『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
* * *
「今のハルヒと一緒にいるのは、お前には無理だよ」
馨は僕の事を、随分心配してくれていたらしいんだけど、
二人が病室から出て行った後、
僕と鏡夜先輩の間の空気は、話が進めば進む程、険悪になっていったから、
ハルヒと馨がかなり長い間戻って来なかったのに、
僕には二人のことを考える心の余裕は全くなかった。
「なんで、俺じゃ無理なんだよ」
僕の出した答えは多分違っていたんだ。
鏡夜先輩が探し出した答えとは。
でも……。
「そんなの、俺と鏡夜先輩じゃ全然立場が違うじゃん。
鏡夜先輩の考えていることと違うからって、
それだけで無理とか言われても、俺は絶対納得なんてしないからね!」
僕が怒りのままに声を荒げても、鏡夜先輩はあくまで冷静だった。
「……光。お前がハルヒのことを、大事に思っていることは、
俺は十分理解してるし、その気持ちが俺よりも劣っているとか、
そういうことを言ってるわけじゃない」
鏡夜先輩が僕の挑発に乗ってくる素振りはない。
「最初は俺も、お前と同じことを考えてた。
とにかく傍で見守って、
ハルヒの心の壁が消えるのを待っていようと思ってた。
だが、ハルヒが環の事で自分を責めていることに気付いたから、
俺はハルヒに……環のことを忘れる必要なんてないと言ってやった」
「…………は?」
鏡夜先輩が言った言葉が聞き取れなかったわけじゃないけど、
その意味が理解できなくて聞き返した僕に、
鏡夜先輩はもう一度、ゆっくりと、なぞるように繰り返してくれた。
「環の事を想っていてくれていいから、
そのままでいいから俺の傍にいてくれ、と言ったんだ」
ハルヒが『殿のことを好き』という事実が揺るがないものだとして。
諦めるのでもなく、忘れさせるのでもなく、待つのでもなく。
鏡夜先輩はそれを受け入れたっていうの? ハルヒの心ごと全部?
「それって、鏡夜先輩、本心なの?」
信じられない。
僕はハルヒが、僕以外の人と一緒にいるところを見るのがとても嫌だった。
子供じみた独占欲だって馨に諭されたこともあったけれど、
僕の苛々とした感情はハルヒが殿を選んだ後も消えることはなかった。
ただ、昔よりは、隠すことが上手くなっただけで。
だから、信じられなかった。
鏡夜先輩は殿のことが大事だったのかもしれないけれど、
そんなに簡単に割り切れるものなんだろうか、って。
「嘘のつもりは無かったし、まあ、最初はそれで上手くいってたんだが、
全く同じことをハルヒに言われたよ。
本当は環のことを忘れて欲しいって思ってるんじゃないのか、
無理をして一緒にいてもらっても辛いだけだと、な」
鏡夜先輩はそこで一度、喋るのを止めた。
そして、ふうっと息を吐き出して力なく笑う。
「……まあ、言われてみれば図星だったよ。
環の事を忘れて欲しくないという気持ちの裏で、
俺のことだけを考えて欲しいと思う気持ちも、確かにあったしな」
「それで、鏡夜先輩はどうしたの?」
「俺から別れを切り出した。
俺はあいつを苦しめるために、
傍にいて欲しいと言ったわけじゃないからな」
少しずつ冷静さを取り戻しつつあった僕の前で、
いつのまにか、鏡夜先輩の顔から笑みが消えている。
「だが……今朝、目が覚めたら、
ハルヒが俺の手を握っていてくれて、な……」
手と手を繋いでいたいのは、
その相手を失いたくないと思うときだ。
病室に入ったときに、ハルヒと鏡夜先輩の、
握り締めあった手と手が視界に入ったときに、
