『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
共に在る理由 -9- (芙裕美&ハルヒ)
雷の日の夜、鏡夜がハルヒの前から立ち去って一週間。鏡夜からの連絡はぱたりと途絶えていた。
気になりながらも忙しく仕事に追われているハルヒの前に現れた依頼人は鏡夜の姉、芙裕美だった。
* * *
自分が姿を現すと、室内は一瞬沈黙に包まれて、
それから目の前の弟は、ぶっきらぼうに自分に話かけてきた。
「姉さん、一週間前に俺は言いましたよね?
今度来るときはちゃんと連絡を下さい、と」
「あら、連絡ならちゃんとしましたわよ?」
「聞いていませんが」
「ええ、昨日『お手紙』を送ったからそのうち着くと思いますわよ?」
「……芙裕美姉さん……ですから……」
鏡夜が迷惑そうに溜息をついたが、
芙裕美は全く気にすることなくソファーに座りこむ。
程なく橘が、アイスティーと、芙裕美が持参したデザートを
テーブルの上に綺麗に並べてお辞儀をして部屋を出て行く。
「今日は、甘さ控えめのスイーツをお持ちしましたのよ。
一緒にこちらで召し上がりませんこと?」
「まだ、メールのチェックが終わってませんので、お先にどうぞ。
しかし、姉さんも一人でよく庶民の店など回る気になりますね」
「うふふ。実は今日のお菓子は紹介していただいたお店なのよ」
「環以外に、こんな下らない遊びに付き合う人間がいるんですか?」
鏡夜はとりあえず姉の奇襲を、徹底して受け流そうと決意したらしい。
カチャカチャというキーボードを打つ音は軽快で、
そのデスクの前のソファーに座る芙裕美はアイスティーのグラスを手に取った。
「まあ、下らないなんて。昨日、家に来て下さった『弁護士』さんが、
食べ物に詳しい方で、その方も『甘いものが苦手』ということだったので、
甘さ控えめの美味しいデザートを置いているお店に、
案内していただいたんですわ」
ここまで話して、芙裕美はちらっと鏡夜を表情を伺う。
まだ平然としているところをみると
芙裕美の言葉の本当の意味に、気付いている気配は無い。
「矢堂家専属の弁護士をそんなことに連れ回して良いんですか。
義兄さんに叱られても知りませんよ」
「矢堂の弁護士ではありませんわよ」
芙裕美は、アイスティーのグラスを上品にコースターの上に置く。
「ちょっと私が個人的に頼みたいことがあったものだから、
別の事務所から来ていただいた……『女性』の弁護士さんで」
「女性の……?」
鏡夜がやっとパソコンの画面から、
目線を少し動かしてくれたことに気付き、芙裕美はさらに一言付け加える。
「とっても『可愛らしいお嬢さん』でしたわよ」
「……芙裕美姉さん、まさか……?」
やっと気付いた様子の鏡夜の表情があまりに可愛らしく、
芙裕美はくすくすと笑いが止まらない。
「そうそう、お名前は確か『藤岡』さんと言ったわね」
* * *
写真で見た第一印象は、随分と可愛らしい女の子、といったもの。
桜蘭高校の特待生、ということは在学中に主席キープが条件だから、
見た目だけではなく、成績なども良いのだろう。
ただ、鏡夜があれほど興味を持っているということは、
それ以上の何かがあるはずだ。
「初めまして。弁護士の藤岡です」
芙裕美の前でそうお辞儀をした彼女は、
写真より若干大人びていたが、
強く真っ直ぐな瞳は、最初に感じた印象そのままだった。
「初めまして。私、矢堂芙裕美と申します」
弁護士になってから、半年しか経ってないと聞いていたけれど、
てきぱきと仕事の話をまとめていく姿は、
やっぱり頭の良い子なのだ、と思ってしまう。
「……ということで、よろしくお願いしますね、藤岡先生」
「はい、内容は承りました。契約に必要な書類は次回お持ちします、が……」
メモを取っていた手帳を閉じてバッグにしまうと、
ハルヒは言葉尻を濁して、目の前の芙裕美と目線を合わせた。
「なにかご不明な点でも?」
「いえ、その、失礼かもしれませんが、
一つ、伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、構いませんわよ」
