『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -38- (鏡夜&ハルヒ)
眠りの中に堕ちかけていた鏡夜の意識を、ハルヒの涙が引き戻す。
二ヶ月前の真実、つながっていた左手。ずっと隠していたその理由を教えて欲しいとハルヒは言う。
* * *
事故機の乗客が順番に読みあげられていき、
須王環、という文字がテレビのニュースで表示された瞬間に、
ハルヒは絶叫してその場に泣き崩れた。
鏡夜はハルヒを落ち着けようと、
必死に腕の中に彼女を抱き寄せたけれど、
彼女が鏡夜のことを認識しているようには思えなかった。
こんなに近くにいるのに、
宙を彷徨う瞳に鏡夜の姿は映っていない。
ただ、何度も環の名を呼んで、
環に向かって、はっきりと愛してると伝えられなかった、
そんな自分自身をハルヒはずっと責め続けていた。
鏡夜はハルヒの名前を一晩中ずっと呼び続けていたが、
カーテンの向こう側が白々と明るくなってきても、
ハルヒの錯乱は治まるどころか益々エスカレートしていって、
彼女の動作が止まったと思って、少しでも鏡夜が力を抜くと、
ハルヒは彼の腕からすり抜けて暴れだす。
鏡夜は、その度に彼女の身体を引き戻して、
それ以上、ハルヒが自分自身を傷つけないように、
彼女の身体を抱きしめる。強く、強く……。
この時、鏡夜は、実感したのだ。
大切な人を突然失った人間の心が、どれほど脆いものであるかを。
* * *
彼女の声はまだ遠い。
病室の入り口のほうに行ったまま、鏡夜の返事を待っているようだ。
「……教えてください、鏡夜先輩。
どうして黙っていたんですか? どうして……」
本当は。
このまま話さずに済むのなら、話したくはなかった。
けれど。
ろくに身体を動かすことも、
彼女の姿を見ることもできない今の鏡夜には、
話すことでしか、彼女を引き止めることができない。
それに。
ハルヒにあの日の真実を気づかれてしまった以上、
これまでのように曖昧にはぐらかすことも無理だろう。
「ハルヒお前は……」
真実を語る決意を胸に、鏡夜はゆっくり喋りだした。
「あの時……環の事故のあと……、
ずっと自分を責めて、追い詰めて、
一年以上……心を閉ざしてしまっていた……だろう?」
音だけで周りの状況を判断するのは、
とても不安な気持ちになる。
彼女が自分の言葉をちゃんと聞いてくれているのか。
ハルヒが黙ったままなので、
鏡夜は耳を澄ましつつ、彼女の存在を確かめていた。
「俺は事故の日から、ずっと……お前を見てきて、
傷ついているお前の姿を、ずっと……見て……いて……。
だから……言わなかった……言え……なかったんだ……」
微かに聞こえる、窓の外の喧騒。
「言えなかった……?」
震える彼女の息遣い。
「俺は、ただ……怖かったんだ」
以前、蘭花に言われたこと。
『あの子が本当に環君のことを乗り越えられるのか、
それは、いつになるかも判らないし、
鏡夜君の気持ちは、一生、受け入れてもらえないかもしれない』
蘭花が心配する気持ちは分からなくはなかったが、
仮に、蘭花の言うような状況になったとしても、
鏡夜は、それならそれでも良いと思っていた。
鏡夜のことを、心の一部では必要としてくれいたとしても、
そんなハルヒの想いが、
環への深い愛情に隠れてしまって、一生表に出てこなくても。
環の事をまだ愛していると言うハルヒに対して、
鏡夜が自分の想いを伝えて、強引に彼女に傍にいてもらって、
鏡夜の方から望まれて一緒にいるのだと、彼女にずっとそう思わせても。
「……怖いって、一体何が……?」
真実など要らない。
彼女の傍に居ることができて、
共に過ごせる時間を手に入れて、
それでハルヒの心を救ってやれるなら。
それだけが本当に俺の求める真実。
「俺はお前と……別れると言ったが……、
でも、それはお前を失うということじゃない。
お前と別れたとしても……、
お前自身がいなくなってしまうわけじゃ……ないだろう。
例え、俺が傍にはいてやれなくても……っつ」
少し無理に長く喋りすぎたようで、
不意に身体の奥を抉られるような、
気持ちの悪い痛みが込み上げてきて、
鏡夜は顔を歪めて小さく唸った。
「先輩、どこか痛むんですか!?」
苦しむ鏡夜の様子に、ハルヒの声が近くに戻ってきて、
鏡夜の枕元で何かが擦れるような音がした。
「すぐ看護師さんを……」
「大丈夫だ」
「でも!」
「いいから! 今は……俺の話を聞いてくれ」
彼女の声が遠くなって以来、何も掴めずにいた指先が、
傍に戻ってきたハルヒの腕を捉える。
「あの日、眠ったお前は……確かに俺の手を握って、
俺を……必要としてくれていた。
でも、あの時のお前は、まだ環への思いに決着をつけていなかった。
そんな状態で……お前がほんのささいな感情でも……、
俺を頼ろうとしていたことを、もし知ってしまったら……、
お前がまた自分を責めて、心を閉ざしてしまうんじゃないかと……」
自分の心がどれほど傷ついても、護りたかったもの。
「俺は、お前の心が壊れてしまうことが怖くて、
お前を失ってしまうんじゃないかと、それだけが怖くて、
だから、今まで……本当のことを言わなかった。ずっと……言うつもりもなかった……」
全ては。
愛する彼女の心を護るため。
「そんな……」
床に何かが落ちるような音がして、
鏡夜の指先に彼女の柔らかな髪がかかる感触がした。
「それで、先輩は一人で背負い込んでいたって言うんですか。
こんな目にあっても、まだそんな……」
彼女の腕の震えが指先から伝わってくる。
「お前……覚えてないのか?」
「え?」
「俺の心はお前にくれてやる……と、前に、言った……だろう?」
鏡夜が指を横に滑らせると、
おそらくは腕に顔を埋めていたのだろう、
彼女の頬にその指先が辿り着く。
「お前を失うこと以上に怖いことなんて、俺にはないんだ」
彼女の頬を伝う涙が、鏡夜の指先に絡みつく。
「だから、お前がそのまま変わらずにいてくれれば……、
俺はそれだけ叶えば、構わない……、
他に怖いことなんて……何も……ないから……たとえ……」
彼女の涙を優しく拭いながら、鏡夜は口元に笑みを浮かべて……。
「たとえ、この目が二度と見えなくなったとしても……な」
表情は見ることは出来なくても、
彼女の頬が緊張で強張ったことは、指先の感触だけで分かった。
「鏡夜、先輩……目のこと……どうして……」
* * *
続