『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -30- (ハルヒ&芙裕美)
明日へ続く時間の中で、いつか答えを出せばいいと先延ばしにしていた鏡夜への想い。
しかし、彼と一緒にいることができる明日が確実に来るとは限らないと、思い知らされたハルヒは……。
* * *
あまり自分の弱みを見せたくないからか、
鏡夜は自主的には、なかなかプライベートなことを話してくれない。
一方のハルヒの方も、父子家庭に育ち、
しかも父親がオカマバー勤務という家庭環境に育っているからか、
積極的に他人の家庭の事情に踏み込むような性格でもない。
ホスト部入部当初、鏡夜の家庭のことについては、
鳳家が、自分とは比べ物にならないほど、
名門でお金持ちの家、ということくらいしか知らなかった。
半年経って、文化祭の中央棟サロン争奪戦で、
初めて鏡夜が三男であるという事実を知った。
それから、ホスト部のメンバーからの情報や、
彼の言動、他人との関わりなどを傍で見てきて、
鏡夜の置かれている難しい立場、
彼と自分を遮る壁の輪郭が、徐々に明らかになってきた。
しかし、実際、鏡夜自身から直接聞いたことと言えば、
デパートで開催中の物産展を巡った時に聞いた、
二人の兄の話ぐらいだった気がする。
「確か、鏡夜先輩にはお兄さんが二人いるんでしたよね」
他人の事情にあまり首を突っ込む性格ではないにしても、
流石にあまりに鏡夜のことを知らなさ過ぎると思い、
いつだったか週末に部屋に訪れた鏡夜に、
ハルヒは珍しくプライベートな質問をしてみた。
「ああ。兄が二人に、あとは姉が一人いる」
「へえ、お姉さんもいるんですか。じゃあ、四人兄弟ですか?」
「ああ」
家族の話をすることがどうも嫌いなようで、
自分の隣に座る鏡夜の態度は、あくまで素っ気無い。
油断するとすぐ別の話題にされてしまいそうだ。
「兄弟が多いっていいですね。
自分はよく一人で遊んでましたけど、
兄弟が多ければ一緒に遊べて楽しそうですよね」
「俺は兄達とは割と年が離れているから、
あんまり一緒に遊んだ記憶は無いな。
まあ……姉が構ってくることは多かったが」
最後の、姉のことを話す部分に、
どことなく優しいニュアンスを感じて、
ハルヒはさらに突っ込んで聞いてみることにした。
「お姉さんとは、いくつ離れているんですか?」
「九つだ」
「九歳差ってことは、先輩が小学校に上がったころには、
お姉さんはもう中学生ですよね。
随分可愛がられたんじゃないですか?」
そう聞いてみると、鏡夜は長々と溜息をついた。
環との会話の中で、よく見かけたように。
「人が勉強しているところに入ってきて、好きなことを話すだけ話して、
片付けをしてあげると言って、 色々物を勝手に動かした挙句、
散らかすだけ散らかして、去っていくような、
かなりマイペースな人間だぞ?」
部屋を綺麗に片付けるようになったのは姉のせいだな、と、
ぶつぶつ呟く鏡夜の言葉に、ハルヒはぷっと吹き出してしまった。
「鏡夜先輩って、実はお姉さんっ子なんですね」
「……何故そうなる」
「だって、鏡夜先輩は、いつもメリットとか計算とか、
難しいことばかり考えてるみたいですけど、
でも話を聞く限り、お姉さんは、
そんな計算とか必要としない相手のように聞こえます」
予想もしないことを言われた後の鏡夜の表情は、
いつものクールな表情が、少し子供っぽくなって、
その、きょとんとした目が可愛いなあと思ってしまう。
「……確かに、兄の前では、鳳の後継のこともあるから、
