『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -40- (ハルヒ&鏡夜)
同情なら要らないという鏡夜の言葉を、ハルヒは咄嗟に否定する。
そんな彼女に鏡夜は問う。同情でないのなら、今ハルヒが自分の傍にいてくれる理由は何か、と。
* * *
(Cf.『傷ついた鳥達 -22-』)
六月下旬の土曜日。空は綺麗に晴れ渡り、
風は澄んで心地よく髪を梳く。
鏡夜と共に、環の眠る場所へ、
ずっと訪れることの無かった場所へ、
ハルヒは、一歩、また一歩、近づいていく。
時々足が竦みそうになるけれど、
すぐ後ろに鏡夜がついていてくれる安心感が、
ハルヒの背中を後押ししてくれる。
白い墓標の前に辿りつき、ハルヒはそのまえにしゃがみ込む。
鏡夜は一歩下がって、自分を見守ってくれているようだ。
辺りは風の音以外には何も聞こえない。
ハルヒは花束を添えると、手を合わせ、目を閉じて、
墓標の下に眠る、環に語りかける。
*
環先輩。
随分、長い時間、先輩の前に来れなくてすみません。
とても時間はかかったけれど、
ようやくここに、先輩に会いに来ることが出来ました。
自分は、夢だった弁護士になりました。
今は毎日忙しくて、終電逃すことなんて、しょっちゅうですが、
でも、仕事が無事成功すると、
クライアントの方が、とても喜んでくださるので、
自分は本当に、この仕事を選んでよかったと思うんです。
環先輩はいつだって、傍から見れば辛く苦しい悲しみの感情を、
全て呑み込んで、前に進むエネルギーに変えていましたね。
いつも、明るくふざけてばかりの裏側で、
周りの皆のことをいつでも真剣に考えて、
皆が楽しく笑って過ごせるように、環先輩はそれを一番に願っていましたね。
その心が、とても優しくて、とても強くて。
自分は、環先輩を心から尊敬していて。
思い返せば、出会ったときから少しずつ、
自分は環先輩に惹かれていたんだと思います。
それが恋なのだと、気付くまでには時間はかかったけれど。
環先輩がいなくなってから、泣いてばかりのときもありました。
勉強に没頭して紛らわせようとしたこともありました。
先輩に、愛しているとはっきり伝えられなかったこと、そればかりを悔いて、
自分は楽になっちゃいけないんだと、
自分の心をただひたすら追い込んできました。
でも、そんな歪めた心で、
いくら先輩のことを想っていると口にしたって
結局そんなものは、薄っぺらな嘘でしかなかったんです。
自分は、本当に環先輩のことが好きです。
その気持ちをも信じられずに、
無理矢理に、先輩を忘れずにいよう、なんて心を縛って。
何一つ、自分の気持ちを恥じる必要なんてなかったのに。
自分を責めて、心を恥じて、
そのために自分の大切な想いを捻じ曲げてしまった。
本当に、自分は不器用で大馬鹿ですね。
環先輩。自分は先輩の強い心が好きです。
今までも、そしてこれからも。
だから、ずっと好きでいていいですか?
例え、先輩の温もりは、この肌に二度と感じることはなくても。
*
どれほど時間が経っただろう。
祈るように環に語りかけていたハルヒは、
すっと目を開けると、決意を固めて立ち上がった。
「鏡夜先輩、有難うございました」
ハルヒが後ろを振り返ると、
腕組みして立ち尽くしている鏡夜から返事はなく、
何か考え込んでいるようだった。
「鏡夜先輩?」
近づいてもう一度声をかけると、
ようやく鏡夜が伏せていた目を上げた。
「なんだか、ぼうっとしてましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、いや。なんでもない」
軽く目頭を押さえていた鏡夜は、手を離すと、
ハルヒにむかってふっと微笑んだ。
「それよりどうだ? ちゃんと環と話せたか?」
彼の優しい仕草に、決意は揺らぎそうになる。
環への想いに気付いた今、
鏡夜に言わなくてはならないことがあるのに……。
* * *
あの日。
ハルヒが鏡夜に告げているはずだった言葉は、
見守ってくれていたことへの感謝と、そして……別れの言葉だったはず。
しかし、彼に自分の気持ちを語りだしたとき、
別れの時はすぐそこまで来ていたのに、ハルヒは鏡夜に別れを言えなかった。
それは、自分と同じくらい、いやそれ以上に傷ついた心を抱えていた、
彼の姿を見て、傍にいてあげたいと感じたからだと思っていたけれど、
それだけが理由ではないことは……鏡夜がずっと隠していたことで判った。
本当は、自分こそが鏡夜を必要としていたのだと。
「そのお前が……今、俺の傍に居たいと言ってくれる理由は……、
