『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
まるで、腫れ物に触るような感じで、
周囲が自分を扱っていることを、ハルヒは十分理解していた。
環の事故の後、ずっと塞ぎ込んでいるハルヒに、
ホスト部のメンバーや、父、蘭花は、
色々と気を使ってくれていたのだが、
優しくされればされるほど、
癒されるどころか、逆に惨めな気分になってくる。
皆に同情をされている自分に。
そして、悲しみから抜け出せないでいる自分に。
その中でも、週末にかかってくる電話に出るたびに、
心のしこりが一際大きくなるのを感じる。
『ハルヒ、俺だ』
ハルヒがまだ司法修習中で、埼玉のアパートにいた頃。
とある週末の夜に、その相手から電話がかかってきた。
「鏡夜先輩……」
『今、時間は大丈夫か?』
「……はい、平気です」
環の事故のニュースが流れた日。
鏡夜の前で醜態を晒したハルヒだったが、
その後、定期的に電話で様子を尋ねてくる彼は、
一切、その日のことを、口にはしなかった。
『修習はどうだ、大変か?』
「ええ、毎日課題に追われていますよ」
会話の内容は決まってこんな感じでスタートし、
互いの近況報告と、たまにホスト部のメンバーの話題が出るくらいで、
二人とも、環の話題に触れることは避けていた。
『そろそろ実習だったな。場所は何処になった?』
「希望が通って東京になりました。
いい機会だから、地方の裁判所に、
行ったほうがいいとも言われたんですが、
やっぱり父を置いてあまり遠くには行きたくありませんし」
『そういえば蘭花さんには最近会ってないな』
「この間、一旦家に帰ったとき、鏡夜先輩に会いたがってましたよ?」
『そうか』
当たり障りのない会話が続く中、
ハルヒはおずおずと鏡夜に切り出した。
「あの、先輩……」
『なんだ?』
もう、電話をかけてこなくていいですから。
と、喉元までこみ上げてくる言葉は、
鏡夜の声を聞くたびに、心配をかけているのは自分の方なのに、と、
言い出すことができなくなってしまう。
「あの……先輩は、お仕事はお忙しいんですか?」
『まあ、忙しいのは相変わらずだが、順調だな。
来月から、また一つ、
グループ内の子会社の役員を兼ねることになった』
「役員って……それじゃ三社目じゃないですか?」
『ああ、そうなるな』
少し前の電話では、グループ傘下の二社の役員を、
兼任していて多忙だという話だったから、
社会人二年目でそこまで抜擢されるのには、
単に鳳家の子息であること以上に、
鏡夜の手腕に拠るところも大きいのだろう。
「先輩はやっぱり、鳳グループを継ぎたいんですか?」
『……』
この質問に、鏡夜が黙り込むのは意外だった。
てっきり、当たり前だろうと、
あっさりとした返事が来るものと思っていたから。
『さあ、それはどうかな。
後継については父が判断することだし、
俺としては与えられた任務を果たすだけだ』
「はあ、そういうものですか」
『それに、今、俺の興味は別のことにあるしな』
「別のことって、それは何ですか?」
『……まあ、色々とな……』
最後の方は有耶無耶にされてしまい、
その後は、上辺だけの会話をいくつか交わして、通話を終える。
今日も結局言えなかった。
自分のことはもう、放っておいてください、と。
自分を気遣ってくれる鏡夜の優しさを拒むこともできず、
その反動で、ハルヒは心にまた一つ、負の想いを積みあげていくのだった。
* * *
「鏡夜、先輩……目のこと……どうして……」
鏡夜から真実を明かされて、一気に力が抜けてしまい、
膝を床に付き、ベッドの端にしがみつくように、
腕と頭を伏せていたハルヒの頬を、鏡夜の指が撫ででいく。
「さっきからずっと……周りの明るさの変化がないから、な……」
「そ、それは……そう、まだ夜明け前で暗いですし、
包帯も巻いてありますし……」
取り繕うとするハルヒの言葉に、鏡夜は困ったように笑った。
「お前は……本当に……嘘を吐くのが、下手だな」
「え?」
「さっき、外の音が聞こえた……今はもう……朝だろう?」
外の、音?
