『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -8- (ハルヒ&鏡夜)
なかなか自分を頼ろうとしないハルヒに苛立って、鏡夜はつい感情を顕わにしてしまう。
ハルヒが鏡夜らしくないと指摘をすると、彼女の前から鏡夜は逃げるように立ち去って……。
* * *
『やっほーハルヒ。今日は土曜日でお休みでしょ?
昨日、お得意様から美味しい苺ケーキもらったから、
甘さも控えめだしハルヒも食べるんじゃないかと思って。
これからお父さん、そっちに行ってもいい?』
八月第二週の土曜日。正午を回った頃だろうか、
今は別々に暮らしている父、蘭花からハルヒに電話がかかってきた。
「……おと……さん……?」
『あら、どうしたのハルヒ。声が掠れてるけど、風邪引いた?』
「………かぜ…じゃ………なく……て…」
蘭花の言葉に答えようとしても、
涙が喉を塞いでしまって、全く言葉にならない。
布団の中に潜り込んで、
身を縮めてなんとか涙を抑えようとしたが、
どうにも身体は言うことを聞いてくれそうになかった。
『何、ハルヒ。あんた、もしかして泣いてるの?』
悟られない様に必死で押さえていたはずの嗚咽は、
ついに、蘭花にも聞こえてしまったようだ。
『どうしたのよ、何があったの?』
優しい言葉をかけられれば、もう涙をせき止めるものは何も無い。
ハルヒは布団を被ったその下で、携帯電話を握り締めて泣きじゃくる。
『仕事でなにかつらいことでもあった?』
「……」
『それじゃ……そうだ、鏡夜君と喧嘩でもしたとか?』
蘭花の指摘に、受話器の持つ手がびくっと震える。
「なんで……きょ………い……とのこと……知っ……」
『そりゃ、父親ですもの。
鏡夜君から、貴方とのことはちゃんと報告受けてるわよ。
でも本当に喧嘩なの? 何があったの、鏡夜君と』
「きょや、先輩、………て」
『え?』
ぐすぐすと鼻をすすりながら、なんとか答えようとするハルヒ。
「鏡夜、先輩……自分とは……もう別れるって」
蘭花が電話の向こうで息を飲んだのが分かった。
『…………なん……ですって?』
* * *
ハルヒが蘭花との電話で泣き崩れた日の、
その週の始まりの月曜日のこと。
携帯電話を開く。そして閉じる。
目の前のパソコンに目を投じて書類の作成に入る。
二、三行打ち込んだところで、再び携帯に目をやる。
その、繰り返し。
仕事中に不謹慎だとは思うし、
今までこんなことは一度だって無かったのに。
雨の夜に鏡夜が部屋を立ち去ってから一週間あまり、
ハルヒは仕事中にも関わらず、どこか集中できず、
机の上の携帯電話に何度も視線を送ってしまう日々が続いていた。
メールが入ってきたことを知らせるランプが点くと、
すかさずチェックをするものの、
それは研修所の同期生からだったり、
時には光や馨からだったりして、
肝心の人、鏡夜からの連絡が一向に来ないのだ。
『ハルヒ。俺の傍にいてくれ。他には望まないから。
お前はずっと、そのままでいいから。俺にはそれだけで十分だ』
二ヶ月前に、鏡夜からそう告白されて以来、
この二ヶ月間、毎日続いていた早朝の電話も、
そして一日に何度か入っていたメールも、すべてが途絶えてしまっている。
『仕事を残していたことを思い出したから、会社に戻る』
一週間前のあの日、
ハルヒのマンションに現れた鏡夜の、去り際の様子は、どこか変で、
仕事が残っているから、と素っ気無く帰っていったその翌日から、
ぱったりと、電話もメールも来なくなってしまった。
気になるなら、自分からかけてみればいいのだが、
鏡夜に『傍にいてくれ』と告白されて、それを受け入れてから二ヶ月。
ハルヒはその間、自分から鏡夜に電話をかけたことが殆ど無いという事に、
こういう状況に追い込まれて初めて気がついた。
ハルヒから電話をかける場合は何時でも、