同情でないなら……一体、なんだというんだ?」
途切れ途切れ、掠れてはいたけれど、
なんとかハルヒに想いを伝えたいという、
そんな彼の一途な態度が、ハルヒの胸に沁みる。
「鏡夜先輩は……」
ずっと耳を塞ぎ目を瞑って、
世界から存在を切り離そうとしていた自分を、
暗闇から解放してくれた人。
「鏡夜先輩は、確かに……卑怯です」
どんなに、突き放しても、酷いことをいっても、
ハルヒが自分の本当の気持ちに気付かないままでも、
ずっと見捨てずに辛抱強く見守っていてくれた人。
「鏡夜先輩ばかり、私の気持ちを知っていて、
そのくせ、鏡夜先輩の本心はずっと秘密のままで」
環と違って、鏡夜はただ強いだけではない。
強引なところはあっても、同時に弱いところもあると思う。
ハルヒが壊れてしまうのが怖いといった鏡夜。
ずっと隠されていた事実に衝撃を受け、
何故言ってくれなかったのかと、恨めしくも思ったけれど、
鏡夜が心配していたように、
もしも、二ヶ月前、ハルヒがそのことを知らされていたら、
それこそ環への裏切り行為だと自分を責めて、
もう二度と、心の闇から外へ出てこられなかったかもしれない。
でも、今の自分は二ヶ月前とは違う。
「私には、自分を責めるな、とか言っておいて、
先輩は自分自身を卑怯だと責めているじゃないですか」
「……」
「自分は!」
そして、昨日までの自分とも違う。
「自分は、昨日、先輩の事故のことを聞いて、
胸が苦しくなって、息もできなくなって、
先輩が居なくなってしまったらどうしようって、
もし二度と話ができなくなってしまったらどうしようって、
そう考えたら胸が痛くなって、動けなくて、
手術の間、ずっと、自分はここにいていいのかって、
ずっと悩んで、悩み続けて、
それで、やっと、先輩と一緒に居たいって、
自分が今したいことにやっと気付いて、
それで、一晩中、ずっと先輩の傍にいたんです!」
鏡夜は……ハルヒに傍にいて欲しいと、
環先輩のことを忘れる必要はないと、
ハルヒに心をくれると言って、自分を抱きしめてくれた。
「先輩は卑怯です、自分に心をくれるなんて言って」
鏡夜は……周りに壁を作って、その中で一人震えていた、
ちっぽけな自分のために、心を砕いてくれた。
そして、こんな自分を愛してくれるといってくれた。
「こんな自分でもいいだなんて言って」
大きくて温かい彼の愛情は、
とても心地よくて、とても安心できて。
「自分は、ずっと先輩が無理してるんじゃないかって気づいて、
それでやっと先輩の本心に気付いたと思っていたのに、
でも、先輩が隠していたことは他にもあって、
それを言いもしないで、一人で抱え込んだまま、別れるなんて言い出して、
最後まで格好つけて、自分の前から消えようとして
同情なんて、今更、何故そんなこと言うんですか!」
「……ハルヒ……おい………」
興奮して、耳元で騒ぎ立てるハルヒに、
鏡夜は戸惑いを通り越して困り果てているようだったが、
ハルヒは止めるつもりはなかった。
環のことを愛している気持ちは変わらない。
それでも。
「自分は、鏡夜先輩が居なくなるのは嫌です」
鏡夜一人を愛することはできない。
それでも。
「鏡夜先輩が、自分の傍から居なくなってしまうのは嫌です」
失うことが怖かったのは自分も彼と同じ。
「環先輩のことは確かに今でも好きです。
そういう意味では、鏡夜先輩だけを選ぶことはできないと言った、
あの言葉が、嘘になったわけじゃありません。
でも、今、自分が鏡夜先輩と一緒に居たいと思うのは……」
他の誰よりも、今は鏡夜の傍に居たいという気持ち。
「落ち込んだり、悲しんだり、泣いたりすることがあった時に、
どちらかが我慢するんじゃなくて、お互いにつらいことは分け合って、
それから、楽しい時は、一緒に笑い合って、
そういう時を過ごすのは、鏡夜先輩とじゃなきゃ駄目なんです」
喜びも悲しみもその全てを分かち合って
この世界で誰よりも近くで、共に支え合いたいという願い。
これから先の道を進む、同じ時を過ごす相手として、支えあう相手として。
今、私は選ぶ。
「これから先、私が一緒に生きていきたいと思うのは、
鏡夜先輩、あなただけです」
やっと見つけた。
これが、私があなたと共に在る理由。
「……ハルヒ……お前……」
「だから、鏡夜先輩」
ハルヒはすくっと立ち上がると、
ベッドに横たわっている鏡夜を覗き込むように、
彼の顔に自分の顔を近づけて囁いた。
「私を、あなたの『恋人』にしてください」
そして、ハルヒは初めて……ハルヒの方から、鏡夜の唇に触れたのだ。
* * *
続