芙裕美が促すとハルヒは姿勢を正して問いかけてきた。
「自分は、まだ弁護士になってから半年しか経ちませんが、
今回矢堂さんのほうから、わざわざ自分を指名してくださったと聞きました。
何か、理由はあるのでしょうか?」
依頼人の個人的な事を真正面から尋ねるなんて、
確かに失礼には違いなかったが、
きっと疑問に思ったことは恐れずになんでも逃げずに
突っ込んでいくタイプの人間なのだろう。
随分と真っ直ぐなお嬢さんだ、と芙裕美は思った。
全てに完璧に根回しをして、ハプニングすらも演出して、
思い描いた結果を求める弟とは全く異なるタイプだ。
「……藤岡さんは桜蘭学院のご出身でしょう?」
「え? あ、はい。そうです」
人の心をそのまま見通すような、大きな瞳で見つめられると、
うっかり鏡夜の姉であることを話してしまいそうだが、
芙裕美はすでに納得させられるだけの理由を用意していた。
「実は、私も桜蘭の卒業生ですのよ」
「え、矢堂さんも桜蘭に?」
「ええ。うちには専属の弁護士がおりますけれど、
今回は私の個人的な贈与の話ですから、
どこか別の弁護士先生にお願いしようと思っていたんですの。
それで、できるだけ信頼できる方にお願いしたいと思って、
桜蘭の同窓会名簿を調べていたら、藤岡先生のお名前を発見して、
それで、依頼したというわけですわ」
意外といえば意外な回答だったし、
拍子抜けといえば拍子抜けだったのだろう。
もしかすると、鏡夜が裏から手配して、
ハルヒに仕事がいくように仕向けたなんて思っていたのかもしれない。
「では同じ学校の先輩と後輩のご縁で……ということですか?」
「ええ、桜蘭の特待生を取るほどの方ですもの。
これほど信頼できることはありませんわ」
本当の理由は。
弟の鏡夜が興味を持っている、
その女性がどういう人物なのかを見てみたかったということだが、
しかし、芙裕美は全くのデタラメを言っているわけでもない。
桜蘭学院は、良家の子女が集まる学院だけに、セキュリティの面も非常に厳しく、
こと特待生制度については、確か生徒の親から何人か苦情も出ていたほどで、
いくら成績優秀とはいえ、どこの育ちかもわからない人物を、
しかもAクラス待遇で迎え入れることには、かなり反対も多かったと聞く。
その反対を乗り切って特待生として三年間、
ほぼパーフェクトに主席をキープして、無事高校生活を終えたということは、
おそらくは彼女が考えている以上に、大きな意味を持っているのだ。
「高校のこと、覚えていらっしゃる? 懐かしいですわね、学院祭とか。
皆で企画するのがとても楽しくて」
「……ええ……そうですね」
一瞬、ハルヒの顔が曇ったのを、芙裕美は見逃さなかった。
「とても……綺麗な思い出です」
「藤岡先生?」
不思議な感想を言う子だな、と思った。
高校時代のことを聞かれれば、大抵は楽しかったとか、
そんな感想をいうものではないだろうか。
それを、彼女は「綺麗」だと表現した。
一体、彼女は何を思い出しているのだろう。
芙裕美の前でハルヒはぼんやりと、すこし憂いを帯びた表情をしている。
「藤岡先生、どうかなさいました?」
もう一度、声をかけると、はっと気付いたハルヒは、
芙裕美と視線を合わせて、照れ笑いを浮かべる。
「いえ、すみません。ちょっと昔のことを思い出していて……、
それに、まだ……その……『先生』と呼ばれるのに慣れてなくて」
「うふふ。謙虚な方ですのね、藤岡先生は。
それじゃあ、藤岡さん、とお呼びしたほうがよろしいの?」
「ええ、構いません。矢堂さんは先輩でもありますし。
どうも先生という敬称は、自分には未だ相応しくないように思います」
見た目的にもまだまだ若いハルヒは、
確かに彼女のいうように先生というには可愛らしすぎるように思った。
「じゃあ、私のことも下の名前で呼んでくださって結構ですわよ。
矢堂では、なんだか堅苦しいんですもの」
「え、いやそんな依頼人の方に失礼なことは……」
「そうですわ。私も藤岡先生のことは『ハルヒさん』ってお呼びしますわ。
そのほうが親しみがあっていいと思いませんこと?