鏡夜からの着信が残っていたり、メールが送られてきた時、
その返事という建前があったからで、
二人の電話のきっかけは、大抵いつも鏡夜から。
いつのまにか、それが当たり前になってしまっていたのだ。
『お前がいくら環のことを愛していても。
今、お前の目の前にいて、お前を抱きしめてやれるのは俺だけだろう!』
あの日、外の嵐は遠く収まったのに、部屋の中には不穏な空気が残されて、
珍しく興奮した鏡夜の声が、記憶の中で何度も繰り返される。
でも、鏡夜先輩はなんで急にあんなことしたんだろう。
優しくキスをして抱きしめられても、
鏡夜はこの二ヶ月、それ以上のことをハルヒにしようとはしなかった。
それなのに、突然のあの調子。
『どうしてそんなに、悲しそうな顔をしているんですか?』
そう聞いた瞬間に、彼はすぐ自分に背を向けてしまった。
でも、光の中で一瞬ハルヒに見えたのは、
怒りや欲情で自分を抱こうとしている男の姿ではなくて、
ただとても切なく、悲しそうに自分の手を握って震えていた鏡夜の姿。
最初はハルヒ自身も、鏡夜の考えていることが判らずに、
怯えて自然と身体が震えてしまっていた。
けれど。
その自分を押さえつける鏡夜の指先も……あの時、確かに震えていたのだ。
鏡夜先輩は一体、何に怯えていたんだろう?
こんな調子で、自分からどう鏡夜に言葉をかけていいのか、
ハルヒには全くタイミングが掴めないまま、
いたずらに時間ばかりが経過していく。
しかし、いくら集中力は低下していても、仕事は相変わらず詰まっていて、
ハルヒの疑問も容赦なくその忙しさに飲まれていくのだった。
今日のハルヒのスケジュールは、
午前中は、担当事件の審理のために東京地方裁判所へ、
午後からは、数日前に依頼があった新規の顧客と打ち合わせで、
その顧客の自宅に訪問することになっている。
午前の審理は予定通り十一時に開廷して、
予想していた終了予定時刻よりもやや早めに終わった。
一緒に出席していた先輩弁護士は別の仕事にすぐ向かったため、
ハルヒは隣の弁護士会館の地下で一人食事を取りながら、
手帳を開いて次のスケジュールをチェックしていた。
それにしても変わった依頼だなあ。
まだ弁護士となって半年。まだまだ一人前には程遠かったから、
実質的に自分一人で担当する仕事、というものはまだ持ったことがなかった。
それが、先方のたっての希望で、是非にハルヒに依頼をしたいのだという。
普通に考えれば、こんな新米弁護士に、
敢えて依頼したいなんて理由は全く思い浮かばない。
まあ……不安に思ってみても始まらないか。
ぱたんと手帳を閉じ会計を済ませると、ハルヒは表でタクシーを捕まえた。
次の仕事は午後二時に依頼人の自宅に行くという約束をしている。
「えっと依頼人の自宅は……って、ここ?」
タクシーを降りて目の前に広がる、その屋敷の大きさに目を見張った。
大きな門の向こう側には、まだ屋敷の屋根も見えなくて、
丹念に手入れされた植木が、壁越しに見て取れるだけだった。
ホスト部の皆の家と、どっちが大きいかなあ……。
周りを囲む塀の長さと門の立派さに、屋敷の広さを想像して、
そんなことをぼんやり考えながら、
ハルヒは門の脇についているチャイムを押した。
「わざわざお越しいただいて、申し訳ありません」
中はハルヒの想像以上に広い邸宅だった。
広く立派な応接間に遅れて現れたのは、
長い黒髪を上品にまとめ、すっきりとした白い夏用スーツを着こなした、
とても美しい女性だった。
「初めまして。弁護士の藤岡です」
ソファーから立ち上がりお辞儀をして名刺を差し出すと、
名刺を受け取った女性は、優しくハルヒに微笑んだ。
「初めまして。私、矢堂芙裕美と申します」
初めて会う人のはずなのに、
その笑顔をどこかで見たことがあるような……、
ハルヒは目の前の女性に、そんな不思議な印象を感じていた。
* * *
続