『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -36- (ハルヒ&鏡夜)
鏡夜の傍に居たい……その行動の意味を見つけるため、ハルヒは一晩中彼に付き添った。
翌朝、目を覚ました鏡夜に、肝心の目の傷のことについては言い出せなくて……。
* * *
二ヶ月ほど前、深夜二時すぎ、ハルヒの部屋での出来事。
「……遅くに押しかけて悪かったな。お前、明日も仕事だろう?」
長い長いキスの後。
彼の言葉で、やっと我に返ると、
鏡夜が、じっと自分を見つめていたので、
なんだか急に恥ずかしくなって、ハルヒは照れ笑いを浮かべた。
「……もう、今日ですけどね。
一応、休みですが、午後から事務所に行こうかと……」
「じゃ、もう寝たほうがいいな」
「寝たほうがって、押しかけてきたのは、先輩のほうじゃ……」
ハルヒはそう抗議をしてみたが、鏡夜は聞く気はないようで、
ベッドの方へ手を引かれ、そのまま、布団の中に押し込められてしまった。
「鏡夜先輩、いつまでここにいるつもりですか!」
布団からふうっと顔を出すと、
鏡夜がベッドの端に腰かけてハルヒを見下ろしていた。
「お前が眠ったら、帰るよ」
あんな風に自分にキスをしておいて、こんな状況で……。
「そんな、緊張して眠れないじゃないですか!」
「眠れないなら、添い寝してやってもいいが?」
「結構です!!」
鏡夜の冗談めいた言葉に、ハルヒは身体がかあっと熱くなって、
彼の視線から逃れるため布団で顔を隠してしまった。
「今日は沢山泣いたから疲れただろう。もう休め」
その言葉に、おずおずと顔をだすと、
鏡夜はハルヒの前髪を、子供をあやすように撫でてくれた。
「わかりました……けど、ちゃんと鍵は閉めていってくださいね」
ハルヒが大真面目にそう答えると、鏡夜はくすくす笑い出した。
「……判ったよ」
笑われるようなこと、何か言っただろうか?
その理由を追求したかったけれど、
何を言ってもどうせ口では敵わないだろうし、
また変に揚げ足を取られて笑われてしまうのも悔しいと、
ハルヒは諦めて、大人しく眠ろうとした。
その時、布団の中に引き入れようとしていたハルヒの左手を、
鏡夜の手が捉えて、そのままぎゅっと握りしめられる。
先輩……?
驚いて彼の顔を見ると、
彼の目がとても優しく自分を見ていたから。
ハルヒはにこりと笑って、彼の手をきゅっと握り返すと、
彼の手の熱を感じながら、程なく、夢の中へ意識を落としていったのだった。
* * *
八月第三週の火曜日。
鳳総合病院の特別個室の中、
すっかり夜も明けた、朝八時過ぎ。
「周りが……とても暗いが……今は……夜中なのか?」
目覚めた鏡夜から受けた質問にハルヒは表情を強張らせた。
直接、陽射しが当たっていないとはとはいえ、
東南向きの窓からは、朝の光が入ってきて病室内はかなり明るい。
けれども、包帯がぐるっと巻かれた鏡夜の両眼には、
その光は届いていないようだった。
「目の……上に……何か……」
辛うじて手の指は動くが、やはり腕は持ち上がらないようだ。
けれど、とにかく周りが暗いので、
一体何故なのか、目を覆うものを手で触れて確かめたいように見える。
「駄目ですよ、包帯が巻いてあるんですから」
「包帯……?」
「倒れた時に、頭を強く打っていたみたいですから」
もしも、彼の両目が最悪の状況になっていたら、と、
ハルヒは唇を少し震わせたが、
出来るだけ心の動揺が伝わらないように、慎重に言葉を選ぶ。
「大丈夫、安静にしていれば、すぐに取れますよ」
「……」
ハルヒの言葉に何を思ったのか、鏡夜はそのまま黙りこんでしまい、
彼の注意を目の話題から逸らそうと、ハルヒは慌てて別の話題を振った。
「仕事のことなら、橘さんが色々連絡していましたから、
心配いりませんよ。
何か、自分にして欲しいことはありますか?
怪我が痛むようだったら、看護師さんを呼びましょうか?」
「……いや……ただ……まだ少し眠いだけで……」
「じゃあ、自分は、先輩が眠るまでここにいますから、ゆっくり休んでください」
そして、ハルヒは自分の左手を鏡夜の左手と重ねる。
「……あの時と……立場が逆だな……」
鏡夜は少し笑ったようだ。
「あの時って先輩がうちに押しかけてきたときですか?」
「……ひどい……言われようだな……」
「だって、実際そうだったじゃないですか」
呆れたように切り替えしながら、ハルヒはあの夜を思い出していた。
「あの時は先輩が、自分の手を握って眠っちゃったんでしたよね。
次の日に起きたら先輩が横にいるから、本当に驚いたんですよ?」
「……何を言って……あれは……お前の所為だろう……?」
次第に意識がまどろんできたようで、
徐々に鏡夜の声が間延びしていく。
「それは、どういうことです?」
「……あの……時は……お前……が……俺の……手を……」
「え?」
最後の方は、かなり声が小さくなってしまっていたので、
彼がなんといったのか、よく聞き取れなかった。
「鏡夜先輩?」
遠慮がちに呼びかけてみても、鏡夜から返事はない。
寝てしまった……?