胸がきゅうっと萎縮して切ない気分になったのは、
このことを僕が誰よりも知っていたからだ。
失いたくない。だから、その手を握るんだ。
その相手を心から大切に思うから。
「だが、俺はこんな状態だったから、
ハルヒが俺のことを俺のことを憐れんで、
傍にいてくれているだけじゃないかと疑って……、
だから、俺は『同情なら要らない』とハルヒに言った」
「それは……あいつ怒ったんじゃない?」
「……よく、分かったな……。
なんでそんなことを言うんだと、ものすごい剣幕で怒られたよ」
鏡夜先輩は僕が指摘したことが意外そうだったけれど、
それは僕にはもうずっと前から分かっていることだった。
長い間、僕が馨と二人だけで生きてきたその小さな世界の中で、
僕の身体の震えを止めてくれる温もりは、
握ったその手の向こうから、必ずやってくるものだったんだから。
僕もよく握っていた。寂しいときに馨の手を。
一人になってしまうという怖さは、
同情なんかで、片付けられる気持ちであるはずがない。
「……それから、ハルヒは言ってくれた。
愛しているのは確かに環のことで、それは変わらないが、
この先、苦しいことや、楽しいことや、色々な経験を共有しあう相手として、
俺と一緒にいたいと……そう言ってくれたんだ」
ハルヒは鏡夜先輩の手を握ってた。
でも、ハルヒは殿を忘れていない。
殿のことを今でも好きで、でも、鏡夜先輩の傍にいる。
一見矛盾するような状況の意味。
かなり回りくどい説明ではあったけれど、
僕が抱いていたいくつか疑問には、ようやく答えが見えつつあった。
でも、まだ一つ、残っている疑問がある。
「ハルヒが鏡夜先輩の傍にいた理由は分かったけど、
まだ、分からないことは残ってるよ」
「……お前にはハルヒの傍にいるのは無理だ、といった理由か?」
「それを聞かせてくれなきゃ、俺だって引くに引けないよ」
「……まあ、それはそうだろうな」
僕と話をしている間、鏡夜先輩はずっと僕の座っている方、
ベッドの左側に首を傾けていたんだけれど、
その向きを一度正面に戻して呼吸を整えてから再び話し始めた。
「……ハルヒは、お前も知っての通り、元々人に頼らない性格の上に、
環のことで恋愛には負い目を感じてしまっていたからな。
だから、ハルヒの傍にいようとするなら、
ハルヒを支える一方であいつにも支えてもらえるような、
そんな関係でなければ駄目なんだ。
ただ、支えてやるだけでは、
ハルヒはその事に遠慮してまた心を痛めてしまう。
実際、もう一つの本心を隠したままハルヒの傍に居ようとしたら、
一度はそれを見抜かれて……拒絶されたんだからな。
だから……俺はお前の答えでは『今のハルヒ』には駄目だと言ったんだ」
鏡夜先輩が僕に伝えたかったこと。
「鏡夜先輩ならハルヒと対等に付き合えるって、そう言いたいの?」
「俺達は……同じ痛みを抱えているし……、
俺とハルヒは環に対しては『共犯』みたいな、ものだから、な」
「共犯?」
僕の疑問に対して、鏡夜先輩はふっと笑っただけで、
最後の言葉の詳しい意味は教えてはくれなかった。
「ま、とりあえず、俺の話はこんなところだ。長くなって悪かったな」
そして、鏡夜先輩はそこで話を有耶無耶にしてしまう。
「あーあ……なんだかなあ……」
こうなると、もう何も語ってくれないのは、
今までの経験上分かっていたから、
僕は、はああと、わざとらしく息を吐いた。
「なーんか、調子狂っちゃったよ」
「なにがだ?」
「鏡夜先輩、一人だけ格好つけちゃってさあ。ズルいや。
俺一人でさっきからピエロみたいじゃない?
