『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -10- (鏡夜&芙裕美)
芙裕美は鏡夜が付き合っているというハルヒがどんな人物なのかを確かめるため、
姉であることを隠して彼女に仕事を依頼する。それを知った鏡夜は……。
* * *
自分の行動が嫌になることなど、考えられなかった。
いつも自分の言動には自信を持っていたはずだ。
けれど、昨夜の自分はどうだ。
抑え付けていた、心の奥の負の感情が止められずに、
ハルヒの前で犯した過ちに、吐き気がするほどの嫌悪感が込み上げてくる。
その翌朝から、ハルヒに電話をしてやることが出来なくなった。
二ヶ月前からずっと続けていた習慣だったはずなのに、
テレビのニュースも天気予報に入ると、反射的に切ってしまう。
「午後の定例会議は、何か不都合はございませんでしたか?」
朝から、むかむかする気分を抱えたまま、
会議を終えて戻ってきた鏡夜に、橘が飲み物を持ってきて、話かけてきた。
「会議? ああ、今日の会議は何故か妙に、
皆、やたら張り切っていたように見えたが。
株価の動向や、他社の新規事業の情報やら、
詳しく調査が行き届いていたし、問題はなかった。
しかし、お前が会議のことを聞くなんて珍しいな」
「いえ、その……実は午前中、社員の皆様がかなり慌ててらして、
どうやら、鏡夜様が深刻な様子で出社されたものですから、
会議までの間、社内は情報収集に大騒ぎだったようです」
「……」
鏡夜が険しい顔をしていたのは、他でもなくハルヒのことだったのだが、
それを他の連中は、鏡夜が何か仕事上のトラブルで機嫌が悪いと勘違いし、
その原因を探ろうと、必死になって資料作りをしていた、らしい。
「それで、あれか」
いつもなら、調査もれや認識不足を指摘する場面も少なくないが、
今日に限ってはほぼ完璧に、
鏡夜がまだ把握していないことまで調べてあったために、
鏡夜としても珍しく小言なしに会議は終わったのだ。
他の奴らに悟られるほど、動揺しているということか。
デスクの一番上の引き出しに入れていたプライベート用の携帯電話を取り出す。
昨日の夜の状況から考えて、ハルヒから連絡が来ているわけもなく、
かといって、どういう言葉で、ハルヒに向かい合うべきか分からない。
ハルヒに想いをぶつけてしまった、あの行為全てを、
あの失態を、全て無かったことにしてしまえたら……。
思い返すたびに、自分を恥じるたびに、
ただただ後悔の念だけが、じわじわと、彼の心を締め付けていくのだった。
* * *
一週間のインターバルを置いて、今月二度目の姉の奇襲訪問には、
さすがの鏡夜も辟易として、なにを聞かれても上の空で返事をして、
早く帰ってもらおうと、素っ気無い対応をしていた。
「ちょっと私が個人的に頼みたいことがあったものだから、
別の事務所から来ていただいた……『女性』の弁護士さんで」
「女性の……?」
先ほどから何となく含みのある言い方を、
ずっと姉がしているのは気付いていたが、
さすがに、女性弁護士という言葉を受け流すことは出来ずに、
なんだか嫌な予感がして、鏡夜はパソコン越しに姉の様子を伺った。
決定的になったのは、次に付け加えられた一言だ。
「とっても可愛らしい『お嬢さん』でしたわよ」
「……芙裕美姉さん、まさか……?」
鏡夜の勘は、自分に都合が悪いことに対してはより強く働くようだ。
「そうそう、お名前は確か『藤岡』さんと言ったわね」
「…………芙裕美姉さん」
つかつかと芙裕美に歩み寄ると、
鏡夜はソファーに座る姉を見下ろしながら問い詰める。
「……ハル……藤岡に、姉さんが依頼って、どういうことですか!?」
「ああ、そういえば藤岡さんって桜蘭高校の特待生だった方よね。
桜蘭の卒業生名簿から探してお電話したのだけれど、
鏡夜さんのお知り合いの方なの? 奇遇だわ」
「白々しい話は結構です。一体、どこまで知っているんですか」
いつも、ほんわかとした天然系の姉の前で、
怒ることなんて滅多になかったが、
さすがにこんな状況では鏡夜の顔も強張って、姉を見つめる視線も鋭くなる。
「えっと、そうですわねえ……」
すると、芙裕美は余裕たっぷりの表情で、こう言った。
「ここ一週間ばかり、鏡夜さんがハルヒさんに、
メールも電話もしていらっしゃらなくて、彼女の家にも現れない。
と、いうことくらいしか聞いておりませんわよ?」
この間から姉には驚かされっぱなしだが、
さすがに今回は鏡夜も完全に白旗を上げてしまい、
鏡夜は左手の指先でこめかみを抑えながら、
疲れたようにソファーにどかっと腰を降ろした。
「……まあ、ばれてしまったことについては、誤魔化す気もありません。
それに、こそこそ裏で動かれるのは、はっきりいって不愉快ですから、
この場で答えられることならなんでも答えますよ。
で、俺に隠れて彼女と会って、何か俺に言いたいことでもあるんですか?」
こうなったらなったで仕方ないと開き直った鏡夜の前で、
芙裕美は笑顔をしまいこむと、真面目な顔つきになった。
「ハルヒさんは、とても素敵な方ね。
頭もよくて可愛くて、それでいて無邪気で。
鏡夜さんが彼女を大切に思う気持ちもわかるわ。
でも、どうして、最近連絡をお取りになっていないの?
