『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -4- (芙裕美&鏡夜)
鏡夜のオフィスに突然現れた姉、芙裕美。
芙裕美の穏やかな口調に油断して、鏡夜はつい本音を零してしまう……。
* * *
苗字だけしか分からなくても、彼女が何者か調べるのは簡単だった。
弟の鏡夜が、高校の時に、何かと名前を挙げていた人物に
「藤岡」という名前があったのを記憶している。
恐らく同一人物だろうと思って、高校の同窓会名簿を見てみると、
簡単に現在の仕事を確認することができた。
「藤岡ハルヒさん。今は、都内の弁護士事務所に勤務」
写真で見た第一印象は、随分と可愛らしい女の子、といったもの。
桜蘭高校の特待生、ということは在学中に主席キープが条件だから、
見た目だけではなく、成績なども良いのだろう。
ただ、鏡夜があれほど興味を持っているということは、
それ以上の何かがあるはずだ。
「初めまして。弁護士の藤岡です」
芙裕美の前でそうお辞儀をした彼女は、
名簿の写真より若干大人びていたが、
強く真っ直ぐな瞳は、最初に感じた印象そのままだった。
* * *
芙裕美の元にハルヒが訪れる数日前。
「そんなに簡単に喜んでもらえるなら苦労はしません」
弟、鏡夜の会社にアポイント無しで訪れたとき、
何気ない雑談中に、鏡夜がうっかり漏らした一言で、
芙裕美はやっと、鏡夜がお見合いを断り続けている理由を知ることができた。
「で、お父様はもうご存知なの?」
明らかに迷惑そうな顔をした鏡夜だったが、
自分から見せてしまった隙に対して、
往生際わるく誤魔化したりはせず、ただ小さく首を振った。
「いいえ、父さんには未だ何も」
「で、彼女はどんな方なの? どちらの家の方?」
「……別に、普通の家の出ですよ」
芙裕美の言葉をかわすためか、鏡夜は短く答えながら、
再びパソコンで作業を進めようとしている。
しかし、芙裕美は追及を止めなかった。
「それにしても鏡夜さんは、
その方のことを、本当に気になさっているのね」
「どうしてそういうことになるんですか」
「だって、こんなに不用意に自分の秘密を漏らすなんて、
普段通りの鏡夜さんならありえませんもの」
芙裕美の立て続けの指摘に、やっと観念したのか、
鏡夜はふーっと長い溜息をついて席を立つと、
芙裕美の向かい側のソファーに座った。
「で、本当は何をしに来たんですか、芙裕美姉さん」
「あら、姉として、末っ子の弟の幸せを心配するのは当然でしょう?
貴方がお見合い話を断ってばかりいるから、
どうしたのかと思って心配だったのよ。
で、どんな方なの? 鏡夜さんの恋人は」
「……恋人、と言えるかどうかはわかりませんが」
目の前の茶碗に手を延ばしながら、
ほとほと困り果てた様子で、鏡夜が白状する。
「高価なものを買っていけば、こんな高いものは受け取れないと突き返されるし、
食事に連れていけば、高級すぎて申し訳ないといって殆ど食べないし、
じゃあ一体何が欲しいのかと聞いても、特に何も言わないし、
さっぱりどうしていいのかわからない、そういう奴です」
「あらあら」
くすくすと笑い続ける芙裕美。
「鏡夜さんでも計算できないことってあるのねえ」
姉の茶化した言葉にむすっとした表情を見せる鏡夜とは対照的に、
芙裕美の表情はますます明るくなっていく。
「でも、鏡夜さんのそんな表情は、久しぶりに見たわ」
「久しぶり、ですか?」
「まだ、あれは鏡夜さんが中等部の頃だったかしら。
環さんが転入してらした頃の鏡夜さんは、
今みたいな表情をなさっていましたわよ」
「……そうでしたか?」
「ええ、毎週のようにお二人で旅行をしていらした時の鏡夜さんは、
本当に、今のような顔で、それは楽しそうで」
「……」
「環さんの時もそうだったけれど、
鏡夜さんがその方に、本当の自分で向かい合ったら、
そんな風に鏡夜さんが悩むことも無くなるのではないかしら」
今日、弟のオフィスに押し掛けた本当の理由。
それは、親友である環がいなくなってからの、
鏡夜の精神状態を案じてのことだった。
鳳家の四人兄弟のうち、未婚なのは鏡夜を残すのみとなって、
ここ最近、一段と増えてきたお見合い話を、
断り続けている理由として、弟は、
「親友が亡くなった直後に、とても結婚のことなど考えられない」
と、言い続けていたから、
それ以来、恋人の噂すら一切無いままに、
事故から一年絶っても相変わらず、縁談を全て丁重に断り続ける弟が、
本当に環の死を乗り越えているのか気になっていたのだ。
「そうだといいんですが」
鏡夜は関心の無いことにはとても冷たいし、
実の親や二人の兄達に対しても本心を見せることはなど滅多にないが、
芙裕美に対しては、たまに素朴な感情を零してくれる。
頭の回転が速くてなんでも器用にこなす弟が、
たまに見せる不器用なところが、とても愛らしいと思う。
「まあ、いいわ。鏡夜さんの本心が分かっただけでも、今日は来てよかったわ。
お仕事も確かにやりがいはあるでしょうけれど、
くれぐれも無理はなさらないでね。鏡夜さん」
「心配は無用ですよ。仕事に関しては」
「もちろんプライベートも、ですわよ?」
「……それはもういいですから……」
心の奥を他人に覗かれるのは本当に苦手なようで、
心底困りはてた様子で自分を送り出す鏡夜に、
芙裕美は終始くすくすと微笑みっぱなしだった。
「橘、姉さんを車までお送りして。
それから、芙裕美姉さん、次に来るときはちゃんと連絡をください」
よっぽど芙裕美の追及に懲りたのか、
別れ際、しっかり釘を指す鏡夜に、はいはいと頷いて、
芙裕美はオフィスを後にした。
「橘」
エレベーターで地下駐車場へと降りていく間に、
芙裕美は傍に控える橘に声をかけた。
「なんでしょうか。芙裕美様」
「ちゃんと手を打っているんでしょうね?」
「……は?」
橘は、何のことを言われているのか図りかねている様子だ。
「鏡夜さんの彼女のことよ。お父様に知られないように、
ちゃんと手を回しているんでしょうね、と聞いたのよ」
「ああ、藤岡様のことでしたら、私と、掘田、相島以外は誰も知りませんし、
電話やメールの履歴についても調査が及ばないように既に手配済みです」
「そうなの。それは良かったわ」
芙裕美は橘に向けて意味ありげに微笑んだ。
「鏡夜さんの大切な人は『藤岡さん』って言うのねえ?」
「えっ…………まさか、芙裕美様…………」
サングラスをしているために表情は分からないが、
橘の顔付きがみるみる蒼白になっていく。
しかし、もう遅い。
「私が藤岡さんのことを知ったってことは内緒よ、橘。
あなたも鏡夜さんから、クビを言い渡されたくないでしょう?」
そう言って、芙裕美は目の前で凍りついている橘に向かって、
にっこりと満足そうに目を細めて笑った。
* * *
続