鏡夜先輩が悪の大魔王で鬼畜野郎で、
ハルヒに強引に告白とかしたんだったら、
遠慮なく鏡夜先輩のことを嫌いになってさ、
ハルヒを掻っ攫っていけたのに……なんか、がっかりだよ」
「それは期待に沿えず悪かったな」
僕がぶつぶつ不満を口の中で転がしていると、
鏡夜先輩が、くくっと喉を鳴らして笑った。
「まあ、そう落ち込むな。環もよく言ってたが……
人の心は強制できるものじゃないからな。
だから別に俺は、お前がハルヒのことを好きでいるとしても、
無理に諦めろとかいうつもりはないぞ」
「そうはいっても、そう簡単に隙を見せる気はないんでしょ?」
「当たり前だ」
ああ、そうですか……と、僕は半ば呆れ気味に、
薄目で鏡夜先輩をじいっと見つめた。
「ねえ、鏡夜先輩。参考までに聞かせて欲しいんだけど、
鏡夜先輩って、いつからハルヒのこと好きだって自覚したわけ?」
「そうだな……きっかけは多分、ホスト部で海に行ったときから、だろうな。
環とハルヒが昼間に喧嘩をしたり、
お前と馨がチンピラを半殺しにしたり、色々騒がしかった……」
「はあ? そんなに前から?」
むっつりなのは殿だけだと思ってたけど。
鏡夜先輩も、結構……って、あれ?
「でも、殿にハルヒへ告白させたのは鏡夜先輩の策略だったじゃん?
ハルヒのことが好きって気づいてたなら、なんでそんなことしたのさ」
「それは……環も……ハルヒも……、
二人とも俺にとっては大事な人間だから、な」
『二人とも』という鏡夜先輩の台詞は、
僕の記憶の中に眠る、思い出の一コマと重なる。
「二人が一緒に居て幸せになれるというなら、
俺がしてやれることは、
あの馬鹿の背中を押してやることくらいだったってことだ」
ああ、そうか……僕は知っているんだ。この気持ちを。
「なんだか損な役回りじゃない? それ」
僕は知っている。この切ない気持ちを。
それは昔、僕が馨にされたことと全く同じだったから。
その時のことを思い出して、僕はちょっと涙ぐむ。
「本当に鏡夜先輩って、なんていうか、
素直じゃないっていうか、可愛くないっていうか、
腹黒策士っていうか、悪の大魔王っていうか、
不器用極まりないっていうか。
とにかく、随分遠回りしたもんだよね。ハルヒの隣に立つまで、さ」
僕は目尻を指でぬぐいながら、一気に喋った。
黙ってしまったら、そのまま泣きだしてしまいそうだったから。
「それは確かにその通りなんだろうが、光に言われると少し腹が立つな」
「なんでだよ」
僕がぶうっと頬を膨らませて文句を言うと、
鏡夜先輩はやれやれと溜息をついた。
「お前は元々、ハルヒと同じクラスで一緒にいる機会も多かった上に、
夏休みの軽井沢のデートのときも、秋の体育祭の組み分けのときも、
ハルヒや環が、お互いの好意を自覚するよりも前に、
ハルヒに告白するチャンスはいくらでもあったんじゃないのか?
それに、お前らのクラスでやった肝試し大会のときには、
ハルヒと一緒に網に嵌っていたくせに、
罠を抜けた途端にハルヒを一人置き去りにして、
馨のいるほうへ走っていったとか?」
「そ、それは、その時は、まだハルヒが好きだって自覚してなくて……」
鏡夜先輩の突っ込みの所為で、
当時の恥ずかしい僕の行動がぶわっと一気に脳裏に蘇ってきた。
多分、僕の顔は暖房の熱気に当てられたみたいに真っ赤になっていたと思う。
「……って、軽井沢や体育祭のときならともかく、
クラスイベントのときの細かいことまで、
鏡夜先輩、なんでそんなに詳しく知ってるわけ?」
驚く僕に、鏡夜先輩はにやっと笑った。
「ハルヒのことで、この俺が知らないことがあるとでも?」
* * *
続