ハルヒさんも理由がわからないようでしたわよ」
「……彼女は……」
一瞬言葉を澱ませて、間を空けた鏡夜は、
ふっと溜息をつくと、意を決して、姉の言葉に答えた。
「彼女は環の恋人なんです」
突然、環の名前を出したことが、さぞ意外だったのだろう。
「え?」
芙裕美はきょとんとした顔をしている。
「環さんの恋人って、でも環さんは一年以上前に……」
「環の事故の後ずっと塞ぎこむ彼女を見守ってきて、
この間、やっと告白して、傍にいてくれることになったんです。
それでも、彼女が愛しているのは、環のことなんです……今でも」
かける言葉が見つからない様子の芙裕美に、
鏡夜は淡々と喋り続ける。
「これでも色々と努力しているつもりなんです。
彼女のことをいつでも気にかけて、電話をして、メールをして、会いに行って、
でも、何時まで経っても、彼女は俺に遠慮をしたままで……、
俺が傍に居てくれと言ったから、彼女は今、俺と一緒にいてくれていますが、
でも、どれだけ一緒にいても、俺には何も望もうとしないんです」
鏡夜の話を聞いている芙裕美の表情が、
徐々に曇っていくのが分かる。
「本当に、この間、姉さんに言われたとおりですよ。
計算できない相手、というより、もう何をしていいのか判らなくて」
「……そう……そうだったの……」
少し俯くような感じに鏡夜の言葉を聞いていた芙裕美は、
話を聞き終えると、鏡夜に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、私、そんな状況なんて全然知らなくて、
鏡夜さんのことだから、てっきり何か駆け引きをしていらっしゃるのかと、
そんな軽い気持ちで考えてましたわ」
乗り込んできたときの勢いはすでに無く、
すっかり意気消沈してしまった姉に対して、鏡夜は寂しげに笑った。
「いえ、姉さんが悪いわけではないです。
彼女のことを突き止めたことには驚きましたが、
でも、俺を心配していただいていることは、分かっていますし」
「鏡夜さんは、ハルヒさんが環さんのことを忘れるまで、待つおつもりなの?」
「いいえ」
鏡夜は首を小さく横に振る。
「彼女には、環のことを忘れる必要はないと言いましたから」
「……」
静寂の中、二人の間に置かれている、アイスティーのグラスの中で、
氷が溶けてカランという小さな音を立てた。
「……それは……」
ややあって、発せられたためらいがちの姉の感想は、
「それは……とても悲しい恋ね」
飾り気も何も無い、シンプルな言葉だったが、
それは的確に鏡夜とハルヒの関係を表しているように思えた。
「悲しい……確かに、そうかもしれませんね」
素直にそれを肯定して、鏡夜は窓の方を見やった。
オフィスの四角い窓の向こう側には、綺麗に晴れた青空が見える。
確か、彼女に告白した、二ヶ月前のあの日も
同じように綺麗な青空が広がっていたように記憶している。
あの時は、こんな風に自分の心が揺らぐことになるなんて、
まったく、考えもしなかったというのに、
どうしてこんな状態になってしまったのだろう……。
* * *
続