鏡夜に指摘されて、ハルヒも耳を済ませると、
窓の外からは、通りを車の通り過ぎる音や、
時折、鳥の鳴き声も聞こえてくる。
「俺はお前に……本当のことを全て話したのに、
お前は……俺に……嘘を吐くのか?」
「そ、それは」
ハルヒは顔に触れてきていた鏡夜の手を握り、
もう一方の手で涙を拭って、
無理矢理口の端を上げて、笑顔を作ってみせた。
少しでも、明るい声が出せるように。
「だ、大丈夫です。一時的に視力が落ちても、
傷の状態によっては、手術すれば回復する可能性もあるって、
先生も仰ってましたし、まだ完全に失明するとは……」
「やっぱり、そうか……」
鏡夜は納得したように呟いた。
「お前は……全部……知っていたんだな?」
鏡夜の抱えていた漠然としていた不安に対する答えを、
上手く誘導されてしまったことに、
ハルヒが気付いたときには、もう遅かった。
「あ……あの、鏡夜先輩……」
かけるべき言葉は何か。
思いつかずに、濁らせたハルヒの前で、
鏡夜はぴたりと口を閉ざしてしまった。
「先輩、あの、何かして欲しいことがあれば……」
「……」
「傷が痛むんでしたら、看護師さんを呼びますし……」
「……」
「鏡夜先輩?」
「……」
ハルヒが何度呼びかけても、鏡夜が口を開く様子はなく、
かといって眠っている様子でもない。
鏡夜の体調が悪くなったのではないかと、
心配になって、ハルヒはナースコールに再び手を伸ばす。
「……だから、か」
白いボタンを押す寸前に、鏡夜の口からやっと言葉が漏れた。
「え?」
余りに短い言葉に意図を計りかね、ハルヒは驚いて聞き返す。
「……だから、お前は傍にいてくれたのか」
「鏡夜先輩?」
「俺は……卑怯な……男だな。
別れを言ったはずのお前に、俺はこんな姿を見せて……、
お前が俺に……同情して……、
見捨てていけない……状況を……利用して、
俺がお前の傍に居た……本当の理由を明かすなんて……」
同情?
それは、どこかで聞いた言葉。
『先輩は、自分に同情して、
傍にいてくれなんて言ったんじゃないですか?』
そうだ。
これは、自分が鏡夜に投げつけた過去の言葉。
『誰かの傍に居てあげることと、傍に居たいと思うことは、
同じように見えても、少し違うわよ?』
父からかけられた言葉を思い出す。
傍に居てあげること。
それはきっと、相手の傷ついた心に同調して、
それを可哀相に思って、傍にいて癒してあげたいと考える受身の心のことだ。
では、昨日の夜に自分が出した一つの答え。
「彼の傍に居たい」という結論。
その行動の意味、その行動を支える想いは、
傍に居てあげようと思う心と、同じだろうか?
「お前が俺に同情して傍にいてくれようとしてるなら……」
鏡夜が再び繰り返したその言葉を聞いたときに、
ハルヒの感情から一気に理性が抜け落ちた。
「違います。同情なんかじゃありません!!」
耳元で突然大声を出したハルヒに、
鏡夜は余程驚いたのだろう。
「……ハルヒ?」
口を半開きにして、呆気に取られているようだ。
「私はただ、先輩の傍に居たいと思って、
だからここにいるんです。別に同情なんかじゃ……」
「……でも、あの日の……ことは……お前の本心だろう?」
「あの日のこと?」
先に辿りついておくべきだった答えを、
まだはっきりと見つけないままに、
半ば勢いで否定してしまった、彼の一言。
「俺が……お前の傍にいた理由はもう言った。
隠していることは、もう、何も……無い。
でも、お前は……俺の傍にいて苦しいと、そう言った……。
あの気持ちは……お前の本音……だろう?」
数日前、二人が別れることになったあの日、
ハルヒが鏡夜にぶつけてしまった激情は、
蓄積された歪みに心が耐え切れず、
その軋みが、とうとう跳ね返ってしまったもの。
鏡夜の言うとおり、そこに嘘は無い。
「それは……そうですが……」
もう二度と会えない環への愛と。
今、目の前にいる鏡夜の優しさと。
その狭間でハルヒが苦しんでいたのは、本当のことだ。
「そのお前が……今、俺の傍に居たいと言ってくれる理由は……、
同情でないなら……一体、なんだというんだ?」
* * *
続