素直に自分を出したこともなかったが、
姉はそういうものとは無関係だしな。
まあ、姉の性格的な問題もあると思うが」
普段余り聞くことのない鏡夜のプライベートな話は、
彼の新たな一面が見えて、なかなか面白い。
「鏡夜先輩のお姉さんっていうと、
すごくしっかりしてるのかな、って思いましたけど、
話を聞く限り、なんだか環先輩みたいですね。
鏡夜先輩を振り回すとこなんて、特に」
「俺も、何故あんなにおっとりした天然系な人間が、
うちの家系にいるのか、疑問ではある」
そんなハルヒの楽しそうな様子に、
しかめっ面だった鏡夜も、やっと目元を和らげた。
「まあ、でも人は表面的な行動だけでは判らないからな。
俺よりもずっと、芯は強い人だと思ってるよ」
他人を嘲笑するでもなく皮肉るでもなく、
時々、鏡夜はこういう純粋な笑顔を浮かべる。
その表情を見ると、胸の奥がほわっと暖かくなる。
「今度、是非お会いしたいです」
ハルヒがにっこり笑ってそう言うと、
鏡夜はハルヒの頭をぽんと叩いて答えた。
「今はもう結婚して鳳の家を出ているから、まあ、そのうちな」
* * *
息が……出来ない……。
「ハルヒさん、何も心配ありませんから、落ち着いて息を『吐いて』」
吐く……?
息が苦しくて、息ができなくて、とにかく息をしなきゃと、
吸うことばかりに集中していた意識が、
芙裕美の言葉でパチンと弾けて、
ハルヒは言われたとおりに息を吐こうとして、咳き込んだ。
「げほっ……」
「大丈夫よ、落ち着いて、ゆっくり息を吐いて」
芙裕美が背中を優しくさすってくれる。
「怖くないから、大丈夫よ」
ハルヒは芙裕美の言葉に従って、
出来るだけゆっくり息継ぎをしていく。
不思議と『吐く』ということに集中したら、胸が楽になってきた。
「そう……ゆっくり息をして……大きく吸って……吐いて」
慌てて駆けつけてきた従業員が、
熱く湿ったタオルを持ってきて、
芙裕美はそれを受け取ると、ハルヒの首筋に当ててくれた。
その温かさがじわりと肌に伝わって心地よい。
「……芙裕美……さん……」
芙裕美の落ち着いた優しい声に合わせて、
できるだけ大きく呼吸を繰り返していくと
ようやく声を出すことができた。
ハルヒは、左手は胸を押さえたまま、
右腕の肘から下をテーブルに付いて、
芙裕美の助けを借りながら、少しずつ上体を起こす。
「ハルヒさん、ゲストルームがありますから、
そちらで少し横になります?」
「……すみません……なんとか……大丈夫です……」
やや呼吸は乱れてはいるもの、
空気が無くなってしまったのかと思えた、
苦しい状況は乗り越えて、
ハルヒは呼吸を落ち着かせながら背もたれに寄りかかった。
『ハルヒ、聞こえてる? どうしたの? ハルヒ!』
父の呼びかける声は続いている。
ハルヒは、ゆっくりと右手を身体に引き寄せて、
耳に携帯電話を当てた。
「……お父さん……ごめん……少し息が苦しくなって……」
『息が苦しくなった、って大丈夫なの?』
「……うん。なんとか……」
まだ少し咳き込みながら返事をする。
『とにかく、こっちに急いでいらっしゃい。
場所分かる? お父さん迎えにいこうか?』
「……大……丈夫……」
ハルヒが電話をしている最中、
芙裕美の傍に一人の男性が慌しく駆け寄ってきた。
こぼれたワインを片付けている従業員の制服とは違って、
普通のビジネススーツを着ているから、ホテルの従業員ではないようだった。
男は芙裕美に何事か耳打ちしている。
ハルヒが電話を切って芙裕美を見ると、