いつも、はぐらかされていたその言葉の真意を、
今なら聞き出せるかと思ったのに、
また、肝心なところで答えを聞きこぼしてしまった。
まるで自分が、先輩に何かしたような口ぶりだったけれど、
一体何をしたというのだろう?
そんなことを考えつつ、彼の手を握りながら、
ハルヒがふと視線を病室の壁に向けると、時計はもう八時半を回ろうとしていた。
「そうだ。事務所に連絡を入れておかないと」
今日は平日で、普段ならばもう弁護士事務所に出勤している時間だ。
けれども、ハルヒは今日はこのまま、
鏡夜に付き添うために、休みを取るつもりだった。
そろそろ、事務所にも人が来ている頃だろう。
病室の中から携帯電話を使うのはマナー違反かな? と考えたハルヒは、
鏡夜が完全に眠ったのを見計らって、一旦席を立とうと思っていた。
すやすやと、彼の寝息が小さく聞こえてくる。
「先輩。ちょっと電話をかけてきますね」
起こさない程度の小さな声で、
眠る鏡夜にそう囁いて、ハルヒは立ち上がろうとした。
あ……。
しかし、ハルヒの左手は、
鏡夜の左手にしっかり握り締められたままだった。
「先輩……握ったまま、寝ちゃったんだ……」
握り締められている、といっても、
術後で、意識が朦朧としている状態では、
それほど力が入っているというわけではなかったから、
振りほどこうと思えば、出来なくはなかった。
しかし、事故の後の、まだ力が乗り切らない指先で、
自分を離すまいと掴んでくる左手を、
振りほどくことなんて、とても出来そうになくて、
ハルヒは仕方なく椅子に座りなおして、鏡夜の寝顔を眺めた。
眠りに落ちている無意識の中ででも、
こんな風に、手を握られてしまっていたら、
自分と別れるということが、彼の本心ではなく、
今でも、本当は自分に傍に居て欲しいと思っていることを、
嫌でも実感させられてしまう。
こんな風に心から、自分を求めてくれる姿を見せられたら。
「これじゃ、席を立つにも立てな……」
…………!
ハルヒの心の奥の奥。
ベールに覆われていた記憶の残像が、
今、自分が発した言葉を引き金に、
唐突に弾けて四散した……そんな衝撃が頭の中を駆け巡る。
あの日と同じように、繋がっている左手。
『お前が眠ったら、帰るよ』
はっきりと、そう言っていたのに、
朝起きたら、鏡夜は隣で手を繋いだまま眠っていて。
『大体、誰のせいで帰れなくなったと思っている?』
翌朝、寝起きの彼はそう言っていた。
鏡夜は覚えてないといっていたけれど。
『あの日はつい眠ってしまっただけで、特に理由はない』
鏡夜の言葉が気になって、後で問い直してみても、
いつでも鏡夜は曖昧にはぐらかしてばかりだった。
でも、今さっき、確かに彼は言った。
『……あの時は、お前……が……俺の手を……』
あの夜、自分の手を握ってきたのは、確かに鏡夜のほうだった。
鏡夜は疲れたからつい眠ってしまった、なんて言っていたけれど、
でも、自分はあの後すぐに眠ってしまったはずで、
自分が寝るよりも先に、彼が眠り込んでしまったはずはない。
帰ろうと思えば帰れたはずの彼が、
敢えて、あの日、自分の傍に残ったのは、
きっと、自分を残して帰れない状況があったから。
「まさか……?」
今の今まで。
鏡夜が傍にいて欲しいといったから、
自分は彼と一緒にいたのだと思っていた。
この二ヶ月の間。
綺麗に晴れた初夏の空の下で、
別れを選ばずに彼の手を取ったのは、
全て彼の傷を癒すためなのだと、思っていた。
だからこそ、彼が自分を愛してくれる、
その無償の感情に自分は釣り合いが取れないと、
彼の想いに応えられないと、ずっと悩んで苦しんできて、
その思いを吐露した結果、彼から別れを言わせてしまった。
あの夜。
鏡夜が自分を闇から救ってくれたとはいえ、
あの時の自分は、まだ環に会いにいく前だったから、
自分の想いをしっかりと整理していたわけじゃない。
心の中を整理できたのは、鏡夜が環の前に一緒に行って、
今までの想いを全て打ち明けられた時だ。
なのに……本当は、それよりも前に……。
「私、が……?」
一番最初に。
結んだ手の先の温かさ、鏡夜という存在を、
必要としていたのは、むしろ自分のほうで。
心のずっと奥深くに。
自分自身気付かずに埋もれてしまっていた、
そんなハルヒの望みを叶えるために、
鏡夜はハルヒに「傍にいてくれればそれだけ十分」などと、
まるで、彼のほうから無理を言って、彼女を傍に置いたように装っていた。
けれど、それは間違いで。
身体の中心から、目の裏に、そして喉元に、
こみ上げてくる熱い感情に、ハルヒは思わず右手で口元を押さえた。
ずっと、隠されていた真実。
鏡夜がハルヒに傍にいて欲しいと言った、その本当の意味は、
今、眠りこんでいる鏡夜が、
ハルヒの手を一途に握り締めて離さないのと同じように、
あの夜のハルヒも、寝てしまったあとで、
おそらくは無自覚に……無意識に……彼の手を握り締めて……。
傍に居て欲しいと、あの時、私が望んだから?
* * *
続