護衛スタッフにも、
気をつけるようには指示しているが、
誰が、どのような手段で鏡夜の身辺を調査しているか分からないし、
情報漏洩を、完全には防ぎ切れないのが実情だ。
しかし、身代わりを立てれば、少し話は別になる。
身代わりのインパクトが強烈であればあるほど、
注意がそちらに向く分、彼女のことを気付かれない確立は高まる。
「あの子のことをおおっぴらにしたくないって、なあに?
庶民の家の子と付き合っているなんていうと、鳳の家柄が傷つくから?」
「いえ、そういうことではなく……」
しかし、蘭花には鏡夜の意図が……、
どうしてハルヒのことを隠したいのか、その真意が上手く伝わっていないようだ。
鏡夜が慌ててそれを否定して、理由を説明しようとしたところ、
「違うよ、蘭花さん。鏡夜先輩はハルヒを守るために、
公にしたくないって言ってるんだと思うよ」
意外にも鏡夜の言葉をフォローしてくれたのは光だった。
「あの子を守るため?」
「俺達のところにもそうなんだけど、鏡夜先輩のところも、
今、いっぱい縁談の話とか来ててさ。
で、中には焦って、過激なことしちゃう子とかいるんだよ。
鏡夜先輩がハルヒのことを隠すのは、
そういうウザい相手から、ハルヒを守ろうってことでしょ?
この間も馨がヒドイ目にあったし」
「そうそう。仕事の打ち合わせだって言われて出向いたら、
お見合いの席がセッティングされてて、
取引相手だから仕方なく相手はしたけど、
家に帰ってから、一晩中、光に愚痴っちゃった」
「ほう……馨にもそんなことがあったのか」
「そう言うってことは、鏡夜先輩にもあったんだ?」
「……まあな」
大体、あの日、ホテルの最上階のレストランで、
引き合わされてしまった社長令嬢の相手をして、
最終的にエスコートして、ホテルの入り口で見送っていたら、
そこをハルヒに目撃されて、その後、大変なことになったわけで、
そのことを思い出すと、鏡夜の顔は自然としかめっつらになってしまう。
「他にも例えば……節操無く、一人の子が、
俺と馨、両方に見合いを申し込んできたり。
縁談を申し込んでる家同士で、
明らさまに社交場で互いに牽制しあったりね。
なんか色々やられすぎて忘れちゃったけど、
他にもなんかあったっけ?」
「あと……そういえば僕らの交友関係調べられたりもしたよね。
確か、メイちゃんにも迷惑かけたことがあったじゃない、光が」
「メイちゃん!? メイちゃんがどうしたの!?」
突然、自分の娘の名前が出てきて驚いたのだろう、
美鈴が地声(男性の声)で馨に怒鳴りつけている。
「いや……ちょっと前に、うちの新ブランドの出店計画で、
渋谷の近くに行く用事があったから、
ついでにメイちゃんの働いてるショップ見に行ってさ。
で、休憩がちょうど取れるからって、
近場でコーヒーを一緒に飲んだんだけど、
それがどうやら誰かに尾行られてたみたいで、
なんか、後でメイちゃんの店に押しかけた子がいたみたい」
「メイちゃんはいつものように一喝して、追い払ったって言ってたけど、
そういうちょっとしたことでも、過剰反応する相手もいるんだよね。
光も僕も、流石にうんざりしてるんだよ。
こっちは全然相手にしてなんだから、諦めればいいのに」
「まあ……そんなことがあったなんて……、
メイちゃん、あたしには何も言ってくれなかったわ……美鈴、悲しい……」
父親の威厳が……と、美鈴はがっくりと肩を落としている。
「つまり、鏡夜君はそういう迷惑をハルヒにかけたくないから、
あたしとの噂をダミーで流しておきたい、ってこと?」
「光と馨が言うように、
縁談の相手からの嫌がらせというのも考えられますが、
……うちの会社は、そこそこ強引な手法で、
経営を拡大してきていますから、
色々な方面で……その……恨みを買っている可能性があります。
なので、僕との関係が公になったら、
ハルヒさんにどんな迷惑がかかるか分かりません。
もちろん、僕も全力で彼女を守るつもりですが、
それでも、僕の目の届かないところで……、
……何が起きるかわかりませんから……」
説明している最中に、ところどころ言い澱んだのは、
もしかすると、これは『逆効果』になってしまうかもしれないと、
ネガティヴな考えが浮かんだからだ。
ハルヒをずっと自分が守るんだと。
もう二度と、彼女を悲しませないと。
真実の誓いを立てて、蘭花を安心させて、
彼女を正式に譲ってもらうつもりだったのに、
鳳家の三男という立場にある自分が、
彼女の側にいることで生じる危険を、こうも明確に示してしまったら……。
むしろ、蘭花はハルヒを譲ることを、ためらうのではないだろうか?
* * *
続