『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -31- (芙裕美&ハルヒ)
鏡夜の事故の知らせを受けて倒れ込んだハルヒは、芙裕美の介抱でなんとか落ち着きを取り戻す。
鏡夜の運ばれた病院へ向かう際、芙裕美はハルヒに、自分が鏡夜の姉であることを明かす……。
* * *
いつも冷静沈着に周りの状況を判断し、
何をするにも隙のないそんな弟が、
周囲が見えなくなるほどに、
気にかけていたのは、一体誰のことだったのだろう。
事故の一部始終を見ていた人々から
後になって集めた情報によれば、
交差点の信号の変わった直後、
赤信号になったにも関わらず、
急いでいたのか居眠りをしていたのか、
車が一台そのまま直進してきて、
横断歩道を渡り始めていた、弟を巻き込んだという。
横断歩道の手前には、駐車禁止区画にも関わらず、
トラックが一台駐車していて、その影から現れた彼に気付き、
運転手が慌ててブレーキを踏んだようだが、間に合わなかった。
アスファルトの上に黒く刻まれて、
今でも残っているブレーキ痕が、事故の凄まじさを物語る。
事故の瞬間。
周囲に全く注意を払えない程に、弟の心を占めていたのは、
やはり、彼女のことだったのだろうか?
* * *
すっかり陽も落ちた夜空の、
不気味な雲に覆われたその向こう側に、
薄っすらと白い月の姿が見え隠れしている。
「今まで黙っていてごめんなさいね。私は鳳家の長女で……鏡夜の姉です」
ロワグランホテルの外に出た芙裕美は、
ハルヒと共に矢堂家の車で鳳総合病院へと向かっていた。
車中で、芙裕美の隣に座るハルヒが、時折、胸を押さえている。
先ほどまでの発作に近い症状が、また出そうになっているのかもしれない。
「ハルヒさん、ご気分は?」
事故の一報を電話で受けた直後、
一時的に過呼吸の症状を見せていたハルヒの表情は、
呼吸がなんとか落ち着いてきた今でも、依然として蒼ざめたままだった。
「芙裕美さんは、鏡夜先輩の……お姉さん……だったんですね」
「こんなときに申し上げることになってしまって、御免なさいね」
芙裕美の謝罪に、ハルヒは小さく首を横に振った。
「お姉さんっていうことは、それじゃあ……、
芙裕美さんは……自分と鏡夜先輩とのことを……知って……」
ハルヒの問いかけは、ひくっと漏れ出た、
しゃっくりのような呼吸で途切れてしまって、
芙裕美は咄嗟に彼女の背中に手を当てた。
「少しゆっくりお話ししましょう」
再び苦しむことがないように、穏やかに声をかけながら、
芙裕美はハルヒの背中を優しくさすってやる。
「ありがとう……ございます……」
過呼吸というのは、瞬間的に息苦しくなるために、
本人は息が出来なくなってしまったと勘違いするけれど、
本当は、息を「吸い込む」ことは出来ていて、
「吐き出す」ことが出来なくなってしまう症状だ。
何かが消えてしまう恐怖に、
無意識に大量の空気を肺に取り込んでしまって、
失いたくないという精神的衝撃に、
一度吸い込んだ空気を手放すことが怖くて、
吐くということが上手く出来なくなってしまう。
「大丈夫、絶対、大丈夫よ」
芙裕美は自分に言い聞かせるように、
そしてハルヒを落ち着かせるように、何度も言葉を繰り返した。
突如、彼女を襲った不安。
大切なものが奪われてしまうという耐え難い恐怖。
「鏡夜さんは、大丈夫」
芙裕美だって内心は、鏡夜のことが心配でないわけがなく、
気を抜けば直ぐにでも、うろたえてしまいそうだった。
でも、今、自分が慌てるわけにはいかない。
ここで自分も一緒に不安がってしまったら、
目の前の彼女の恐怖をさらに煽ることになり、
弟が、何よりも大切に想っている人に、また苦しい思いをさせてしまう。
それだけを考えて、気丈に振舞う芙裕美の前で、
ハルヒは胸を押さえていた手を離すと、
膝の上で、両手の指を祈るように組み合わせた。
「……分かっています……今は……」
ハルヒの身体の震えは止まっていない。
どんなに励ましても、こんな状況では、
その不安を完全に取り除くことができたようには思えなったけれど。
「自分は……鏡夜先輩の無事を信じます」
それでもハルヒは自らを奮い立たせるように、そう健気に言って見せた。
「そうね。今はそれだけを考えましょう」
本当はこんな切迫した状況で、
自分が鏡夜の姉だと明かすつもりはなかった。
二人が連絡を取り合っていない最近の状態も把握していたから、
ある程度、痴話喧嘩の状況が好転したあたりで、
折を見て教えるつもりだった。
けれども事態は好転どころか、最悪の方向に向かっていて、
詳しい経過は分からないけれど、
先ほど、確かにハルヒは、鏡夜と「別れた」と言っていた。
しかし、今のハルヒの様子を見ていると、
鏡夜のことが心配で心配でたまらないようで、
お互いのことが嫌いになって、別れを決めたようにも見えない。
鏡夜の突然の事故の知らせ。
芙裕美の前でハルヒは、鏡夜を失う怖さに飲み込まれて、
明らかに激しいショックを受けてしまっている。
息が出来なくなるくらいに。
思わず倒れてしまうくらいに。
身体の震えが一向に治まらないくらいに。
それほど大事に失いたくないと想っている相手。
なのに。
何故、貴方達が別れなければいけないの?
ハルヒの小さな背中をさすり続けながら、
芙裕美は心の中で祈った。
鏡夜さん。
ここまでお互いのことを大切に考えている貴方達が、
別れるなんて、どうしてなの?
芙裕美には、鏡夜とハルヒとの間に、
何があったのか全く理解できなかった。
しかし、今のハルヒはそれを追及できるような状態ではない。
けれども、状況は分からないながらも、
二人はこのままではいけない、と芙裕美は思っていた。
このまま終わってしまっていいはずがない。
たとえ、環のことが、大きな壁として二人の間にあるとしても。
だから。
鏡夜さん。どうか……ハルヒさんのためにも……無事でいて……。
* * *
続