とっても素敵なお名前ですし、春の光という意味かしら?」
「あのう……矢堂さん……?」
うろたえるハルヒをしり目に、芙裕美は強引に話を進めて、
結局、お互い下の名前で呼び合うことに決めてしまった。
「ところで、ハルヒさん。本日は少し長くお時間をとって頂く様に
お願いしていたとおもうのですけれど、このあとのご予定は何かあります?」
「いえ、そう伺っていましたので、決まった予定は入れていません。
終わったら事務所に帰って、早速契約書の作成に移ろうかと」
「では、もう少し、私に付き合ってくださらない?」
「矢堂さ……えっと、芙裕美さん、他に何か依頼でも?」
「ええ、実は私、今、とても困っていることがありますの」
そして芙裕美は使用人に合図をすると、
目の前のテーブルにA3サイズの紙を広げさせる。
「これは……東京の地図……ですね?」
「ええ」
「『東京庶民グルメマップpart2』?」
地図の上部の余白に書かれた文字を読んで、ハルヒが首を傾げる。
「これが依頼と何の関係が……?」
「実は私、下町の庶民のお店に行くのが趣味なんですの。
でも最近一緒に行っていた方が……もう一緒には行けなくなってしまって、
私一人だと新しい良いお店がなかなか見つからなくて、
それで、ハルヒさんは女の子だし、お若いし、
美味しいお店とかお詳しいかなと思って」
「……それはまあ、友人と……休日に行くこともありますが……」
「今日は是非、ハルヒさんのお薦めのお店を教えていただきたいわ。
もっとお話しもしたいし。早速、参りましょう!」
頼まれれば嫌とはいえない性格なのだろうか、
それとも、芙裕美が依頼人であるから、その遠慮もあるのだろうか、
はたまた、芙裕美の奔放な乗りに流されてしまったのだろうか。
若干戸惑いは隠せないようではあったが、
最後には彼女はわかりましたと頷いて、
玄関先の外車に芙裕美と共に乗り込んだ。
「それで、芙裕美さんは、どんなところに行ってみたいですか?」
「そうですわね。できたら、あまり甘くないお菓子が置いてあるお店がいいわ」
「甘いものが苦手ですか?」
「あ、私ではなくて、弟にお土産を買っていってあげたいから。
うちの弟、あまり甘いものが好きではないの」
「芙裕美さんには弟さんがいらっしゃるんですか」
「ええ。兄が一人に弟は二人いますのよ」
「へえ、四人兄弟ですか。自分は一人っ子なので、羨ましいです」
ハルヒは芙裕美から手渡された地図を車内で開いた。
「それじゃ、ええと、この地図だと浅草方面が多いみたいですから、
少し南のほうへ行ってみましょうか。
自分もあまり甘いものが好きではないんですが、
このあいだ同期に教えてもらった洋菓子店に
甘さ控えめの美味しいデザートがあったので」
「ええ、お任せするわ」
ハルヒは運転手にすみませんと声をかけ、場所を指示する。
「それにしても弟さんにお土産なんて、お優しいんですね、芙裕美さん」
そういって、目の前にいる人間を幸せにしてくれるような、
そんな屈託の無い無邪気な微笑を浮かべるハルヒ。
弟の鏡夜が他人に浮かべる笑顔は勿論のこと、
いやそんなに計算高くないと自覚している芙裕美自身でさえも、
他人に微笑むときはある程度、
周囲の目や建前といった演技が入っているというのに、
おそらく目の前の彼女は、何の計算も見返りも考えることなしに
この笑顔を浮かべているように思える。
「私と違って頭も良くて、出来のいい弟なのだけど、
色々と不器用な面もあって、そこが可愛くて放っておけないのよね」
芙裕美はそう答えながら、
鏡夜が彼女を大切に思う理由が、少し理解できたような気がした。
* * *
続