『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -7- (鏡夜&ハルヒ)
天気予報通り激しい雷雨となった夜。鏡夜はハルヒの元に駆けつけたのだが、
ハルヒは心配してもらうことは何も無いと鏡夜を突き放す。その言葉に鏡夜は激怒して……。
* * *
もしも、時間が巻き戻るなら、高校時代のあの夏の日に、
まだ、環がお前の心を捉えていなかったあの日に戻って、
あの時、お前を強引にでもこの手に入れていたら、
今と違う未来があっただろうか。
「鏡夜先輩は、しませんよ」
部活動の先輩後輩の関係とはいえ、
お互いの性格もまだそんなに分かっていないのに、
深夜に二人きり部屋の中で、ベッドに押し倒されたあんな状態で、
さらりとそんなことを言ってのけるお前は、本当に変わっていると思った。
「でも、よくわかりました」
そう、お前は言ったけれど、一体何を分かったというのだろう。
あの時のお前の一言が、俺の心に楔を打ち込んだことを
本当に理解していたのだろうか。
「だって、今の環先輩へのフォローなんでしょ?
わざと悪役に回って、教えてくれたんですよね」
あのときのお前の感想は、半分正解で半分は間違っている。
確かにお前が見抜いたように、最初にお前を押し倒したときは、
深夜に男の部屋にのこのこと入ってきているにもかかわらず、
なんの警戒心も抱かずに、心配かけてすみませんと平然と謝る、
それ自体が無防備な行動だということに、まだ気付いていないお前が勘に触って、
それを判らせてやろうと、あんな暴挙に出た。
だが、その後のお前の態度は予想外のもので、それで俺の心は乱された。
もしも、あの時、環が現れていなかったら、俺はどうしていただろうか。
今でもそんなことを考える。
もしも、お前が環に出会わずに、俺にだけ巡り合っていたのなら。
お前は俺だけを愛してくれただろうか。
* * *
「……お前は、まだ……そういうことを俺に言うのか……?」
「え?」
環の事故から一年間、他人に心の中に踏み込まれることを恐れ、
特に鏡夜に対しては、徹底して彼の優しさを拒否し続けていたハルヒ。
それは、環にはっきりと愛を告げることが出来ないままに、
二度と会うことができなくなってしまった罪の意識から、
環のことを絶対に忘れてはいけないのだ、という、
彼女の精一杯の虚勢だった。
そんな彼女の真実の心に気付いた鏡夜が、彼女にそれを判らせて、
環のことは忘れる必要はない、そのまま傍にいてくれればいいからと、
そういって、彼女を救おうと決意したのが二ヶ月前。
判ってくれたと思っていた。
それなのに、今、彼女は同じように自分を拒む言葉を吐く。
「鏡夜先輩に心配してもらうようなことは、何もありませんから」
ハルヒ。どうしてお前は、今この状況になってまで、
そんな言葉を俺に告げるんだ?
二ヶ月前のあの日、確かにお前は俺の声に答えて、
この手を取ったというのに。
鏡夜はすっと立ち上がると、ハルヒの二の腕を掴み彼女の身体を引き起し、
そのまま乱暴にベッドの上に彼女を押し倒した。
「鏡夜、先輩……?」
こんなにも一緒にいる時間は増えたのに。
お前が望むことなら全て叶えてやれるのに。
鏡夜は彼女の両手首を、寝台に押し付けるようにして強く握り締めた。
「お前が環のことを愛していることは、俺はとっくに受け入れると言っただろう。
なのに、何故、お前はそう頑なに俺を頼ろうとしない? どうして……」
どうしてお前は俺に何も望まない?