芙裕美の顔が、ハルヒを気遣う表情から、緊迫した表情に一変していた。
「至急、車を入り口に回しなさい」
芙裕美は、いつも柔らかい上品で優雅な口調だったから、
高圧的な調子で喋るのは初めて聞いた。
芙裕美の態度から察するに、
芙裕美に耳打ちしていたのは矢堂家の使用人なのだろう。
男は一礼すると、駆け足でレストランを出て行った。
「ハルヒさん。すぐに鏡夜さんのところに参りましょう。
きっと鏡夜さんも、あなたを待っているわ」
「……え、芙裕美さん……?」
「さあ、急ぎましょう。立てます?」
「は、はい」
混乱した状況の中で、促されるままに立ち上がろうとすると、
目の前にぱちぱちと銀色の光が走って、ぐらりと世界が歪んだ。
鏡夜先輩が、このままいなくなってしまったら。
手足の先が痺れたようになって、足元がふらついて、
膝から崩れ落ちそうになっていたところを、後ろから芙裕美が支えてくれた。
「……すみません、芙裕美さん」
エレベーターの前まで支えてくれていた芙裕美にお辞儀をすると、
ハルヒは芙裕美の手から身体を離した。
呼吸は随分と楽になって、めまいも治まってきたけれど、
今度は身体が小刻みに震え始めて、止まらない。
このまま、二度と会えなくなってしまったら。
「鏡夜さんなら、大丈夫」
がくがく震えて倒れそうなハルヒの正面に立つと、
芙裕美はハルヒの肩に手を置いてぐっと握った。
「鳳の病院は設備も医師も優秀よ。鏡夜さんは助かるわ」
「鏡夜先輩は……いなく……ならない?」
「ええ、大丈夫よ。鏡夜さんがハルヒさんを置いていくはずないわ」
まだ見つかっていない答えを探して。
「……まだ、大丈夫……?」
自分は、その答えを先輩に伝えることが出来る?
「必ず、助かるわ。だから気をしっかりもって。
ハルヒさんが信じてあげないで、どうするの?」
芙裕美の言葉の力強さに、ハルヒの心は励まされる。
「そうですね……」
ハルヒは、ネガティブな思考を振り払うように、
芙裕美の言葉にこくりと頷いた。
ほどなく、柔らかな電子音がして白いランプが点灯し、
エレベーターの扉が開く。
「今は、鏡夜さんの無事を信じて鳳総合病院へ急ぎましょう」
そういえば……。
マイナス思考の海から浮上して、
少しずつ状況を消化し始めていたハルヒは、
やっと芙裕美の言動が、
ただ自分の電話を横で聞いていたにしては、
やけに詳細であることに気付いた。
「……芙裕美さん。どうして、鏡夜先輩が運ばれたのが、
鳳総合病院だって……」
矢堂家と鳳家は付き合いがあるようだし、
芙裕美も、鏡夜とは知り合いなのだろうと思う。
それに鏡夜が交通事故ということは、
父の言葉を反復したから聞いていたのかもしれない。
けれども、病院名までなぞった記憶はない。
「……ハルヒさん、ごめんなさいね。
私、ハルヒさんに隠していたことがあります」
「隠していたこと?」
エレベーターが下降する中、
芙裕美は隣に立ったハルヒに申し訳なさそうに謝った。
「私、今は確かに矢堂家の人間ですが、
矢堂には嫁いで参りましたの」
「それはどういう……」
「結婚前の私の旧姓は『鳳』と申します」
「え?」
再び柔らかな電子音がして、
ふわりと足元が浮いたような感覚の後、滑らかに扉が開く。
「……まさか、芙裕美さん……」
「鏡夜さんの事故のことは先ほど橘から連絡が入りました」
エレベーターを降りた芙裕美は、
一歩遅れたハルヒを振り返り、
ハルヒが言いかけていた答えと同じ言葉を口にした。
「今まで黙っていてごめんなさいね。私は鳳家の長女で……鏡夜の姉です」
* * *
続