ハルヒの手首を押さえつけたまま、鏡夜は強引にキスを奪う。
いつもは抵抗なく受け入れるそれを、
ハルヒは首を動かしてそれから逃れようとする。
「……何故、避ける」
欲深いのは確かに罪な感情でも、
無欲でありすぎることは、ある意味、それよりもっと重い罪だ。
強く強く、折れそうなほどに強く、
押さえつけた彼女の細い手首は、僅かに震えている。
「鏡夜先輩、痛いです。手を離し……」
「俺だけだろう?」
逃れようと身をよじる彼女を見下ろして、鏡夜は叫ぶ。
「お前がいくら環のことを愛していても。
今、お前の目の前にいて、お前を抱きしめてやれるのは俺だけだろう!」
今、お前が俺の傍にいて、
この先、俺に望むものが何もないのだとすれば、
お前の望みも叶えてやれない俺が、お前と一緒にいる理由など何処にもない。
こんなにも、お前のことが愛しいのに。
「……鏡夜先輩」
急に激しい感情を吐露されて、
ハルヒはかなり驚いて、言葉を失っていたようだったが、
「鏡夜先輩。手を……離してください」
ハルヒはとても穏やかな口調で鏡夜に語りかけた。
「自分は逃げませんから」
暗闇の中で判るのは、お互いの声と、吐息と、
そして指先から伝わる熱と身体の震えだけ。
「抵抗しない、ということか?」
「……自分だってもう子供じゃありませんし、
傍にいるってことがどういうことかくらい判っています。
鏡夜先輩がこういうことを自分にしたいなら、
別に逃げるつもりはありません……でも」
彼女のその小さな震えが止まる。
「でも、こんなの、鏡夜先輩らしくないですよ」
記憶の中に蘇るのは、かつての彼女の言葉。
『鏡夜先輩は、しませんよ』
あの時、自分の心を見抜いたハルヒは、
今日も同じように、自分の心を暴こうとしている。
無自覚なままに。
「ハル……」
鏡夜が彼女の名前を呼びかけた時、
停電が回復して、部屋の中に灯りが戻った。
光の中で照らし出されたのは、
うっすらと涙ぐんだハルヒと、彼女の身体に落ちる自分の影。
明るさの戻るその中で、ハルヒは鏡夜を見て少し驚いたように、
その大きな瞳をさらに見開いた。
「やっぱり先輩は、嘘つきです」
「何を……?」
力の緩んだ鏡夜の腕の下から、ハルヒが鏡夜の顔に右手を延ばす。
「だって、本当に怒って、こんなことを自分にしたいのなら……」
彼女の指が鏡夜の頬をすっと撫でる。
「どうしてそんなに、悲しそうな顔をしているんですか?」
……!!
彼女の手を振り払うように、鏡夜は勢いよく身体を起こすと、
ベッドを降りて彼女に背を向けた。
「……早く着替えろ、風邪ひくぞ」
「先輩、あの……」
ハルヒは何か言いたそうにしていたが、
鏡夜は後ろを振り返らずに、玄関へ向かう。
「仕事を残していたことを思い出したから、会社に戻る」
何とかそれだけ言って、玄関の外に出た鏡夜は、
肩で大きく息をしつつ眼鏡を取ると、瞼を軽く押さえた。
なんて、失態だ。
余りに愛しすぎて、ついには理性もなにもかも吹き飛んで、
ただ自分の望むままに、彼女を欲してしまうような、
こんなに激しく制御できない感情が噴出してしまうなんて。
傍にいてくれるだけで十分、だと?
二ヶ月前に彼女を救うために、自分が告白した台詞を思い出し、
鏡夜の胸の奥が、耐え切れない痛みに苛まれる。
こんなにも容易く揺らいでしまうとは、なんと情けない決意か。
『鏡夜さんがその方に、本当の自分で向かい合ったら、
そんな風に鏡夜さんが悩むことも無くなるのではないかしら』
本当の俺はこんなにも弱くて醜くて、
こんな無様な格好で、彼女を救ってやるなんて、自惚れるにも程がある。
下に向かうエレベーターの中、
鏡夜は壁に寄りかかると俯いて唇を噛み締めた。
俺は今ハルヒの前で、どんな顔をしていただろう……?
* * *
続